242.混戦★
★残酷な描写あり
戦況はかなり悪かった。
ステラは試しに魔法を込めた矢を放ってみたが、やはり既に状況は伝わっているようで、敵の魔術師に魔法の起動を阻まれてしまった。
《破滅の魔法》に頼るしかないかと思い始めた頃、地響きが鳴り響いた。
恐らく敵の騎士が出陣したのだと思って再び双眼鏡を覗くと、物凄い数の騎士と兵士が野原の向こうから押し寄せていた。
耳の魔道具から声がしたのと同時に自陣からも地鳴りが響いた。
『副団長から戦闘部隊長へ。王国騎士団、出陣する。』
『戦闘部隊長、承知した。』
鳴り響く鎧と足音の中、ステラは戦闘部隊長に向かって叫んだ。
「部隊長!敵陣に矢を放ってもよろしいでしょうか?」
「そうしてくれ!できるだけ戦力を削ろう。カールと昼部隊の魔術師は自陣の防御に集中してくれ!」
「「「承知しました!」」」
部隊長も叫んで、クリンプトン先生と魔術師達も叫び返した。
部隊長も防御をやめて攻撃に転じると、遠くから迫る敵に向かって躊躇なく攻撃魔法を打ち込んでいった。
それを見てステラも躊躇している場合じゃないと覚悟を決めた。
魔法と騎士達の矢が双方から飛んできて入り乱れる中、遠くから迫ってくる騎士達を目視で見定めて矢を放っていった。
矢が爆発すると周囲にいた騎士がまとめて吹き飛んでぐったりと動かなくなるのが見えた。
魔術師達は自分達に飛んでくる攻撃は防いでいたが自国の兵に降り注ぐ攻撃を防ぐ気はないのか、前線は丸腰のまま司令部を狙った攻撃を続けていた。
誰にも攻撃を防いでもらえない騎士達は部隊長とステラの強烈な攻撃を受けて次々と倒れていく。
それでも、敵の数は圧倒的だった。
生き残った者が倒れている者を平気で踏みつけていき、やがて王国騎士団と衝突したのが遠くで見えた。
騎士達と剣が交わった瞬間、ステラが騎士にかけた防御魔法に弾かれたのか気を失って落馬していった。
後続の騎士達はそれに気付かずに剣を振りかざしている。
ステラはその光景を見てふと思いついて弓を下ろすと、天高く杖を掲げて詠唱した。
「《天に反逆せし者よ、汝が罪は我が裁かん。我にひれ伏せ》」
ステラがぐっと魔力を込めると足元に赤い魔方陣が輝いて、魔力の波が野原に広がっていった。
ステラは双眼鏡を構えて前線にピントを合わせた。
騎士団と剣を交えようとしていた後続の騎士達はステラの魔力を浴びると、落馬して地面にひれ伏した。
その上を王国騎士団の騎馬部隊の騎士達が斬り裂きながら駆けていった。
それを見て、戦場ではステラが直接攻撃されたわけではなくとも自軍の者が攻撃されていればこの魔術が使えるのだと確信した。
「部隊長、私が魔術師達をねじ伏せて一瞬攻撃を止めさせます!その隙に敵の騎士に集中的に攻撃を浴びせてください!」
「承知した!」
ステラは耳の魔道具に魔力を込めて言った。
「戦闘副部隊長から戦闘部隊へ。私が合図をしたら防御をやめて攻撃に専念せよ。
騎士団へ。前進を中止してください。今から魔術師が一斉に攻撃を放ちます。」
『戦闘部隊長、承知した。』
『戦闘副部隊長代行、承知した。』
『副団長、承知した。』
帝国の魔術師達はこの司令部を攻撃しているから、ステラに直接攻撃は当たっていなくても天は《敵》だと認識してくれるだろう。
ステラは息を整えてから、もう一度杖を天に掲げて詠唱した。
「《天に反逆せし者よ、汝が罪は我が裁かん。我にひれ伏せ》」
思いっきり魔力を込めると足元に再び赤い魔方陣が輝いて、高密度の魔力の波が野原に打ち寄せた。
ステラは双眼鏡を手にとって波を追った。
野原の端にある相手の野営地に打ち寄せると、相手の魔術師がひれ伏した。
「今だ!攻撃せよ!」
ステラの声が響き渡ると、魔術師達が一切の防御をやめて一斉に敵の騎士と兵士達に攻撃を浴びせた。
無数の雷が戦場に乱れ落ち、感電して気絶した者達が地面からの冷気で凍りついていく。
それを竜巻が巻き上げていき、地獄のような光景が繰り広げられた。
最前線に立った戦闘部隊の魔術師達が馬上から防御魔術を展開して自陣に被害が及ばないように防いでいた。
