239.奇襲★
★残酷な描写あり
ステラは神経を研ぎ澄ませて、野原の奥にいる敵の魔力に集中した。
目を閉じてじっと気配を探ると、相手の部隊長と思われる強い魔力の周りを三十個の魔力が囲んでいた。
動きがない。今が好機だ。
ステラは静かに矢を持つと弓を引き絞り、相手の部隊長の魔力に照準を定めた。
手元が一ミリもぶれないように全神経を集中する。
ステラがパッと矢を放つと矢は無音で真っ直ぐ暗闇の中を進んでいった。
即座に耳の魔道具に魔力を込める。
「戦闘副部隊長から副団長へ。奇襲を仕掛けました。出陣してください。」
『副団長、承知した。王国騎士団、出陣する。』
副団長の声と同時に、馬と歩兵が野原を駆ける地響きと鎧の音が静寂を切り裂いた。
ステラはそれを見下ろしながら、追加の攻撃を仕掛けようとまた矢を手に取った。
再び目を閉じて野原の奥に神経を集中すると、魔力の気配がふっと減った。
目を開けると、野原の奥で爆発が起きていた。
ステラの矢が敵に命中したのだ。
ステラは残っている僅かな魔力を狙って再び弓を引き絞ると、静かに矢を放った。
しばらくするとまた爆発が起きて敵の魔力が完全に消えた。
ステラは心を無にして魔道具の双眼鏡を覗いた。
敵の野営地が炎に包まれていて、魔術師達が血まみれになって倒れているのが見えた。
騎士達が慌てた様子で魔術師達の体を揺さぶったり、近くにいて負傷したのであろう仲間を救出しているのも見える。
不気味なくらいスッと消えた魔力と、ぴくりとも動かない魔術師達を見て確信した。
ステラは初めてこの手で人の命を、三十一人の命を奪ったのだ。
こみ上げそうになった全ての感情を押し殺して、ステラは双眼鏡から目を離して耳の魔道具に言った。
「戦闘副部隊長から各位へ。今まで攻撃を加えていた魔術師の部隊は壊滅しました。交代の部隊が来るまで魔法攻撃は無さそうですが、念のため警戒してください。」
『戦闘部隊長、承知した。』
『戦闘副部隊長代行、承知した。』
『副団長、承知した。』
ステラの声を聞いて部隊長とクリンプトン先生が杖を下ろしたが、やはり攻撃はなかった。
野原を騎士団が駆けていくのを横目に見ながら、ステラは部隊長とクリンプトン先生の元に駆け寄った。
「部隊長、クリンプトン先生、防御をしていただきありがとうございました。」
「君の武勲がまた増えたな。よくやった。」
部隊長が気遣うような優しい視線をステラに向けてぽんぽんと肩を叩いてくれた。
思わず感情がこみ上げてきそうになったが、なんとか押し殺して顔を上げた。
「とんでもないです。それでは、昼部隊は休憩に入ります。」
「承知した。ゆっくり休んでくれ。」
ステラは部隊長にさっと敬礼をすると昼部隊の魔術師達に声をかけた。
「昼部隊は交代せよ。」
「「「承知しました、副部隊長。」」」
魔術師達の声が響いたのを確認して、ステラは野営地へと足を向けた。
全ての感情を押し殺しているはずなのに、なぜか一歩一歩がとてつもなく重く感じた。
◇◇◇
野営地までとぼとぼと歩いていると、後ろからバンと背中を叩かれて飛び上がった。
「湯殿をご用意しましょうか、王太子妃殿下。」
「……っ、ディーン。」
ディーンがいつも通りの笑みを浮かべてステラの背中をバンバンと叩いていた。
ステラはまた涙がこみ上げそうになって、なんとか耐えた。
「大丈夫か?」
「…はい、大丈夫です。」
ステラが魔術師達を殺してしまったことを気にしてくれているのだろう。
ステラがどうにか微笑むと後ろからまた別の人に肩を優しく叩かれた。
「戦闘部隊員であれば皆経験していることだ。無理しなくていい。吐き出した方が楽になる。」
「……っ…」
見上げると、クリンプトン先生が真剣な表情でステラをじっと見つめていた。
ステラは二人の優しさが胸に染みて、堪えていた涙がぽろりと目から溢れ落ちた。
一度涙が出ると次々に溢れ出して止まらなくなる。
二人に肩を抱かれて励まされていると昼部隊の魔術師達が皆集まってきて、大丈夫、大丈夫と声をかけてくれた。
堪えきれなくなって、ステラは皆に囲まれながら幼子のように声を上げて泣いた。
誰もステラのことを笑わず、涙をぬぐったり肩を優しく抱いてくれたり、飲み物を差し出してくれた。
皆の温かさを感じると尊い命をこの手で奪ってしまった罪悪感で胸がいっぱいになってまた泣いた。
クリンプトン先生の言う通り、戦場に出たことのある魔術師達は皆経験しているのだろう。
泣き続けるステラをあの手この手で励ましてくれて、夕食が終わる頃にはようやく涙が止まった。
