226.母の優しさ
侍女に連れられて行った先は、何度か来たことのある第一王妃陛下のサロンだった。
「王太子妃殿下をお連れしました。」
「お通しせよ。」
中から第一王妃陛下の声がして、ステラは懐かしくてほっとした。
「お母様、早速お招きいただきありがとうございます。」
中に入って頭を下げると、第一王妃陛下にクスクスと笑われた。
「あなたの方が立場が上なんだから頭を下げる必要はないのよ。」
ステラはすっかり忘れていたことを思い出して慌てて顔を上げた。
「王家の巫女」は王族から敬われるということを恐れ多くも忘れていたのだ。
「お、恐れ入ります、第一王妃陛下…。」
ステラがたじたじになっていると第一王妃陛下はまた麗しく微笑んで下さった。
「私もステラさんと話したかったの。お誘いしてくれてありがとう。さあ、かけて。」
「ありがとうございます、第一王妃陛下。失礼いたします。」
ステラは恐縮しながら腰掛けると、第一王妃の澄んだ青い瞳を見つめて言った。
「お母様、結婚式の時は本当にお世話になり、ありがとうございました。」
ステラが心を込めて頭を下げると、第一王妃陛下は優しく目を細めて言った。
「むしろお礼を言うのはこちらよ。楽しませてくれてありがとう。」
「そ、そんな…とんでもないです。」
話しながら、第一王妃陛下付きの侍女が手早くお茶を入れてくれた。
別の侍女が美味しそうな焼き菓子がたんまりと載ったカートを持ってきて、テーブルに並べてくれる。
全て焼き立てのようだから予定が決まってから作ったのだろうが、この短時間でこれだけのお菓子を用意できるのだから王城の料理人は国宝級に大切に扱われるべきだ。
久しぶりに嗅いだ焼き立てのバターの香りにステラが思わずうっとりしていると、クスクスと笑い声が聞こえてはっとした。
「魔法伯からあなたは焼き菓子に目が無いって聞いたけど、本当ね。」
「し、失礼しました…。」
確かにステラは昔から焼き菓子が好物だが、そんなことまで父から第一王妃陛下に伝わっているとは思わなくてぼぼっと赤面した。
「どうぞ、召し上がれ。」
「恐れ入ります…。いただきます。」
第一王妃陛下の視線を感じながら食べるのも気が引けたが、焼き立てのお菓子を断る選択肢はステラにはない。
一つ手にとって口にすると美味しすぎて、頬が落ちそうになった。
「お、おいしいです…こんなに美味しいお菓子は初めていただきました…。」
「あなたが美味しそうに食べる姿を料理長にも見せたいわ。」
「料理長は褒め称えられるべきです。本当に美味しいです。」
「気に入ってくれてよかった。」
蕩けそうになりながらお菓子を食べ進めていると、ふと侍女達が退出して、第一王妃陛下が言った。
「よかったら、防音結界を張って。」
ステラはその言葉で今日の用事をやっと思い出してはっとした。
やはり第一王妃陛下はステラが何か言いたいことがあるのだとわかってくださっていたのだ。
「お気遣いいただきありがとうございます。失礼いたします。」
急いで杖をとって防音結界を張ると、口元を拭って姿勢を正した。
こんなときにお菓子に夢中になっていた自分を恥じながらも、気持ちを切り替える。
「お母様、頼ってばかりで申し訳ないのですが、本日はお話ししたいことがあって参りました。」
「頼ってもらえるのは嬉しいわ。どうしたの?」
第一王妃陛下は動じることなく、優しい微笑みを浮かべている。
「私は、帝国との国境に行くつもりです。
王国魔術師として、そして戦闘部隊の副部隊長として、前線に出て戦って国を守りたいのです。」
ステラの言葉にも、第一王妃陛下は笑みを絶やさなかった。
「貴方ならそう言うと思っていたわ。」
ステラは第一王妃陛下のお言葉にほっと息をついた。
第一王妃陛下にまで反対されたら一人で国王陛下の反対を押し切れる自信はなかったのだ。
第一王妃陛下は微笑んだまま続けた。
「…ヴァレンは、何があっても貴方以外の妃をとるつもりはないと、はっきり国王陛下に言ったそうよ。」
「そう、ですか…。」
ステラはやはりそうだったのかと納得する気持ちと、もしかしたら第一王妃陛下にも反対されるのだろうかという不安で思わず顔を伏せた。
何があっても、とはもしお世継ぎが出来なくてもということだけではなく、もしかしたらステラの命が無くなってもという意味もあるかもしれない。
第一王子殿下の王位継承権が剥奪された今、唯一の王位継承者であるヴァレン様にお世継ぎとなる子が生まれなければ、国は混乱に陥るだろう。
ステラは自分の命の重さはわかっていたが、だからといって守られたままでは王国魔術師とは言えない。
ステラが黙っていると、第一王妃陛下が優しい声で続けた。
「ステラさん、私はね、今、とっても嬉しいの。