敵陣の死屍累々の様子を見て勝負は決したかと思った瞬間、敵陣から膨大な邪悪な魔力が野原に放たれた。
近衛魔術師達がまだ杖を手放していなかったのだろう。
「《訪れし災厄を打ち払い、民を護れ》」
ステラがすかさず魔力を込めて詠唱すると、巨大な防御結界が野原に展開されたが、強大な魔力に結界が押し返されていく。
敵も味方も関係なく飲み込んでいく邪悪な魔力に、帝国の生き残った騎士達も、そして王国の騎士と魔術師達も、野原にいる者は皆地面に崩れ落ちた。
邪悪な魔力が纏わりついて、結界にひび割れを作っていく。
ステラは結界に渾身の魔力を込めて、邪悪な魔力をぐっと跳ね返した。
《呪い返し》だ。
敵がどんな呪いを使ったのかわからないが、自分達に呪いが跳ね返ってきたのであろう魔術師達の攻撃は鎮まった。
その隙に魔力を込めて野原の半分に結界を張り終えると、双眼鏡を構えて自陣にピントを合わせた。
騎士や兵士達が血を吐いたり、胸を押さえて悶えたり、苦悶で身を捩らせたりしている。
進行性の呪いなのだろうか。ステラには判断がつかなかった。
「部隊長…っ!」
「《解除》するしかなさそうだな。」
「我々で出来るのでしょうか。」
ステラが部隊長に駆け寄ると、クリンプトン先生も駆け寄ってきて言った。
呪いの《解除》は危険を伴い、大きな魔力を必要とする。
ステラにかけられた呪いを解く時、父でさえ天文台にステラを隔離してから《解除》したのだ。
「難しいと思います。」
ステラはあのときの光景を思い出しながら言った。
部隊長もクリンプトン先生もある程度魔力を消費しているだろうし、ステラも先程渾身の魔力を込めて《呪い返し》をしたのでそれほど余力はない。
「…師団長に聞いてみます。」
「それがいいな。」
こうしている間にも騎士達は悶え苦しんでいる。
父なら何か打開策を知っているのではないかと思って部隊長の目を見て言うと、部隊長も同じことを考えていたようですぐに頷いてくれた。
ステラは部隊長の連絡用の耳の魔道具に魔力を込めた。
「戦闘副部隊長から師団長へ。全ての騎士と戦闘部隊の魔術師の一部が帝国の邪悪な魔法の直撃を受けました。
結界を張って《呪い返し》をしたので今は魔法を浴びていないはずですが、まだ苦しみ続けています。
呪いを《解除》するしかないのでしょうか。」
『師団長から戦闘副部隊長へ。《解除》する余裕はないんだな?』
「一度に全員は無理です。」
『では、巫女の魔法を使え。《癒し》の魔法だ。体に呪いは残るが、痛みや苦しみは取れるだろう。二、三日の間に《解除》すればいい。』
ステラは父の言葉に目を瞠った。
《癒し》の魔法は治癒魔法よりは効果は弱いが痛みを癒す効果があって、祈りが届く範囲であれば複数人にまとめてかけられる。
近衛との訓練で落馬させてしまったときに一度使ったことがあるが、あの魔法を父が知っているとは思わなかった。
父が巫女の魔法にまで精通していることに驚いたのと同時に、あの魔法が呪いによる痛みをとることができることにも驚いたが、どうにかできそうなことがわかってほっとして頷いた。
「戦闘副部隊長、承知しました。《癒し》の魔法を使ってみます。」
『また何かあれば連絡してくれ。』
「承知しました、師団長。ありがとうございました。」
父との連絡を終えると、部隊長がステラに言った。
「防御は任せろ。君はその魔法に集中してくれ。」
「ありがとうございます、部隊長。」
ステラは部隊長に頷くと、右手の中指に嵌めていた《髪色を変える》魔道具の指輪を抜き取ってローブに仕舞った。
そして、ステラの後ろにいるであろう二人を振り返った。
「メーデン、アーノルド。これから戦場に出ます。」
ステラが見上げると、メーデンとアーノルドは一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに頭を下げた。
「私共がお守りします、王太子妃殿下。」
ステラも二人に頷くと、地面に転がっていた兜をかぶって戦場へと向かった。




