230.残酷な国
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ステラが牢の中に入ると夜会で襲撃した魔術師達が顔を上げて驚いたような表情を浮かべた。
「あなた達と話したくて来ました。」
ステラが言うと皇帝陛下の近衛魔術師がさっと頭を下げて、他の魔術師達も従った。
罪人達は簡易的な轡を噛まされていたので、ステラは魔法でそれを取り払った。
「…王太子妃殿下。お久しゅうございます。」
帝国の皇帝陛下の魔術師が掠れた声で言って頭を下げた。
「今日はあなた達と同じ、近衛魔術師として来ました。顔を上げてください。」
ステラが言うと、魔術師達は顔を上げて互いに顔を見合わせた。
「…帝国が、我が国に宣戦布告をしました。」
刑は明日にでも執行されるだろうから、既に魔術師達にも言い渡されているだろう。
魔術師達はステラの言葉にも取り乱すことなく、落ち着いた様子だった。
「私はできることならば平和的に解決したかったのですが、皇帝陛下はその道をお選びにはなりませんでした。」
「皇帝陛下の尊きご意志です。我々には何もお話しすることはございません。」
皇帝陛下の近衛魔術師が淡々と答えた。
やはり忠誠心ゆえに無謀な命令に従って、命を奪われることになったのだ。
ステラは同じ近衛魔術師として悲しく思った。
「私には高貴な方々の考えていることはよくわかりません。
ただ、一人の近衛魔術師として、あなた方の尊い忠誠心を忘れることはありません。」
魔術師達はステラの言葉に再び顔を見合わせた。
そして、皇太子殿下の近衛魔術師の一人が呟くように言った。
「あなた様は、私共をお恨みになってはいないのですか?」
「恨んでおりません。
あなた方は主君の命令に従っただけです。
私も主君に命令されたのならば、人を殺すこともさらうことも厭いません。私の主君はそのようなことはなさいませんが。」
ステラに質問した魔術師は呆気にとられたようにステラを見た後、もう一人の皇太子殿下の近衛魔術師と顔を見合わせた。
「それに、私を襲撃した件であなた方の主君を非難するつもりもありません。理解はできませんが、尊い方には尊い方のお考えがあるのでしょうから。」
ステラの言葉に、魔術師達は理解できないというような顔でステラを見た。
「ただ、私は別の意味で怒っています。
あなた方の尊い忠誠心を無碍にした皇帝陛下を、許すことができません。
あなた方の魔法の才を簡単に切り捨てるような国に侵略されることを、許すことはできません。」
皇太子殿下の近衛魔術師達はまた呆気にとられたような顔を浮かべたが、皇帝陛下の近衛魔術師はなぜか笑い出した。
「あなたが尊き方々に気に入られる理由がよくわかりました。私が人生最後にかけた魔法があなたに向けたものでよかった。思い残すことはありません。」
今度はステラが呆気にとられて皇帝陛下の近衛魔術師を見つめた。
皇帝陛下の近衛魔術師は、優しい表情でステラに微笑みかけて言った。
「同じ近衛魔術師として一つ教えて差し上げましょう。
我が国は貴国とは考え方が異なります。我々は尊き方々にとっては単なる駒にすぎません。
それを承知でこの道を選んだのです。
あなたが我々に同情する必要はありません。」
ステラは帝国の残酷さを再認識して背筋が凍る思いがしたが、黙って話を聞いた。
「…皇帝陛下の近衛魔術師として、もう一つ教えて差し上げます。
皇帝陛下も、皇太子殿下も、欲しいと思ったものは必ず手にされて、一度手にしたものは手放されない御方です。
あなたが主君に仕え続けたいのであれば、決して自らの身を差し出してはなりません。」
ステラははっとして皇帝陛下の近衛魔術師を見た。
父や諜報部隊長が忠告してくれたことを、目の前の魔術師も忠告してくれているのだ。
やはり帝国には見抜かれているのだという恐怖はあったが、敵であるステラを気遣ってくれる尊い優しさがありがたくて、ステラはやはりこの者を切り捨てるような帝国を許せないと思った。
「…ありがとうございます。あなたの尊い忠誠心と優しさを、決して忘れません。」
ステラは皇帝陛下の近衛魔術師に深く頭を下げた。
最後に轡を戻そうと思ったが、明日にはこの世を去るのだ。
最期に仲間同士で話したいこともあるだろうとステラは胸が痛んだ。
頭の中をフル回転させながら、皇帝陛下の近衛魔術師に聞いた。
「もう舌を噛みきるようなことはしませんよね?」
皇帝陛下の近衛魔術師は最初に見せたような驚きの表情を浮かべたが、また笑いながら言った。
「あなたの蹴りには驚きました。帝国の誇りにかけて、粛々と刑をお受けします。」
「わ、わかりました。それでは、轡は外しておきます。」
他国の魔術師からしてもステラの行為は野蛮なのだろう。
恥ずかしくて顔が少し赤くなってしまったがステラが言うと、皇太子殿下の近衛魔術師が慌てたように言った。
「よいのですか?何かあったらあなた様の責任に…」
「その代わりに、あなた方がもし自分を傷つけようとしたら脳天に雷が降ってくるようにさせていただきます。」
ステラの言葉に三人の魔術師がぎょっとした顔でステラを見た。
ステラは脳内で急いで組み立てた魔法を魔術師達にかけた。
「《雷よ、汝を傷つけし者を貫け》」
魔力を弱めてあるので雷で死ぬことはないが、気絶して丸一日は意識が戻らないだろう。
「あなたは実に面白い。魔法を作り出せるとは。最後にいいものを見せていただきました。」
皇帝陛下の近衛魔術師がまた笑いながらステラに声をかけた。
「私もあなた方とお話しできてよかったです。お時間をいただきありがとうごじいました。」
これが永遠の別れだと思うと何といえばいいかわからなかったが、ステラは感情を押し殺して頭を下げた。
三人の魔術師達も頭を下げてくれるのを横目に見ながら、来世での幸せを願って牢を出た。
入口を守っている警備部隊の魔術師にステラがかけた魔法を説明するとパニックになっていたので、ステラから警備部隊長に報告することにした。
父からもらった耳の魔道具に魔力を込めて話す。
「戦闘副部隊長から警備部隊長へ。
先程、天文台に収容されている罪人と面会しました。自害の意思はないようでしたので轡は外しました。ただ念のため、自らを傷つけようとした場合は脳天に雷が落ちる魔法をかけておきました。ご承知おき願います。」
『警備部隊長、罪人との面会の件は承知した。…そんな魔法が存在するのか?』
「戦闘副部隊長です。えっと…私が作りました。」
『…警備部隊長、承知した。』
警備部隊長の引き気味の声が返ってきて気まずくなったが、警備部隊の魔術師からはペコペコと頭を下げて感謝された。
ステラは天文台を振り返ることなく、不機嫌な主君が待つ執務室へと急いだ。




