228.命の行方
王室会議の会場に到着した。
ようやく肩を離されてほっとしているとヴァレン様が冷たい声で言った。
「私に隠れて行こうとしても無駄だ。君の行動は騎士に監視させる。」
「…承知しました。」
察しの良いヴァレン様はステラの考えることはお見通しなのだろう。
騎士を撒く方法を考えていると鎧の音がしたので立ち上がって頭を下げた。
「面を上げよ。」
国王陛下の声がして、ヴァレン様と共に顔を上げる。
ステラと目が合うと国王陛下が微かに驚いたような表情をされた。そのお顔を見てそういえば髪が乱れたままだったことに気づくが、もう直しようもない。
国王陛下と一緒に来た第一王妃陛下とも目が合って、声には出さずにクスッと笑われた。
ヴァレン様よりも一枚上手な第一王妃陛下には、全てお見通しなのだろう。
ステラはお二人に見透かされて恥ずかしい気持ちを押し殺して、何食わぬ顔で再び腰掛けた。
父と王国騎士団長も着席して、王室会議が始まった。
「オルキデ帝国より宣戦布告が出された。我が国の使者の安否も不明だ。
余はここに非常事態を宣言して、騎士の徴兵と王国騎士と王国魔術師の出征を命ずる。」
国王陛下が朗々と述べて、父と王国騎士団長が静かに頭を下げた。
王国騎士団長が淡々と言った。
「王国騎士団については近衛部隊を除き全部隊を戦場に派兵します。
徴兵については、まずは周辺の所領の騎士を集めます。貴族達にも騎士を順次派兵するように命じます。」
「そのようにせよ。」
国王陛下が頷くと、父も言った。
「王国魔術師団からは国境地帯に戦闘部隊を派遣します。また、既に諜報部隊を帝国に追加で送って使者の状況を探らせています。」
「それでよい。」
この場にいる誰もが全く動じていない。
ヴァレン様も先程の怒りは完全に消していた。
淡々と命の行方が決まっていくのを恐ろしく思いつつも、ステラも感情を押し殺して会議を見つめた。
父が続けた。
「捕らえている帝国の魔術師の処遇はいかがいたしますか。」
最後通牒には、要求を飲まない場合は人質は王国で裁くと記載していた。
それに従えば、帝国の近衛魔術師達は王族を虐げようとした罪で打首になる。
「全て承知の上での宣戦布告であろう。打首にせよ。」
「承知しました。」
国王陛下が淡々と告げたのでステラはぞっとしたが、やはり誰も動じなかった。
ステラだって近衛魔術師としてヴァレン様に命じられれば無茶な命令であろうが従わざるを得ない。
同じ近衛魔術師として、命令に従った末に異国で命を落とすことになる者達に胸が痛んだ。
しかもステラの命を狙ったことで命を落とすことになるのだから、そうではないとわかっていても責任を感じてしまう。
ステラが俯いていると、国王陛下の声がした。
「そなたはどうするつもりなのだ、王太子妃。」
予想もしなかった質問にステラは慌てて顔を上げた。
先程ヴァレン様と言い合ったばかりなのに言っていいのかわからなくて、国王陛下の横に座る第一王妃陛下に目を向ける。
第一王妃陛下は優しく目を細めて微かに頷いた。
きっと第一王妃陛下が既に国王陛下に話して下さったのだろう。
優しい助力に感謝してステラも頷くと、先程の言葉を再び口にした。
「私は国境に行って戦いたいと考えています。」
「ステラ。」
ヴァレン様が再び怒りを滲ませた声でステラの肩を掴んで止めるが、ステラは国王陛下に聞かれて答えているのだ。
ステラはヴァレン様に目は向けず、そのまま言葉を続けた。
「私には王国魔術師として国を守る責務があります。
私は私の魔法で民と仲間を守りたいと考えています。
ただ王太子殿下の近衛魔術師でもございますゆえ、王太子殿下のご許可をいただかねばお側を離れることができません。
王太子殿下のご意志に従う所存でございます。」
ステラの言葉でヴァレン様は肩から手を下ろした。
国王陛下はステラをじっと見つめていたが、その瞳が僅かに試すような表情を浮かべた気がした。
