247.弔い★
★残酷な描写あり
クリンプトン先生達と共に司令部に戻るとステラの命令通り誰の姿もなかった。
防御結界で守られていた司令部が出ていったときのまま時を止めていたことに安心した。
そして感情を押し殺して、首から下げていた魔道具の双眼鏡で敵の陣地を覗いた。
敵の陣地があった場所は瓦礫の山と化していて、魔術師や騎士達がぴくりとも動かず横たわっていた。
一通り見回したが、生命の気配は全くなかった。
ステラは双眼鏡を下ろすと、戦場での連絡用のイヤーカフに魔力を込めて言った。
「戦闘副部隊長から各位へ。帝国の戦力を一掃しました。敵陣は殲滅状態です。
敵の近衛魔術師三名は皇帝陛下への使者として生かしましたが、攻撃できる状態ではありません。今のうちに体制を整えてください。」
部隊長達の返事を聞きながら、次は王国魔術師団の部隊長同士の連絡用のイヤーカフに魔力を込めた。
「戦闘副部隊長から師団長と各部隊長へ。王命に従い、帝国の陣地に攻撃を加えました。目視する限り生存者はいないものと思われます。
敵の近衛魔術師三名は皇帝陛下への使者として生かしました。こちらからは無条件での人質の解放と降伏を要求しています。
また敵に動きがあれば知らせます。」
『戦闘副部隊長、よくやった。国王陛下にもお伝えしておく。』
「恐れ入ります、師団長。よろしくお願いします。」
父はどちらの連絡も聞こえているが、部隊長達にも状況を伝えておいた方が良いと思ったのだ。
父に続いて各部隊長の返事も返ってくるのを聞いていると、野営地の方から戦闘部隊長が駆けてきた。
ステラはクリンプトン先生と共に敬礼で出迎えた。
部隊長は野原を見て一瞬動きを止めたが、すぐにステラの方に来てバンバンと肩を叩いた。
「よくやった。武勲を誇れ。」
「恐れ入ります、部隊長。」
部隊長がまだ野原を見ているのでステラもふと振り返ると、敵陣の奥に見えていた小高い山が抉り取られて形をはっきりと変えていた。
「…とんでもない魔法だな。」
「副部隊長の防御結界がひびだらけになっていたので、自分でも防げないようです。」
部隊長が苦笑いで言うと、クリンプトン先生はいつも通りからかうように言ってステラを見た。
ムッとしてしまったが、自分の力だけでは自分の魔法を防げなかったのは事実だ。
何も言い返せないステラがクリンプトン先生を睨み付けると、先生も部隊長も豪快に笑った。
自分が再び奪ってしまった命の重さに打ちひしがれそうになっていたステラには、二人の明るさが尊くて有り難かった。
二人が笑い終えたのを見て、ステラは部隊長を見上げて聞いた。
「部隊長、敵陣の遺体を埋葬しに行ってもよろしいでしょうか。」
部隊長はステラの言葉に驚いたような表情を浮かべた。
ステラはその顔を見て首から下げていた双眼鏡を部隊長に手渡した。
部隊長はステラに何も聞かずに双眼鏡を覗き込んでくれた。敵陣に生存者などいないことをすぐに察してくれるだろう。
夏の野外なので早く埋葬しないと大変なことになるだろうと思ったのだ。
敵に生存者がいない以上、自分でやろうと思った。
それに、奪った命へのせめてもの償いとして弔わせてほしかった。
部隊長は双眼鏡を下ろすと、ステラに微笑んで言った。
「戦闘部隊全員で行こう。」
「しかし…」
攻撃を加えたのはステラだ。
皆遺体の処理などしたくないだろうしする必要はない。
「君だけが戦ったわけではないだろう?皆の武勲だ。」
「部隊長…。ありがとうございます。」
部隊長はステラが責任を背負い込まないようにそう言ってくれているのだ。
その優しさにひれ伏したくなったが、ステラはひれ伏す代わりに心を込めて敬礼した。
◇◇◇
部隊長はすぐに戦闘部隊を集めてくれた。皆で鎧の上から白い布を巻いてから馬に乗って、敵の陣地に向かった。
自陣は焼け野原が広がるのみだが、敵陣は悲惨なことになっていた。
