243.暴走
山を駆け下りて戦場に立つと、目の前で起きていることが信じられなくて呆然と立ちすくんだ。
双眼鏡越しに見るのと肉眼で見るのとは全然違った。
目の前にいる人が皆悶え苦しみ、呻き声をあげて助けを求めているのだ。
ステラは込み上げてくる怒りを抑えながら、ぐったりとしていた馬に杖を向けた。
「《解除せよ》」
手早く三頭の呪いを《解除》すると、立ち上がった馬に跨がった。
王国騎士団でよく訓練された馬は人間に痛め付けられたのにも関わらず、嫌がることなくステラを乗せてくれた。
メーデンとアーノルドも馬に乗ったのを確認して、ステラは馬に強く合図を送った。
瞬く間に速度を上げた馬は猛スピードで戦場を駆け抜けた。
駆けていくステラを見て、騎士達は苦しみながらも道を空けてくれた。
邪悪な魔法は理性を奪うほどの苦しみを与えるはずなのに、皆の忠誠心が尊くて涙が込み上げそうになった。
野原で唯一動き回るステラに気づいた敵の魔術師が攻撃を浴びせてくるが、部隊長とクリンプトン先生がほとんど防いでくれて、こぼれた攻撃もメーデンとアーノルドが魔法剣で弾いてくれた。
訓練でも思ったがやはりヴァレン様の近衛だけあって精鋭中の精鋭だ。ステラの早馬にも難なくついてきてくれている。
あっという間に野原の真ん中、帝国と王国の国境に到着したので、馬から下りてメーデンに手綱を渡した。
敵陣はほとんどの者が息がなさそうだが、時折呻き声が聞こえるので生きている者もいるのだろう。
味方の防御もせず、生き残った者を気にもせずに邪悪な魔法をかけた帝国の魔術師達のことを、同じ魔術師として心底恥ずかしく思った。
ステラは兜を脱ぎ捨てると、その場に跪いた。
丸腰で跪くステラを敵の魔術師達が狙うが、近衛魔術師はまだ《呪い返し》のダメージを負っているのか大した攻撃ではなかった。
部隊長とクリンプトン先生の防御魔術が攻撃を防いでくれているのを確認してから、目を閉じて手を組んだ。
(皆が呪いによる痛みと苦しみから解放されますように。
奪われた命が来世では平和に幸せに寿命を全うできますように。)
ステラが残された魔力を込めながら心の中で願うと、足元に金色の魔方陣が輝き、金色の魔力の柱が天高く突き抜けた。
柱はやがて金色に輝く魔力の波となって野原に打ち寄せて、野原全体に広がっていった。
敵の野営地には絶対に打ち寄せないようにしながら野原全体に行き渡ったのを確認して、ステラは手をほどいて立ち上がった。
絶えず聞こえていた呻き声は、驚きの声に変わっていた。
今の魔法で魔力はもう尽きたはずなのに、ステラは別の魔力が体に湧き上がってくるのを感じた。
同時に全身の血管が怒り狂ったように激しく脈打ち、体が震えた。
「王太子妃殿下、いかがなさいましたか。」
アーノルドの声が聞こえるが、ステラは込み上がってくる怒りを止めることはできなかった。
なぜ騎士を守ろうとしなかったのか。
なぜ味方も被害を受けるとわかっていて邪悪な魔法を放ったのか。
帝国の魔術師への怒りは、だんだん帝国への怒りへと変わっていった。
そもそも、皇帝陛下と皇太子殿下がステラを狙わなければこんな戦争は起きなかった。
皇帝陛下と皇太子殿下のわがままで起きた戦争でこれほど多くの命が奪われているのに、その張本人達はぬくぬくと宮殿で過ごしていると思うと腸が煮えくり返りそうになった。
そして、王国の使者は意味もなく拷問を加えられて、未だに帝国に捕えられている。
王国に対する最大の侮辱だ。
次々に込み上げてくる怒りが、体から染み出す魔力と合わさって戦場に放たれた。
戦場の空気が急に重苦しくなったのがわかった。
ヴァレン様に授けていただいた魔力が怒りで暴走しているのだと頭ではわかっているが、止めることができない。
だんだんと目が熱くなってきて、居ても立ってもいられなくなった。
「帝国の魔術師よ、聞くがよい。」
ステラの勝手に動く口に魔力が乗って、自分の声が戦場に響き渡るのがわかった。
「私は王国の王太子妃だ。
そなたらに本当の最後通牒を出してやろう。」
「殿下、なりません。落ち着いてください。」
「王太子妃殿下、どうか尊いお心をお戻し下さい。」
メーデンとアーノルドが必死に止めてくれるが、二人ともヴァレン様の許可なくステラの体に触れることはできないので強制力はない。
ステラはそのまま続けた。
「そなたらが捕えている我が国の使者を早急に解放せよ。
そして、速やかに我が国に降伏せよ。
できぬのならば私がこの手でそなたらの国を滅ぼそう。」
ステラの言葉を聞いたであろう帝国の近衛魔術師から邪悪な魔法が飛んできた。
ステラの勝手に動く体は杖を手に取ると、もう無いはずの魔力が勝手に湧き上がってきてそれを打ち消した。
「わからぬと言うのなら見せてやろう。」
怒りに任せて勝手に動く体が、天高く杖を掲げた。そして、勝手に動く口が勝手に詠唱した。
「《天に宿りし星の力よ、地上に降り注ぎ、敵を滅ぼせ》」
またありもしない魔力が込み上げてくると、ステラの足元に赤い魔方陣が浮かんだ。
魔方陣から天に向かって魔法が放たれると、日が昇っていたはずの空がまた暗くなって無数の星が光輝いた。
その中の一つがきらりと輝くと、尾を引いて夜空を流れ、そのまま地上に向かって猛スピードで降ってきた。
恐らく狙いは敵の野営地だが、距離が近いので味方も無傷ではいられないだろう。
星は隕石となって空から降ってきて、轟音を立てながら地上に向かってくる。
まさか本当に落とすつもりなのか、と自分で自分に戦いた時、勝手に動く腕がさっと杖を下ろした。
隕石は跡形もなく消えて、衝撃波だけが地上に降り注いだ。
ステラの防御結界に阻まれてこちらに風は感じないが、敵陣には土埃が舞っている。
風が収まると、またステラの口が動き出した。
「従わねばこれが帝国中に降り注ぐことになる。
すぐに皇帝陛下に伝えよ。
今後攻撃を加えるようならこの通告を拒否したとみなし、帝国を殲滅させる。」
また勝手に動く口が言い終わると、もう魔術師からの攻撃が飛んでくることはなかった。
怒りはまだ収まっていなかったが、ステラは本当ならとっくに魔力が切れている。
動けるうちに動いておかないと敵の目前で倒れることになる。
馬に乗ろうと思って後ろを振り返ると、ステラの目に真っ白なローブが飛び込んできた。
いくつもの勲章と徽章が朝日に照らされてキラキラと輝いている。
ステラの胸についているのと同じ、王家の紋章に杖が描かれた近衛魔術師の徽章が目に入った。
「ステラ、よく頑張った。」
間違えようもない父の、王国魔術師団長の声がして、体が温かい魔力に包み込まれた。
驚いてその顔を見上げた途端、ステラの意識はふっと途絶えた。