「さようか。そなたは王室にとって大切な者ではあるが、そなたの魔法の才は国にとって大きな力となろう。
そなたのしたいようにするがよい。」
ステラはその言葉に目を瞠って、国王陛下を見つめた後、第一王妃陛下を見た。
第一王妃陛下もステラを見ていたずらっぽく微笑んでいた。
お二人はステラに戦場に行く許可を出してくださっているのだと気がついた。
近衛魔術師の主君は仕える王族だが、そもそもは王国魔術師団に、軍に所属している。
軍の総帥である国王陛下のご許可をいただいたのだから、ヴァレン様の許可は必要ない。
ヴァレン様もそれに気づいたのか、冷たい声で言った。
「国王陛下、ステラは私の近衛魔術師である以前に、私の大切な妃です。
決して戦場には行かせません。」
「王太子。まだ時間はある。この者の魔法の価値をよく考えるがよい。」
「…承知しました、国王陛下。」
ヴァレン様は渋々頷いたが、その手はステラの手をがっしりと掴んで離そうとしなかった。
その後も細々としたことを話し合い、王室会議は終わった。
会議の間、ヴァレン様はずっとステラの手を握って離さなかった。
会議が終わってヴァレン様に手を握られたまま執務室に戻る途中、前から警備部隊の魔術師が駆け寄ってきてステラに敬礼をした。
「戦場副部隊長、失礼いたします。
これから幹部会議がございますゆえ、私が警護を交代させていただきます。」
ステラがヴァレン様を見上げると、思いっきり顔を歪められたが渋々頷かれた。
「それでは失礼いたします、王太子殿下。」
ステラはヴァレン様の気が変わらないうちに臣下の礼をとって頭を下げ、王国魔術師団の本部に向かった。
◇◇◇
王国魔術師団の本部に向かうまでの間、ステラは歩きながら部隊長の連絡用の耳の魔道具に魔力を込めて声を消しながら話した。
「戦闘副部隊長から師団長と戦闘部隊長へ。お話ししたいことがあります。幹部会議の後、そのまま残っていただけますか。」
『師団長、承知した。』
『戦闘部隊長、承知した。』
国王陛下から戦場に行く許可をいただいたので、後は直属の上司である父と戦闘部隊長の許可を取るだけだ。
今もステラの後ろにはヴァレン様付きの近衛騎士がついてきているので、この機会を逃したらもう父とも戦闘部隊長とも話せそうもなかった。
ステラは覚悟を決めて本部の建物に入った。
ステラは近衛魔術師をやめることになろうとも、戦場に行くことをやめようとは思わなかった。
自分が戦いに取り憑かれているのを感じながら、ステラは足早に会議室へと向かった。
◇◇◇
会議室へ到着すると、既に父と他の幹部は揃っていた。
クリンプトン先生が王国魔術師のローブを着て戦闘部隊長の横に座っているのを見て驚いて思わず後ずさりをしたが、そういえばステラの代行として戻ってきたのだと思い出して納得した。
「お待たせして申し訳ありませんでした。」
さっと頭を下げて、クリンプトン先生の横に腰掛ける。
「王太子殿下は大丈夫だったか?」
「何か言われる前に交代の魔術師が来てくれたので助かりました。」
父がいつものように笑いながら声をかけてくれたので、ステラも少し気が抜けて苦笑いで返した。
父もステラに微笑んだ後、表情を引き締めて言った。
「今朝、我が国から帝国に使者として派遣した騎士を一名、国境で保護した。王太子殿下のご命令で使者が持っていた書状を確認したところ、帝国より宣戦布告が記されていた。
一週間後に国境で開戦する。」
ステラも父の言葉に気を引き締めた。
「先程の王室会議において、王国魔術師団からは戦闘部隊を国境に派遣することが決まった。
また、王国騎士団からは近衛騎士以外は国境に派兵される。
王城の警備が手薄になるゆえ、警備部隊と管理部隊は王城の警備を固めよ。」
「「「承知しました、師団長。」」」
父の言葉に幹部がしっかりと頷いた。




