232.怒り
戦闘部隊の魔術師達を見送って数日後、王城内を移動しているときに耳の魔道具から連絡が入った。
『戦闘部隊のエメリックから戦闘副部隊長へ。間もなく王都に入ります。騎士も私も無事です。』
「戦闘副部隊長、承知した。」
エメリックは使者として帝国に派遣されて国境で保護された騎士の護衛として、国境から王城まで一緒に帰ってきているのだ。
ステラははやる気持ちを押さえてエメリックに返事をしてから横を歩くヴァレン様に囁いた。
「ヴァレン様、よろしいですか。」
「どうしたの?」
ヴァレン様が立ち止まってくれたので、さっと防音結界をかけてから言う。
「使者として派遣した騎士が間もなく王都に戻ってきます。心配なので、王都の門まで迎えに行ってもよろしいでしょうか。」
「では馬車を出すよ。」
「馬で行くので大丈夫です。」
「皆、疲れているだろう。馬車で休ませた方がいい。」
「…お気遣いいただき、恐れ入ります。では、馬車で行って参ります。」
「そうしてくれ。」
あの王家の馬車で迎えに行くのは仰々しくて恐縮してしまうが、そう言われては何も言い返せない。
ステラが防音結界を解除すると、ヴァレン様はすぐに侍従を呼んで馬車を手配してくれた。
それを横目に聞きながら、耳の魔道具にまた魔力を込めて声を消しながら話す。
「戦闘副部隊長からエメリックへ。迎えに行くので場所を教えてくれ。」
『エメリックから戦闘副部隊長へ。承知しました。ただいま王都の東の門付近におります。』
「では、東の門で待っていてくれ。」
『エメリック、承知しました。』
そしてもう片方の耳にも魔力を込めて声を消しながら話す。
「戦闘副部隊長から情報共有です。国境で保護した使者が間もなく王都に到着します。王太子殿下が馬車を出してくださるので、今から東の門まで迎えに行ってきます。」
『師団長、承知した。もし動けそうならそのまま「謁見の間」まで連れて来てくれ。』
「戦闘副部隊長、承知しました。また状況を報告します。」
ステラは今度はヴァレン様に言った。
「師団長から、騎士が動けそうならそのまま『謁見の間』に連れていくように指示がありました。」
「そう。では私も『謁見の間』で待つよ。ステラは先に行っておいで。」
「承知しました。ありがとうございます。それでは、行って参ります。」
ステラはヴァレン様の優しさに感謝して頭を下げると、王族用の馬車寄せに急いで向かった。
◇◇◇
四頭立ての王家の馬車が王都の東の門に到着してステラが降り立つと、馬車を取り囲んでいた民衆がわーっと地鳴りのような歓声を上げた。
そういえば《髪色を変える》指輪をするのを忘れていたので、ステラは笑顔を張り付けて近衛騎士に守られながらエメリック達を探した。
エメリックと使者の騎士、そして護衛の二人の騎士達は東の門の端の方で唖然とした顔をしてステラの方を見ていた。
ステラが駆け寄ると、慌てた様子で跪いて臣下の礼をとった。
「楽にしてください。あなた達の仲間として迎えに来ました。」
ステラが言うと、おずおずと顔を上げてくれた。
使者の騎士と目が合ったので、ステラは騎士の手を取って立ち上がらせた。
「よく帰ってきてくれました。長旅でお疲れでしょう。馬車で休んでください。」
騎士は驚愕の表情で馬車とステラを見比べているので笑ってしまった。
「あなた方のために王太子殿下が用意してくださったんです。不相応でも不敬でもないので乗ってください。」
「…恐れ入ります。王太子妃殿下。」
ステラは恐縮する使者の騎士とエメリックと護衛の騎士達を追い立てるようにして、無理矢理王家の馬車に乗せた。
広い馬車は体格のいい騎士達が三人並んでも余裕があるので、騎士達とステラとエメリックが向き合うように腰掛けた。
馬車の中でエメリックが震える声で言った。
「王太子妃殿下…。」
「エメリック。」
ステラが睨み付けると、エメリックは思いっきり顔を歪めたが言い直してくれた。
「…副部隊長。」
「はい、エメリック。」
「これは一体何が起きているんでしょうか…。」
