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天は星に願いを込める~麗しの第二王子殿下は天才近衛魔術師を溺愛中~  作者: 宮前 雫
第四章 帝国編

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245.交渉材料



その日は一日中、クリンプトン先生と昼部隊の魔術師達と一緒にひたすら呪いの《解除》をして回った。

皆が有り難そうに頭を下げてくれるが、皆が呪いを浴びたのはステラの防御が遅れたせいもあるので申し訳なくなった。


一人、また一人と魔術師達が魔力切れで力尽きていったので、夕方にはステラとクリンプトン先生だけがどうにか歩ける状態だった。

魔力切れが近いのか、眠気でぼーっとしてしまう。


「明日もあると思うと気が遠くなりますね…。」

「師団長の任務は昔から無茶が多いからな…。」

「団でもそうなのですね。私もよく無茶を言われました。」


確かに父は昔からよく無茶を強いていた。

やっと字が書けるようになった四歳のステラに古代語の辞書を買ってきたり、どうにか弓を射られるようになった七歳のステラに熊を狩れと言ったり、今思えば無茶ばかりだったので思い出して笑ってしまった。


「それが今の人間離れした君に繋がっていると思えば無茶も悪くないのかもな…。」


クリンプトン先生がげっそりとした顔で言った。

覇気のないクリンプトン先生が新鮮で面白くてステラが笑いの発作に襲われていると、クリンプトン先生が今にも力尽きそうな声で言った。


「やっぱり一万点だ…。」

「クリンプトン先生が元気がないのが…新鮮で…っ、すみません。」


クリンプトン先生は何が面白いのかわからないと言うような顔をしてげっそりとステラを見た。

それを見てまた笑いの発作が襲ってきたので、今のステラには困っているステラを見てお腹を抱えて笑うヴァレン様の気持ちがよくわかった。



◇◇◇



翌日、昨日と同じように王国騎士や徴兵された棋士達の呪いを《解除》していると、耳の魔道具から声がした。


『師団長から戦闘副部隊長へ。至急司令部に戻ってくれ。』

「戦闘副部隊長、承知しました。」


父が至急という言葉を使うなんて相当だ。

しかも自分だけ呼ばれてわけがわからなかったが、クリンプトン先生を見ると頷かれた。


「こちらは私が対応する。君は師団長のところに急げ。」

「承知しました。それではよろしくお願いいたします。」


ステラはクリンプトン先生に敬礼すると、山を駆け上がって司令部へと急いだ。




司令部に到着して父に敬礼をする。


「師団長、お待たせしました。」

「帝国の近衛魔術師がお前と話したいと言ってきている。」


父が真剣な顔で言うので、ステラは驚いて目を丸くした。

父の視線を追って野原を見ると、白い布を腕に巻いた帝国の魔術師が国境付近にぽつんと一人で立っていた。


白い布は敵意がないことの証だ。

だが、ステラは国王陛下からも帝国の近衛魔術師からも身を差し出さないように忠告を受けている。

敵の意図がわからない上に素直に行っていいのかもわからなくて父を見つめた。

父はステラの困惑を感じ取ったのか、ポンポンと肩を叩いた。


「父様も一緒に行くから安心しろ。恐らくお前が突きつけた最後通牒の答えだろう。」

「お父様…。ありがとうございます。では、お願いします。」

「その指輪は外しておけ。」

「承知しました。」


父が一緒なら魔術師に手を出されることはないだろう。

ステラはほっとしながら頷いて、右手の中指の《髪色を変える》指輪を外した。


後ろを振り返ると、いつの間にかメーデンとアーノルドが並んで立って頭を下げていた。

二人もついてきてくれるだろう。


ステラは皆の守りを心強く思いながら、父と一緒に山を下りた。



◇◇◇



騎士団の馬を借りて野原を進むと、ステラの姿を見た帝国の近衛魔術師がさっと跪いて頭を下げた。

本当に敵意は無さそうだが、杖を手に持って警戒しながら進んだ。

前を行く父も杖を持っていて、横で守ってくれるメーデンとアーノルドは抜刀して殺気を放っている。