私が叶えられなかったことを、二人が叶えようとしてくれているから。」
ステラは驚いて顔を上げた。
第一王妃陛下は泣きそうにも見える表情で、優しくステラを見つめた。
「私には王室に入るときに王国魔術師を続ける選択肢がなかったの。
まだ若かったし、もっと国の役に立ちたかったんだけど、誰も認めてくれなかったわ。
それで、私も自分の夢を諦めてしまった。
それになかなか子供に恵まれなかったから、国王陛下が二人目の妃を迎えられることを反対できなかった。
複雑な気持ちはあったけど、それが国のためと信じて従ったの。
貴方達は自分の意思を持って、私には言えなかったことをこうして主張している。
ステラさんを見ていると、私が役に立てなかった分まで王国魔術師としての責務を全うしようとしてくれるように感じるの。
私にはそれが嬉しくて、誇らしいわ。」
ステラは思ってもみなかったことを言われて、驚きと喜びで勝手に涙が溢れてきた。
反対はされないだろうと思っていたけど、まさかそこまで思って下さっているなんて予想もしていなかった。
自分の夢をこんなにも応援して下さっているだなんて、ヴァレン様の決断を自分のことのように喜んで下さるだなんて、ステラには第一王妃陛下の優しさが尊くてやはりひれ伏したくなった。
「ありがとう…ございます…っ。私は、お母様の優しさにいつも救われています。」
ぽろぽろと涙が止まらないステラを見て、第一王妃陛下は席を立ってステラの側に来ると、そっと抱き締めてくれた。
「ヴァレンが認めないだろうと思って私に話してくれたのよね。」
「…はい。」
クスクスと笑いながら言う第一王妃陛下に、ステラはいいのだろうかと思いながらも頷いた。
「確かにあの子は認めないでしょうね。
お気に入りが自分の手から離れるのが我慢できないでしょうから。
でも国王陛下はきっと大丈夫よ。貴方が戦場に出る価値はよくわかっていらっしゃるから。
私からもそれとなく話しておくわ。」
「お母様…。ありがとうございます。」
抱き締められながらも頭を下げると、第一王妃陛下は優しく頭を撫でてくれた。
「でも、貴方は私にとって大切な娘よ。
絶対に、自分のことを守り抜くのよ。」
「はい、お母様。自分のことは自分で守り抜きます。」
尊い味方を悲しませないように、ステラは気を引き締めて頷いた。
涙を拭って第一王妃陛下を見つめると、にこっと微笑んでくださった。
やっぱりヴァレン様にそっくりな表情を見て、ステラも安心して微笑んだ。
「それで、貴方のことだからどうやってあの子に見つからずに戦場に行くのかも考えているんでしょう?」
「はい。実は……」
いたずらっぽく笑いながら聞かれたので、ステラは考えた渾身の秘策を話した。
話終えると、第一王妃陛下は今度はお腹を抱えて笑って下さった。
「貴方、本当に面白いことを考えるわね。
確かに魔法伯は、時間ができるとすぐに城から《転移》して貴方に会いに行っていたわ。
国王陛下のお側から突然消えるものだから、陛下が呆れていらっしゃったもの。」
「そ、そうだったんですね。私は幼かったので、父がどうやって帰ってきているのか気づかなかったんです。」
「まさかそんな長距離を《転移》するだなんて普通は思わないものね。」
ステラも父が突然消える姿が想像できて笑ってしまった。
そして第一王妃陛下のお話を聞いて、やはり自分も戦場まで《転移》できそうだとわかって安心した。
「レオ様にも私の考えをお話ししたら、ヴァレン様のことを引き受けて下さるとおっしゃっていただきました。」
「レオナルドがついているなら安心ね。きっと山ほど仕事を持ってきて執務室に籠りきりにさせるつもりよ。」
第一王妃陛下がまたクスクスと笑ったので、ステラも微笑んだ。
ヴァレン様には申し訳ないが、執務室にいてもらうのが一番安全なのでぜひそうしてほしかった。
その後は日が暮れるまで積もった話を聞いてもらったり、ヴァレン様のご機嫌の取り方を教えてもらったりして、たくさん笑った。
第一王妃陛下直伝のヴァレン様のご機嫌の取り方は早速この後使おうと決意した。
お腹がいっぱいになるまで焼き菓子を食べさせてもらって、ステラは久しぶりに幸せで胸もいっぱいになった。
別れ際に第一王妃陛下に手を握られて言われた。
「その時がきたら、国王陛下の説得は任せて。」
「恐れ入ります、お母様。国王陛下にお話しする前に、一応ヴァレン様にも話してみようと思っています。」
「そうね。きっと怒って反対するでしょうけど。」
「私もそんな気がしています。」
第一王妃陛下と目が合うと、また二人でお腹を抱えて笑った。
ステラは心の底から第一王妃陛下に頼ってよかったと思った。
すっかり遅くなってしまったので、ステラはヴァレン様の執務室まで急いで戻った。




