240.近衛として
翌朝、目覚めたステラは自分の目が開いたことにほっとしながら支度をした。
第一王妃陛下からいただいた手鏡で顔を見ると、目はいつもより眠そうに見えたが、とりあえず恥ずかしいことにはなっていなかった。
そのまま紅を差して鎧を纏い、武器を担いでから外に出ようとして、ステラはそのままテントに尻餅をついた。
「な、な、なんであなた達が……」
「王太子殿下の命を受け、貴方様をお守りするために参りました、王太子妃殿下。」
ヴァレン様付きの近衛騎士のメーデンとアーノルドが、鎧を纏ってテントの前に立っていたのだ。
メーデンがにこっと微笑んで、アーノルドがウインクをするのをステラは信じれない気持ちで見つめた。
「わ、私のためにあなた方をここに拘束するわけにはいきません。どうか王城に帰って殿下のお側に…」
「貴方様は主君の大切なお妃様です。私達は貴方様のことを命を懸けてお守りする使命があります。」
アーノルドが今度は真剣な顔で言うので、ステラははっとした。
ステラ自身も昔、近衛魔術師としてヴァレン様のお妃様のこともお守りしようと誓ったことがあった。
近衛として抱く気持ちは同じなのだろう。
「ありがとう、メーデン、アーノルド。あなた達がいてくれて心強いわ。」
「お側でお守りできる喜び、恐悦至極に存じます、王太子妃殿下。」
「どうかどこまでもお供させてください、王太子妃殿下。」
臣下の礼をとる二人を見て、ステラは二人の忠誠心とヴァレン様の優しさが尊くてまた涙が出そうになるのを必死に堪えた。
「こちらを王太子殿下からお預かりして参りました。貴方様へお渡しするように申しつかっております。」
メーデンがそう言って、懐から小さな巾着を差し出した。
なんだろうと思いながらステラが受け取ると、アーノルドが言った。
「貴方様へのお守りだとおっしゃっていました。」
その言葉に驚いてそっと巾着を開けると、中にはシンプルな髪留めが入っていた。
よく見ると宝石が煌めいているが、丈夫な作りなので戦場でつけていても壊れることは無さそうだ。
ステラは髪留めをぎゅっと手に握ると、一つにまとめていた髪にしっかりと留めた。
「届けてくれてありがとう。これで今日も戦えるわ。」
「滅相もございません。王太子妃殿下。」
再び頭を下げる二人を見て、早くも忘れかけていた王族としての振る舞いを思い出して、ステラはヨレヨレしないように背筋をピンと伸ばして戦場へと向かった。
近衛騎士を連れて登場したステラを見て、戦闘部隊長は豪快に笑った。
「王太子殿下はこんなところでも君を監視するおつもりなのか。」
「そ、そういうわけではないと思います、多分…。」
山道の途中で合流したクリンプトン先生も、ずっとお腹を抱えて笑っている。
「まさに戦う姫様だな。」
「恥ずかしいのでやめてください。」
「じゃあ先生と呼ぶのもやめろ。」
「先生のことを呼び捨てにするわけにはいきません、先生。」
昨日の優しさが嘘のようにいつも通りの先生を見てステラはやはり気が抜けてしまった。
心なしか、後ろに立っている二人も笑いを堪えて震えている気がする。
このままではだめだと、ステラは気を引き締めて聞いた。
「戦況はどうでしょうか。」
「やはり魔術師の部隊は壊滅したようだ。昨晩は魔法による攻撃はなかった。
騎士達が野営地を襲撃して、残っていた騎士達も壊滅状態に追い込んだ。敵は一旦山の向こうに撤退したよ。」
「そうですか。ただ、次は近衛魔術師が出てくるかもしれませんね。」
「そうだな。今のうちに休ませておかないとな。」
ステラは野原の先に見える山を見つめた。
帝国の近衛魔術師が出てきたら、戦況は一気に変わるだろう。
束の間の安らぎを味わいながら、近衛魔術師に使う魔法を考えることにした。