近衛魔術師の目の前に来て馬を下りると、父がさっと後ろに下がり、メーデンとアーノルドがステラの横を固めた。


「お成りいただきありがとうございます、王太子妃殿下。」

「そなたが私に何用だ。」


黒いローブを身に纏った魔術師は、年齢からして恐らく皇帝陛下の近衛魔術師だろう。

ステラは警戒を強めて杖をぐっと握った。


「皇帝陛下からの書状をお持ちしました。」


ステラは横に立っていたアーノルドにさっと目配せをした。

アーノルドが心得たように前に進んで書状を受け取って、ステラに手渡してくれた。


杖をかざして呪いの類がかけられていないことを確認してから書状を開いた。

ステラは内容を見てうんざりして、書状をそのまま後ろに控えていた父に手渡した。

父は表情を変えずに書状を読むと、そのままローブに仕舞った。


「条件をつけるというのか。」


書状には、ステラ自身が帝国に人質を引き取りに行くことと、そうすれば無条件で降伏に応じると書かれていた。

この期に及んで条件としてステラを提示してきたことに心底呆れ返った。


「皇帝陛下の尊きお答えでございます。」

「私は王太子殿下の妃で、近衛魔術師だ。王太子殿下の許可がなければ動けぬ。」

「お返事は待つとおっしゃっていました。それまでは攻撃を加えないことをお約束いたします。」


帝国の騎士達の遺体はいつの間にか回収されていたが、血や剣が生々しく残されている。

甚大な被害が出たのは帝国側なのに条件をつけてきた上に、こちらの出方を試すような言い方は何様だと言いたくなったが、怒りを抑えて言った。


「覚えておくがよい。攻撃を加えればそなたの国は見る影もなくなろう。」

「尊きお言葉を肝に銘じます。王太子妃殿下。」


この者に言っても答えが変わるわけではない。

ステラは踵を返して、再び馬に乗って野原を駆けた。



◇◇◇



司令部に戻ると、父が感情の読めない顔で言った。


「書状は私が国王陛下と王太子殿下に届けよう。お前はそれまで動くな。」

「承知しました、師団長。」


ステラは父の言葉に頷いて敬礼をした。

自分の命の価値が軽いものではないとはいえ、ステラが帝国に行けばこのまま戦争が終わるのだと思うとそうした方がいいような気がしていた。


でも、決してその道を選んではいけないこともわかっていた。

以前の自分だったら周りを振り切ってでも帝国に行っただろうが、帝国の皇帝陛下の近衛魔術師が死の間際にわざわざ敵であるステラに警告してくれたのだ。

その警告を無視しようと思うほど浅はかではなかった。


黙り込んだステラを見て、父がぽつりと呟いた。


「随分嘗められたものだな。」


父は相変わらず感情の読めない表情をしていたが、ステラには父が怒っていることがわかった。

ステラが先程怒りを覚えたように、父も帝国に怒っているのだろう。


「…本当は叩き潰したいです。」


ステラに理性がなければとっくに帝国は隕石まみれになっていただろう。

尊き王族方が、ヴァレン様が守ってくださる王国が敵に嘗められているのだと思うと腸が煮えくり返りそうになるが、父も同じ気持ちなのだと思うと少しステラの気持ちも落ち着いた。


「気持ちを強く持て。」


父の声には何の感情も感じられなかったけど、ステラの心には温かく染み渡った。

もし本当に帝国に隕石を落とすことになっても、ステラが悪いわけではないから気にするなと言ってくれているのだ。


「はい、師団長。」


ステラは再び敬礼すると、自分は大丈夫だという気持ちを伝えたくて父に微笑んだ。父も微かに表情を崩すと、再びステラの肩をポンポンと優しく叩いてくれた。




父はその日の夜、王城に帰っていった。

というより、忽然と姿を消した。

誰も見送りも受けないのが父らしいなと思いつつ、話しかけようとした部隊長が振り返ったときにはもういなくなっていたと聞いて笑ってしまった。


久しぶりにステラの永遠の目標である父と話して、ここで立ち止まっている場合ではないと改めて決意を固めた。

明日、父が国王陛下とヴァレン様と話した結果がどうであれ、ステラはただその尊いご命令に従おうと、心に決めた。



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