238.人を殺す魔法
開戦から五日間、敵の魔術師は相変わらず同じような大規模な魔術による攻撃を続けていて何の変化もなかった。
一気に片付けたければ邪悪な魔法を使える魔術師が出てくると踏んでいたので、じわじわと消耗戦に持ち込むつもりなのだろう。
消耗戦は分が悪い。
近衛魔術師が何人もつくくらいなのだから、恐らく帝国の魔術師は王国魔術師よりも頭数が揃っているはずだ。
ステラは戦闘を見ながら、騎士団による戦闘に持ち込んだ方がいいのではないかとぼんやり考えていた。
諜報部隊の報告によるとまだ敵も徴兵は進んでいないので、騎士団同士であれば戦力は互角のはずだ。
徴兵された民間人が加わる前に、ある程度敵の戦力を削っておきたかった。
空が暗くなり、戦闘部隊長が夜部隊を引き連れてやってきた。
「状況はどうだ?」
「変わりありません。同じような攻撃の応酬が続いています。」
「そうか。」
部隊長も何かを考えるようにじっと戦場を見つめた。
ステラはその視線を見て、提案してみようと思った。
「部隊長、消耗戦となる前に、私が敵の魔術師の体制を崩しましょうか?」
「策があるのか?」
部隊長は鋭い眼光をステラに向けた。その目には面白がるような表情を感じて、ステラは思わず笑みを浮かべた。
「敵の防御結界を破って、敵の野営地に直接攻撃を加えることができます。
王国騎士団の矢を使うのです。」
ステラの言葉に部隊長は訝しげに目を細めた。
「ここからでは矢は届かない。まさか前線に出るというのか?」
「いいえ、部隊長。魔法を使います。
私は矢のシャフトに魔法をかけて、遠距離を飛ばせるようにできます。
騎士団の矢を使えば、敵の防御結界を切り裂いて相手の野営地まで飛ばせます。
そして、着地の衝撃を受けたら爆発するように攻撃魔法を仕込むのです。
攻撃を加えている魔術師を一旦撤退させることができます。」
騎士団は今度は目を丸くして言った。横で聞いているクリンプトン先生も驚愕の表情を浮かべている。
「本当にそんなことができるのか。それに、ここからは見えないのに敵を射貫けるのか?」
「シャフトに魔法をかけられることは父から教わりました。術式は皆さんが出立された後、時間があったので考えたんです。
敵の魔力を狙えば撃ち抜ける自信があります。」
部隊長とクリンプトン先生は信じられないというような表情でステラを見ているが、ステラには自信があった。
以前、ヴァレン様の近衛騎士のイグニスと戦った際に、魔法剣と同じ素材でできた矢尻はステラの結界を打ち破ったが、シャフトで止まったのを見て思い付いたのだ。
シャフトには魔法がかけられる。
父から教わって、領地で狩りをするときに大物を狙うときはシャフトに《雷》の魔法を仕込んで獲物を麻痺させて仕留めていたので、それはわかっている。
王国騎士が使う結界を切り裂く矢と組み合わせれば、敵の結界を切り裂いて、敵に直接攻撃を加えることができるはずだ。
領地の狩りでも姿の見えない動物達の気配を頼りに弓で射貫いていたので、明確な魔力を頼りにすれば遠距離でも当たる自信があった。
ただ、威力の強い攻撃魔法は暴発したら危険なので、この魔法を使うのは野原に騎士が出ていない今しかないと思った。
「…面白い。では騎士団の準備が整ったらその戦法でいこう。」
「承知しました。騎士団に矢の手配をお願いしてもよろしいですか?」
「勿論だよ。君も準備を進めておいてくれ。」
「承知しました、部隊長。」
部隊長が騎士団と魔道具でやり取りをするのを耳の魔道具で聞きながら、ステラは背負っていた弓を下ろして皮手袋を嵌めた。
そして、第一王妃陛下に用意してもらった魔道具の双眼鏡で敵の野営地を覗いた。
確実に高級品だとわかる双眼鏡はステラが狩りに使っていたものとは違って、魔力を込めると標的に一瞬でピントが合う。