「仰々しくてすみません。皆さんが王都に帰ってきたのが嬉しくて迎えに行こうとしたら、王太子殿下が皆さんの体を心配して馬車を出してくださったんです。
私はただの副部隊長として来たので、どうか立場を気にせずくつろいでください。」
使者の騎士も護衛の騎士も訓練で顔見知りの者達だ。
ステラが言うと、ほっとしたように微笑んで少しだけ姿勢を崩してくれた。
ステラはそれを見て微笑むと、使者の騎士に聞いた。
「怪我はありませんか?」
「エメリック様に《治癒》していただいたので大丈夫です、副部隊長。」
ステラはその言葉に顔を歪めた。
ステラの顔を見てエメリックが言った。
「帝国で拷問を受けたようです。」
ステラははっと息を飲むと、騎士の体を一通り見た。
左肩が下がっているのを見てステラが使者の心臓の辺りに軽く触れると、使者は短く呻いた。
「すみません。まだ痛むのですね。」
「見たことのない魔術を使われましたが、私はもう大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます。」
邪悪な魔法を使って拷問したのだろう。
ステラはその場で手を組んで祈った。
(この者の傷が癒され、痛みが取れますように。)
ステラが祈りに魔力を乗せると足元に金色の魔方陣が輝いて、そこから使者の騎士の体に向かって金色の光の波が打ち寄せた。
ステラが祈りをやめると、エメリックと騎士達が呆気に取られたようにステラを見ていた。
ステラは気まずくなりながらも使者の騎士に聞いた。
「…痛みは取れましたか?」
「あっ…はい。尊き魔法を使っていただきありがとうございます。王家の巫女様。」
「私に出来ることをしたただけなので気にしないでください。」
使者の騎士が慌てたように姿勢を正したので、ステラも慌てて言った。
そして、再び使者に聞いた。
「辛いことを思い出させたらすみません。帝国で何があったのですか?他の者達はどうしたのですか?」
使者の騎士は表情を変えずに淡々と話した。
「帝国の王宮に到着するまでは順調でした。
王宮に到着して帝国の皇太子殿下に謁見して書状を渡すと、すぐに牢に送られました。
最初は騎士達が拷問にかけようとしましたが、私達に触れようとすると王太子妃殿下の防御魔術が発動して、帝国の騎士達は気を失いました。
そして魔術師がやってきて、知らない魔法をかけられたのです。
長時間魔力に当てられて、私以外の仲間は気を失いました。
私は辛うじて意識があったので、そのまま帝国の宮殿から出されました。
その時には気づかなかったのですが、帝都を彷徨ううちに書状が服に入れられていることに気づいたのです。
急いで届けねばと思い、商人の荷馬車に乗せてもらって国境まで向かいました。
そこで王国魔術師団に保護されて、エメリック様に治癒魔法をかけてもらいました。
情報収集をする余裕がなく、仲間が今どうなっているのかはわかりません。申し訳ございません。」
ステラは騎士の話を聞いて、帝国の残忍さが許せなくて体が震えた。
書状を届けただけで、何もしていない騎士達に拷問を加えるなど信じられなかった。
そしてあの防御魔術は帝国の邪悪な魔法には効かないのだと知って、申し訳ない気持ちになった。
「あなたが謝ることはありません。よく戻ってくださいました。
私の力不足で辛い思いをさせてしまって申し訳ありません。
書状の内容を知り、既に魔術師と騎士が国境に向かっています。各地から徴兵も進んでいます。
あなたのお陰で、幾多の命が救われたのです。心から感謝します。」
「滅相もございません。あなた様にお守りいただき、こうして王家の馬車に乗せていただく名誉をいただき、光栄に存じます。」
ステラは今度は王族として心からお礼を言って頭を下げた。
騎士は恐れ多そうにしていたが、ステラは騎士の行動と忠誠心の尊さを本当に有り難く感じた。
同時に、この国の王族としても王国魔術師としても、帝国のことは断じて許せなかった。
もう二度と王国に手出しをさせないくらい叩きのめさないと気が済まないような怒りが体に沸き上がって、ステラは必死に感情を抑えた。