◇◇◇
一週間後、よく見知った顔が挨拶に来た。
「お久しゅうございます、王太子妃殿下。」
「あなた達…久しぶりね。よく来たわね。」
アルカニス家に仕える領地の騎士達が、徴兵されてやってきたのだ。
幼い頃はまさか騎士達とこの立場で一緒に戦うことになるとは思っていなかったが、騎士達と戦場で戦うのはステラの夢の一つだったので微笑んだ。
「王太子妃殿下のお側でお守りすることができて、光栄に存じます。」
「あら、もうあなた達に守られることはないわ。私があなた達を守る。必ず全員、家族の元に返すから。」
ステラが物心つく頃から鍛えてくれた領地の騎士団長の言葉にステラは胸を張って返した。
騎士達の家族とはステラも幼い頃から家にお邪魔したり、パーティーに招いたり招かれたりして仲良くしてきたのだ。
誰一人、あの温かい家族から引き離すことにしたくないと思った。
騎士団長は豪快に笑って答えた。
「それは楽しみです。ですが、私達もこの国の兵の一員です。どうか命を懸けてお守りさせてください、王太子妃殿下。」
「ありがとう、騎士団長。皆と馬に私の防御魔法をかけさせて。」
「それは光栄です。よろしくお願いします。」
頭を下げる騎士団長に頷きながら、ステラはさっと皆に王国の古代魔術をかけた。
ヴァレン様にいつもかけている、敵意を持って触れると魔力が消し飛んで気絶する魔法だ。
「《汝を傷つけし者よ、その身に宿りし力は奪われり》」
領地の騎士達には隠れて魔法を使っていたので、皆はステラの魔法を知らない。
王立魔法学院に入ったことやステラの戦いのことは聞いているのだろうが、実際に魔法を使って見せるのは初めてなので皆驚いた顔をしていた。
皆を驚かせられたことを嬉しく思いながら、右手の中指に嵌めていた指輪をさっと抜いた。
現れた白銀の髪に、騎士達がぎょっとしたように後退りしたのを見て笑ってしまった。
皆結婚式で見ているが、確かに目の前で色が変わったら驚くだろう。
ステラは笑いを堪えながら跪いて手を組んで詠唱した。
「《我、神が王家に授けし巫女なり。我が力を授けし神よ、国を守りし者達の道を照らし、命を守り給え》」
この一週間は戦闘が止んでいたので、ステラは騎士達にも防御魔法と巫女魔法の一つの「加護の魔法」をかけて回っていた。
帝国の邪悪な魔法に効果がないことはわかっていたけど、騎士達の攻撃や一般の攻撃からは守れそうだったので、少しでも助けになればいいと思ったのだ。
ステラが立ち上がって魔法を嵌めると、領地の騎士達は慌てて跪いた。
「尊い魔法をおかけいただき、ありがとうございます。」
ステラをぼこぼこにしてきた騎士達が跪いている姿を幼い頃の自分が見たら狂喜乱舞するだろうと思ったが、今のステラは大人だ。
「顔を上げて。あなた達が無事でいてくれることを祈っているわ。」
上品に見える微笑みを張り付けて言うと騎士団長はそれを見抜いたのか苦笑いを浮かべていた。あの頃のように追いかけ回されて叩きのめされることはなさそうで安心した。
◇◇◇
その後も徴兵された騎士達に魔法をかけたり、戦場に魔法を仕込んだりしているとあっという間に夜になった。
ステラは自分のテントの中で跪いて、右手の中指の指輪を抜いた。
(我が愛しき主君、ヴァレン様のお誕生日を心よりお祝い申し上げます。
離れていても心からお慕いしております。
どうかヴァレン様が健やかに、心安らかに過ごされますように。)
ステラが手を組んで魔力を込めながら祈ると、足元に金色の魔方陣が輝いて、魔方陣から生まれた光がぽうっと離れてどこかに飛んでいった。
遠く離れた王城にステラの気持ちが届いていますように、と心から願いながら、光の消えた方向をしばらく見つめ続けた。