「あり、がとうっ、ございました…。」
しゃくり上げながら部隊の皆に頭を下げてお礼を言うと、皆が優しく笑ってくれた。
「そんなに泣き腫らしたんだから明日には目が開かなくなっているかもな。」
「明日も戦いたいので冷やしておきます。」
ディーンがいつも通り話しかけてくれたので、ステラもようやく少しだけ微笑んだ。
「かちこちのタオルでよかったらあるぞ、ほら。」
「っ、ありがとうございます。」
ディーンはそう言って懐からタオルを取り出すと、氷の魔法でかちこちにしてステラに手渡したので思わず笑ってしまった。
「やっと笑ったな。ディーン、王太子殿下から褒美をもらっておけ。」
「カール、君から言っておいてくれ。俺は恐れ多くて話せない。」
「そうしたいところだが、私は王太子妃殿下を戦場に連れてきてしまったからしばらく身を隠したいんだ。」
ディーンとクリンプトン先生の会話を聞いていたらなんだか気が抜けてしまって、ステラは声を出して笑った。
「もう大丈夫そうだな。」
「はい。本当にありがとうございました。」
「君のおかげで戦闘はなさそうだし今日はもう休め。」
「そうさせていただきます。皆さんもありがとうございました。」
ディーンとクリンプトン先生にまた頭を下げて、戦闘部隊の皆にお礼を言うと、皆がわいわいと見送ってくれた。
ステラは少しだけ軽くなった足で、自分のテントへと戻った。
◇◇◇
テントに戻って一人になると、またどんよりした気持ちが襲ってきた。
先程は思わず笑ってしまったが、敵とはいえあんなに大勢の命を奪った自分に笑う資格などないのではないかという気分になる。
心細くなって左手の薬指の指輪をそっと撫でた。
あの日、この指輪をヴァレン様が渡してくださった日に王城で見た夕焼けは美しかった。
何年経ってもあの部屋は美しい夕焼けで照らされていてほしいと思った。
自分が戦っているのはあの美しい光景を守るためだと思い出して、溢れた涙を左手で拭った。
すると、耳の魔道具から声がして飛び上がった。
『ステラ、聞こえる?』
「ヴァ、ヴァレン様?!」
咄嗟に返したが、今ヴァレン様のことを考えていたのが見透かされていたようで動揺した。
『その指輪、私の魔力が込めてあるから。』
はっとして左手を見ると、拭った涙が指輪にきらめいていた。
どういう仕組みなのだろうと、指輪に伝っていた涙を慌ててハンカチでごしごし擦って指輪を観察していると、耳元からクスクスと笑い声がした。
『ただ魔力を込めただけで、監視しているわけではないよ。』
「し、失礼しました…。」
よく考えれば王太子殿下を疑うなど不敬極まりない。
見られているわけではないがペコペコと謝っていると、今度は真剣な声がした。
『ステラ、大丈夫?』
「はい、大丈夫です。」
まだ魔道具で会話できるということは、戦場での会話も全部聞いていらっしゃったのだろう。
ステラが人をたくさん殺してしまったこともご存知なのだ。
ステラは反射的に返したが、もう尊いヴァレン様のお隣に立つ資格などない気がして俯いた。
『そなたはよくやった。』
ステラの大好きな、不思議と胸に響く声が耳元でしてぱっと顔を上げた。
『その魔法の才で国を守ってくれたのだろう。そなたは私の誇りだ。』
耳元で優しく響く言葉に、また涙が溢れてきた。
「恐れ入ります…、王太子殿下。」
ステラは泣き声を気取られないように、どうにか普通の声を出して答えた。
『そなたの魔法で帝国の戦力を殲滅せよ。』
胸に響く声で命じられて、ステラは驚いて固まった。
『我が国を侵略せし帝国を、私は決して許さぬ。
私の近衛魔術師として、二度と我が国に手を出せぬよう痛め付けよ。』
ヴァレン様は自分が命じることで責任を一緒に背負おうとしてくれているのだと気づいた。
その尊い優しさに、涙が溢れて止まらなくなる。
近衛魔術師にとって主君の命令は絶対だ。
ヴァレン様に命じられれば、ステラはどんな命令でも従うのだ。
それが人を殺す命令であっても、主君が望めば従うのが近衛魔術師だ。
「承知しました、王太子殿下。」
ステラは誰にも見えていないけど、その場に跪いて臣下の礼をとり、頭を下げた。
『必ず私の隣に帰って参れ。』
「…承知しました、王太子殿下。」
命じられれば断れない。
ステラが再び返事をして頭を下げると、耳から何も聞こえなくなった。
また皆に会話を聞かれてしまったのは恥ずかしかったけど、ステラの心はこれで固まった。
ステラの魔法を使って二度と王国に手を出せぬよう叩きのめそうと、心に誓った。