国境線に沿うように隕石の衝撃で飛んできた瓦礫や剣が散乱していたのだ。
魔術師が立っていたところだけがぽっかりと何もなかったので、ギリギリまで結界で防いだのだろう。
やはり帝国の近衛魔術師の実力は恐ろしいと思いながら国境を越えた。
敵陣が近づくと、三人の《敵》の気配がした。
先程生かした三人の魔術師が敵陣に戻っているのだろう。
ステラは隠密魔法で声を消しながら耳の魔道具に話しかけた。
「戦闘副部隊長から戦闘部隊へ。敵陣に先程生かした魔術師が三人います。攻撃はないかと思いますが、念のため警戒してください。」
『戦闘部隊長、承知した。』
『副部隊長代行、承知した。』
ステラも杖を手に持ちながら馬を進める。
敵陣に到着すると馬の音を聞きつけたのか敵の魔術師が三人、よろめきながら出てきた。
それを見たステラが馬から下りると、部隊長とクリンプトン先生と近衛騎士達がステラを守るように囲んでくれた。
皇帝陛下の近衛魔術師が怯えているのか力が出ないのか、震える声でステラに言った。
「いかがなさいましたか、王太子妃殿下。」
「死者を弔いに来ました。あなた方は動けないでしょうから。」
ステラの言葉に三人の魔術師は信じられないというように目を見開いて顔を見合わせた。
「あなた達も死んだ者達もこれ以上傷つけるつもりはありませんのでご安心ください。
埋葬地は決まっていますか?」
「…山の麓に、仲間が埋まっております。」
今度は皇太子殿下の近衛魔術師が呟くように答えた。
ステラが殺した三十一人の魔術師達と大勢の騎士達もそこにいるのだろう。
「承知しました。それでは、くれぐれも皇帝陛下によろしくお願いします。」
「承知しました、王太子妃殿下。…感謝いたします。」
皇帝陛下の近衛魔術師はそう言うとステラ達に深く頭を下げて、皇太子殿下の近衛魔術師達と共にどこかに消えていった。
◇◇◇
野営地は隕石の衝撃波の直撃を受けて跡形もなくなっていた。
鎧を纏っていた者はそのまま息絶えていたが、身一つの魔術師達は吹き飛ばされて言葉では言い表せない状態だった。
申し訳ない気持ちに蓋をして、清浄魔法をかけてなるべく綺麗な状態にしてから魔法で運び、魔法で深く掘った穴に埋めていった。
そして後で弔いに来た者達にわかるように、身分のわかる物があれば埋めた場所の上に置いて、魔法で防水して固定しておいた。
こんなことになってしまったのはステラのせいなのに、戦闘部隊の魔術師達は文句も言わず遺体を弔い続けてくれた。
むしろ、遺体を見慣れていないステラや若手の魔術師を労るように皆が明るく振る舞ってくれたので胸が痛んだ。
皆で淡々と遺体を埋め続けると、外が真っ暗になる頃にはどうにか全員運び出せて、野営地はただの瓦礫の山となった。
ステラは野原に並んだ無数の墓の前に跪いて手を組んで祈った。
(私が命を奪ってしまった者達がどうか来世では平和な世界に生まれて、天寿を全うできますように。)
魔力を込めて天に願うと、足元に金色の魔方陣が浮かんで、金色の光の柱が天高く打ち上がった。
そして柱が弾けるように崩れると、星が降ってくるかのようにきらきらと地面に降り注いだ。
天に浮かぶ星と地上に降り注ぐ星のようなきらめきに目を奪われてそのまま空を見上げると、天に浮かぶ星がいくつか尾を引いて流れた。
「流星群だ。」
魔術師の誰かが呟いた。
本物の流れ星は魔法で作り出したものよりずっと美しかった。
ステラは天に無数に降り注ぐ流れ星を見つめながら、この美しい光景を尊き主君にも見てほしいと願いを込めて左手の薬指の指輪をそっと撫でた。
その後もステラが殺してしまったたくさんの人達が見ることができなかった流星群を、目に焼き付けるようにじっと眺め続けた。
皆と一緒に眺めた今日の夜空の美しさを一生忘れないと心に誓った。
それがステラにできる精一杯の弔いだった。