夜の間は部隊長に貸したり、時には騎士団に貸したりして重宝していた。
敵の魔術師は十五人ほどで、昼と夜で交代しているので三十人位の部隊だ。
敵の交代の時間は日が沈んでからなので、あと三十分ほどはあるだろう。
ステラは双眼鏡を覗きながら耳の魔道具に話した。
「戦闘副部隊長から副団長へ。敵の魔術師の交代のタイミングで奇襲を仕掛けたいです。あと三十分ほどで準備できますか?」
『副団長から戦闘副部隊長へ。既に出陣の体制は整っているのでいつでも大丈夫だ。』
「戦闘副部隊長、承知しました。攻撃のタイミングで知らせます。」
『副団長、承知した。』
部隊長が指示を出してから十分も立っていないのにもう出陣の準備が出来ているとは、さすが王国騎士団だと思った。
自分の攻撃の可否に騎士団のたくさんの命がかかっていると心臓が震えたが、恐怖の震えではなく興奮の震えだった。
ステラの心は不思議なほど落ち着いていた。
「戦闘副部隊長、矢をお持ちしました。」
「感謝します。」
「恐れ入ります、戦闘副部隊長。」
騎士が王国騎士団で使っている矢を二十本ほど持ってきてくれた。
矢尻に魔法剣と同じ素材が使われている特殊な矢は、騎士団で厳重に管理されていて、普通は王国騎士しか使うことが許されない。ステラはじっくりと見るのは初めてだった。
矢尻が鋭く研ぎ澄まされていて、これが体に当たったら突き刺さるどころか貫通するだろうと戦いた。
さっそく数本の矢を取り出して、シャフトに杖を当てて詠唱した。
「《矢よ、風を切り、地に逆らい、敵を狙え》
《風よ、我に従い敵を吹き飛ばせ》
《炎よ、敵を燃やせ》
《全ての力を覆い隠せ》」
風と重力の抵抗を無くして遠距離で矢を飛ばす魔法をかけた後、発動のタイミングをいじってある風と炎の攻撃魔法の魔方陣を仕込んで、その上から隠密魔法をかけた。
これで、敵からしたらただの矢だ。
だが、実際は人を殺す魔法が仕込んである恐ろしい兵器だ。
もしかしたらこれで人が死ぬことになるかもしれないが、ステラはこれで帝国の魔術師を封じられると思うと何の感情も抱かなかった。
自分の心はやはり戦闘に取り憑かれているのだと悟った。
◇◇◇
日が沈んで辺りが暗くなると、ステラは部隊長とクリンプトン先生に言った。
「恐れ入りますが、敵の魔力の気配に集中したいので魔法を使う者を最低限にしたいです。
私が弓を射る間、お二人で防御していただき、他の魔術師達は魔力を消すようにしていただけますでしょうか。」
部隊長とクリンプトン先生は頷いた。
「ああ、君に従うよ。」
「防御は私達に任せて君は攻撃に集中してくれ。」
「ありがとうございます、部隊長、クリンプトン先生。」
「いい加減、先生はやめろ。」
こんなときでもいつも通りのクリンプトン先生に思わず笑ってしまうと、クリンプトン先生も微笑んでくれた。
「君ならできる。自分を信じろ。」
「はい、クリンプトン先生。」
ステラは部隊長とクリンプトン先生に敬礼すると、再び双眼鏡を覗き込んだ。
交代の時間が近いようで、動きが活発になっていた。
ステラは高台にある司令部の最前線に立って息を整えた。
弓を手に持ちながら、双眼鏡を覗く。
敵の交代の魔術師達がやってきて敬礼をしているのが見えたので耳の魔道具に魔力を込めて話した。
「戦闘副部隊長から各位へ。これより奇襲を行います。」
『戦闘部隊長、承知した。』
『戦闘副部隊長代行、承知した。』
『副団長、承知した。』
部隊長は返事するとすぐに、魔術師達に命令を出した。
「攻撃を止めよ。私と副部隊長代行が防御を代わる。これより、魔力を消して待機せよ。」
「「「承知しました、部隊長。」」」
魔術師達の返事が司令部に響き渡ると、ふっと皆の魔力が消えて、部隊長とクリンプトン先生が燃えるような魔力を発しながら強力な防御魔法を放った。




