236.愛しい声
皆で作った食事は領地で騎士と一緒に食べていたときのような人の温かさがあり、ステラはすっかり気持ちが落ち着いていた。
食事を終えて皆で一息ついていると、国王陛下から賜ったイヤーカフから声がした。
『ステラ、聞こえるか?』
「ひゃっ」
急に耳元で名前を呼ばれて、ステラは飛び上がった。
この声を間違えるはずはない。
でも、この麗しい声はここから聞こえるはずのないものだ。
騎士と魔術師達は驚いた表情でステラを見つめて静まり返った。
ステラも信じられない気持ちで、耳に魔力を込めながら聞き返した。
「王太子殿下…?」
『ステラ。無事でよかった。』
やはりヴァレン様だ。
なぜヴァレン様の声が聞こえるのかわからない上に、ヴァレン様の侍女と騎士を振り切ってここに来たので怒られるんじゃないかと思ってステラはパニックだった。
「な、な、なんで…」
『ステラの無事を確かめたくて、父上に言って魔法伯から受け取った。君の声が聞けてよかった。』
受け取ったと言うけど、実際は脅し取ったに近いであろうことはステラにも想像できた。
ヴァレン様を心配させて、国王陛下や父に迷惑をかけたことが申し訳なくて頭を下げた。
「王太子殿下、勝手なことをして申し訳ございませんでした。」
『君ならこうする気がしていた。許したわけじゃないからね。』
「も、申し訳ありません…。」
『頼むから生きて帰ってくれ。君を失ったら生きていけない。』
耳元で囁かれる声には泣きそうにも聞こえる響きがあって、ステラは胸が痛んだ。
だが、ここは戦場だ。
出来ない約束はしたくなかった。
「離れていても心はお側におります。どうかお心安らかにお過ごしください。王太子殿下。」
『ステラ、名前を呼んで。』
会話が皆に聞こえているので躊躇したが、主君の命令には逆らえない。
「…ヴァレン様。」
『また必ず私の隣に戻ってきて、その声で名前を呼んでくれ。』
「はい。ヴァレン様。」
『どうか無事でいてくれ。おやすみ、ステラ。』
「お気遣いありがとうございます。ヴァレン様もどうかご無事で。おやすみなさい、ヴァレン様。」
あっという間に会話が終わって、ステラはまだ信じられなくて胸がドキドキと高鳴っていた。
怒ったヴァレン様に王国魔術師をやめさせられているかもしれないと思っていたが、そんなことはなさそうでほっと息をついた。
そして、顔を上げてはっとした。
ここにいる騎士と魔術師どころか、戦場にいるたくさんの騎士にも、そして父にも会話を聞かれてしまったことにやっと気がついた。
ステラがぼぼぼっと沸騰すると、横でクリンプトン先生が吹き出した。
「『氷の殿下』の欠片もないな。」
「ク、クリンプトン先生…。」
恥ずかしすぎてステラは耳まで茹で蛸になった。
「俺達は何を聞かされているんだ…。」
「も、申し訳ありません…。」
ディーンが顔に手を当てて項垂れたので、ステラはいたたまれなくて魔法で穴を掘って隠れたい気持ちになった。
「君が死んだら私の首が飛ぶな。頼むから死ぬな。」
「そ、そんな…。」
前に座っていた部隊長が豪快に笑ったが、ステラは笑えなかったのでおどおどと顔を伏せた。
皆に一通りからかわれた頃には、魔力を消費した疲れと相まってステラはヨレヨレになっていた。
だが、今日中にしたいことがあったので部隊長に声をかけた。
「部隊長、自陣に転移魔術を防ぐ結界を張ってもよろしいですか?」
「そんなに大規模な魔術を使って大丈夫か?ここに来るのにとてつもない魔力を消費しただろう。」
「恐らく魔力切れになりますが、寝たら治るので大丈夫です。戦闘が始まる前にかけておきたいんです。」
すると、会話を見ていたクリンプトン先生が言った。
「私も手伝おう。術式を教えてくれ。」
ステラはクリンプトン先生の言葉に驚いたが、魔力切れで倒れるのが目に見えていたので、クリンプトン先生ほどの防御魔術の使い手が手伝ってくれるのならありがたかった。
「ありがとうございます。では、先程の高台でお見せします。」
「承知した。」
部隊長はまだ心配そうな顔をしながらも、とんとんとステラの肩を叩いて言った。
「無理はするな。明日の夜明けに交代だから、それが終わったら戦闘に備えて休んでくれ。」
「お気遣いありがとうございます、部隊長。」
ステラはクリンプトン先生と一緒に部隊長にピシッと敬礼をして、高台へと向かった。
◇◇◇
すっかり真っ暗になった高台から野原を見下ろした。
「私が野原に結界をかけます。クリンプトン先生は同じものをこの山にかけていただけますか?
王城にかけられている結界と同じもので、攻撃は防げませんが転移魔術の展開を防ぐ術が組み込んであります。」
「師団長の魔術か。やはり君には一万点がふさわしいな。」
「一万点はやりすぎです。理事長に怒られますよ。」
クリンプトン先生がいつも通りなので、ステラも先程のパニックが落ち着いて心が不思議と落ち着いた。
ステラは杖を手に取ると、野原に向かって詠唱した。
「《転移せし者の力を打ち払い、我らを護れ》」
この防御魔術は起動に時間がかかる上に、転移魔術以外の侵入は防げないが、《あらゆる侵入を拒む》古代魔術よりも魔力の消費が少なく、維持にも力を使わないので広範囲にかけられる。
ステラの防御結界がじわじわと野原に広がっていくのを、クリンプトン先生はじっと見つめていた。
そして、クリンプトン先生も詠唱した。
「《転移せし者の力を打ち払い、我らを護れ》」
ステラの結界と全く同じものが、クリンプトン先生の足元から広がっていった。
見ただけで魔法を使えるようになる者が自分以外にもいたことにほっとしたのと同時に、やはりクリンプトン先生は只者ではないのだろうと実感した。
クリンプトン先生と戦ったことはないが、やはり先生の防御を打ち崩すのは一筋縄ではいかないだろう。
クリンプトン先生とどう戦うかを考えながら結界を広げていき、野原の中腹まで来たところで相手が仕込んでいる魔術にぶつかった。
「クリンプトン先生、野原に魔術が仕込まれています。今のうちに消しておきますか?」
「いや、下手に手出ししたら戦闘が始まるかもしれない。解析して部隊長に報告しておいてくれ。」
「承知しました。」
ステラは結界を張りながら相手の陣地の魔術を解析する。
恐らく魔力の《壁》を作り出すものだろう。
耳の魔道具に魔力を込めながら話した。
「戦闘副部隊長から戦闘部隊長へ。野原の中腹に相手の魔術の痕跡を発見しました。恐らく《壁》の防御魔法を野原に全面展開するつもりのようです。
触らずそのままにしてありますので、必要に応じて対処を願います。」
『戦闘部隊長、承知した。』
そこまで言い切って、ほっとしたステラは急にクラっときた。
「魔力切れを起こしたのか?」
クリンプトン先生に抱き止めてもらったのはわかったが、襲ってくる激しい眠気に抗えなかった。
「せん、せい…申し訳、ございませ…ん……」
ステラの意識はそのまま闇に引きずり込まれて、深い眠りに落ちていった。




