246.勅命
呪いの《解除》は昨日のうちに終わったので、昼部隊の魔術師達と一緒に日差しを遮りながら戦場の監視をしていた。
「それにしても暑いな。氷がすぐ溶ける。」
「みんなすっかり真っ黒になってしまいましたね。」
魔法で作った氷の側でディーンと話していると、横でクリンプトン先生が笑った。
「私達はいいが、君はしばらくドレスを着られないな。」
「ドレスを拒否する口実になりますね。」
ローブの形にくっきりと日焼けした首元は、ドレスを着たら恥ずかしいことになってしまう。
ステラが笑いながら言うと、二人とも姫らしくないだのそんな王族はいないだのと笑い飛ばしてくれた。
わいわいと話していると、耳の魔道具から声が聞こえた。
『師団長から戦闘副部隊長へ。今時間はあるか。』
「戦闘副部隊長から師団長へ。敵に動きはありませんので大丈夫です。」
すると今度は別の、戦場に似つかわしくない麗しい声が耳元で聞こえた。
『ステラ。』
「…王太子殿下。」
ステラは一瞬驚いたが、父が国王陛下とヴァレン様に昨日の書状を渡したのだろうと思い至って姿勢を正した。
『国王陛下がそなたに命じられた。
帝国の要求を拒否せよ。無条件での人質の解放と降伏以外は認めぬ。帝国に攻撃を加え、王国の力を示せ。』
ヴァレン様は胸に響く声でステラに命じた。
王国魔術師団を動かせる父ではなくステラに命じられたということは、「破滅の魔法」を使えということだろう。
「承知しました、王太子殿下。」
ステラはその場に跪いて臣下の礼をとり、頭を下げた。
横にいたクリンプトン先生や戦闘部隊の魔術師達がステラを静かに見つめているのがわかった。
ステラが立ち上がると、再び耳元から声がした。
『ステラ。必ず私の隣に戻れ。』
ステラは驚いて目を瞠ったが、主君がステラに命じたのだ。
「承知しました、王太子殿下。仰せのままに。」
ステラが返すと、再び父の声がした。
『師団長から副部隊長へ。まずは相手の出方を見ろ。相手が翻意するようなら無駄な攻撃を加える必要はない。』
「副部隊長、承知しました。」
父はステラがなるべく命を奪わないように気遣って命じてくれたのだろう。
ステラは父の命令を有り難く受け取って、今度はクリンプトン先生に言った。
「クリンプトン先生、戦場に向かいます。私の警護をお願いできますか。」
「承知しました、王太子妃殿下。」
父ほどの脅威ではなくとも、クリンプトン先生が側にいてくれれば魔術師はステラに手を出せないだろう。
クリンプトン先生が躊躇なく頷いてくれたことに感謝しながら、ステラは右手の中指の指輪を抜いて背後を振り返った。
やはり、メーデンとアーノルドがいつの間にか並んで頭を下げて立っていた。
ステラは耳の魔道具に再び魔力を込めた。
「戦闘副部隊長から各位へ。これより副部隊長代行と共に戦場に下りて敵に攻撃を加えます。危険なので山の裏側に撤退してください。」
『戦闘部隊長、承知した。』
『副団長、承知した。』
「「「承知しました、副部隊長。」」」
すぐに部隊長達から返事が返ってきて、やり取りを聞いていた昼部隊の魔術師達も返事をしてくれた。
皆がいてくれるからステラは一人ではない。
ステラは感情を押し殺して、戦場に向かって山を下りた。
◇◇◇
ステラがクリンプトン先生と近衛の二人と共に野原を歩いていると《刻印》した《敵》が近づいてくる気配がして顔を上げた。
遠くから三人の魔術師が馬に乗って駆けてくるのが見えた。
ステラとクリンプトン先生は杖を手にとり、メーデンとアーノルドは剣を抜いて警戒しながら野原を進むと、国境で三人の魔術師が馬から下りて頭を下げた。
そのうちの一人は前回と同じ皇帝陛下の近衛魔術師で、残りの二人は恐らく皇太子殿下の近衛魔術師だと思われる見た目だった。
ステラは三人に杖を突きつけながら言う。
「我が国は貴国の提案には従わぬ。求めるのは無条件での人質の解放と降伏のみだ。」
魔術師達は顔を上げると、杖を構えた。
即座にクリンプトン先生がステラ達を強力な防御結界で包み込んだ。
「そなたらが攻撃を加えるのなら私も容赦しない。」
ステラは今度こそ最後の警告のつもりで言ったが、三人の魔術師達は顔を見合わせると一斉に邪悪な魔法を放った。
クリンプトン先生の防御結界は、揺らぐことなくステラ達を守ってくれている。
ステラがクリンプトン先生を見上げると、クリンプトン先生が静かに頷いた。
ステラのことは先生が守ってくれるのだ。
ステラは自分の命をクリンプトン先生に託して、杖を天に掲げて詠唱した。
「《天に宿りし星の力よ、地上に降り注ぎ、敵を滅ぼせ》」
ステラが詠唱すると赤い魔方陣が足元に輝き、天に向かって魔法が放たれた。
快晴の夏空が瞬く間に真っ暗になり、空に無数の星がきらめいた。
その中で一際輝く一つの星が、地上に向かって尾を引きながら降ってきた。
だんだんと聞こえてくる轟音に気付き、魔術師達が攻撃を止めて空を見上げると、隕石が空からこちらに向けて降ってくるのが見えた。
「《訪れし災厄を打ち払い、民を護れ》」
ステラは詠唱して、国境を境に大きな防御結界を展開した。
クリンプトン先生もステラの結界に魔力を込めてくれている。
帝国の魔術師達も慌てた様子で結界を張るが、やはり自分達を守ることしか考えていないようで、小さな結界で身を守ろうとしていた。
ステラが作り出した隕石が敵の陣地の背後にある山に墜落すると、すぐに猛烈な衝撃波が襲ってきた。
遅れて爆発音と地響きがして、地面が大きく揺れる。
クリンプトン先生が杖を持っていない方の手でステラの肩を抱いて体を支えてくれた。
衝撃で起きた土埃で何が起こっているのかはっきりとはわからないが、次々に襲ってくる衝撃波がステラの結界にひびを入れていく。
それを即座にクリンプトン先生が直してくれたので、ステラは結界の形の維持に集中した。
衝撃波が収まり土埃が止むと、敵の陣地にあった《刻印》した魔術師の気配が消えていた。
だが、目の前にいる《敵》は僅かながら魔力の気配がある。
地面に目を向けると帝国の近衛魔術師が張った防御結界は綺麗に消え去っていたが、血まみれでボロボロの魔術師達が横たわって辛うじて息をしていた。
「《癒えよ》」
ステラが魔術師達に向かって治癒魔法を詠唱すると、皇帝陛下の近衛魔術師がそっと顔を上げた。
ステラを見上げるその顔は真っ青になっていて体が激しく震えている。
「私の要求を飲まぬのなら、これが帝国中に降り注ぐことになるぞ。
最後の慈悲をやろう。
皇帝陛下にもう一度伝えよ。我が国の使者をすぐに解放し、降伏せよ。」
ステラが言い放つと、皇帝陛下の近衛魔術師は震える体で無理矢理頭を下げた。
皇太子殿下の近衛魔術師達はぐったりと横たわったままだったが、その目はステラをしっかりと捉えていた。
もうステラに攻撃を加えることはないだろう。
ステラは防御結界を解除して、クリンプトン先生達と共に来た道を静かに司令部へと戻っていた。




