225.共に征く
「…戦場は王城での訓練とは違う。誰も君のことを守らないし、共に訓練してきた仲間が毎日のように傷つき、時には死んでいく。
自分の魔法で人を傷つけ、殺し、その血を踏みつけて前に進んでいく。
そんな場所に征きたいというのか。」
クリンプトン先生が再び口を開いた。
その声には僅かに怒気が含まれていた。
確かに戦場は行きたいと言って行く場所ではないだろう。
それでもステラは行きたかった。
仲間が戦っているのに自分だけが守られて王城で暮らすのは耐えられなかったし、自分の魔法で国や仲間や民を守りたかった。
「全て覚悟の上です。私は誰にも守っていただく必要はありません。
一人でも多くの仲間や民を私の魔法で守りたいのです。
誰かの血を浴びることになっても、王国魔術師として、この国を守るために戦いたいのです。
国を守るために人を殺す覚悟はとうに出来ております。」
ステラもじっとその目を見つめ返した。
クリンプトン先生としばらく見つめ合っていたが、やがて大きなため息をつかれた。
「私が断ったらどうするつもりなんだ?」
「それは……」
まさか荷車に魔力を込めた魔道具を仕込むとは言えないので、ステラは目を逸らした。
「まさか荷車に魔力を込めておくなどとは考えていないよな?」
「え?!な、…め、滅相もございません。」
なぜわかったのかと聞きかけたが、そんな無謀なことを考えている馬鹿だとは思われたくなかったので慌てて言い直した。
クリンプトン先生は慌てるステラを見て再びため息をついた。
「王太子妃殿下が突然荷車に降ってきたら大混乱だろうな。」
「も、申し訳ございません…。」
やはり見透かされていたのだとわかってステラは頭を下げた。
「いいだろう。私が君と共に往こう。」
クリンプトン先生の言葉に、ステラはばっと顔を上げた。
「ありがとうございます、クリンプトン先生。」
その目を見て心から感謝を込めて敬礼した。
「但し、約束してほしい。
必ず生きて王城に帰れ。王太子殿下から君を奪う覚悟は私にはない。」
ステラはその言葉に目を瞠った。
クリンプトン先生はヴァレン様が学院に通っていた頃からあれもこれもご存知だ。
そんなクリンプトン先生にそう言われると、なんと答えればいいのかわからない。
少し考えてから答えた。
「…自分の身は自分で守ると、この名にかけて誓います。」
ステラは生きて帰るとは約束できなかったが、それだけは胸を張って約束できた。
クリンプトン先生は呆れたように笑うと言った。
「まぁいい。それをもらおう。」
「は、はい。ありがとうございます。」
クリンプトン先生がステラが差し出した指輪を見たので、ステラはそれを先生に手渡した。
先生は既にいくつか指輪が嵌まっている手を見ると、空いていた右手の人差し指にステラが渡した指輪を嵌めた。
「君の好きにしてくれ。」
「恐れ入ります。失礼します。」
先生が右手を差し出したので、ステラはその手を左手でとり、右手に杖を持った。
そして、一度自分の魔力を思いっきり解放してから、全力で指輪に込めた。
「…その魔力がこれに宿っていると思うと恐ろしいな。」
魔力を込め終えると、上から声が降ってきた。
苦笑いを浮かべたクリンプトン先生と目が合って、ステラはほっとして微笑んだ。
「《転移》する前には必ず連絡してくれ。突然降ってこられても困るからな。」
「承知しました、クリンプトン先生。」
ステラが頷くと、クリンプトン先生はステラの肩を優しくポンポンと叩いた。
「君と共に戦える日を楽しみにしているよ。」
ステラはその言葉に嬉しくなってまた微笑んだ。
「はい、クリンプトン先生。よろしくお願いいたします。」
クリンプトン先生も優しく微笑んでくれたので、ステラは敬礼して頭を下げてから教室を出た。
◇◇◇
期末試験はその後も何事もなく終わった。
ヴァレン様の尊いノートを復習した甲斐があって、結果は全教科満点か、満点を超えていた。
防御魔術は百点中千点という本当にわけのわからない点数だったので、クリンプトン先生はそろそろ理事長に怒られるのではないかと思った。
でも、部隊に戻るのでもう怒られてもいいと思ってこの点数をつけたのかもしれないと思うと、ステラは苦笑いを浮かべるしかなかった。
王国史も百点中三百点で、試験の結果が書かれた紙に「王国史学者を目指されてはいかがでしょうか」と王国史担当のオーディン先生の一言が直筆で書かれていた。
「本当にステラの頭の中が見てみたいよ。」
ヴァレン様は執務室でステラの試験結果が書かれた紙を見て、お腹を抱えて笑った。
そのまま横にいたレオナルドにも紙を渡すと、レオナルドも思いっきり吹き出して笑い転げた。
「お、王国史学者を目指したら、ステラ。」
レオナルドが笑いながら言うので、ステラは恥ずかしくなって睨み付けた。
「ヴァレン様の尊いノートのお陰です。私に王国史の才能はありません。」
尊いノート、で二人がまた吹き出した。
ステラは笑い転げる二人を睨み付けながらも、大切な二人が笑っていられる国を守りたいと決意を固めた。
やっとヴァレン様の笑いの発作が収まったのを見て、ステラは気を取り直して話しかけた。
「ヴァレン様、お願いがございます。」
「試験の褒美に宝石でもほしいの?」
ヴァレン様がまた笑いの発作に襲われかけていたので、ステラは慌てて言った。
「いえ、あの、試験が落ち着いたので第一王妃陛下にお会いしたくて…。結婚式のお礼をまだちゃんと言えていないんです。」
ステラの言葉でヴァレン様はスッと表情を戻して嫌そうな顔をされたので、今度はステラが笑ってしまいそうになった。
「母上に礼を言う必要はないよ。むしろ喜んでいたから。」
「そんなわけにはいきません。本当に助かったんです。」
本当は会いたい理由は結婚式のお礼だけではないのだが、ヴァレン様に言うわけにもいかないのでステラは押し通した。
ヴァレン様は思いっきり顔を歪めたが、やがてレオナルドに言った。
「母上にステラが会いたがっていると伝令を送ってくれ。」
「承知しました、王太子殿下。」
「ありがとうございます、ヴァレン様。」
ステラが頭を下げると、ヴァレン様は少し不機嫌そうな顔をしていたが、ステラの頭をポンポンと撫でて抱き寄せた。
第一王妃陛下からのお返事はすぐに返ってきた。
「第一王妃陛下より王太子妃殿下に伝令です。」
「通せ。」
ステラは扉の外に言いながら、第一王妃陛下にステラの意思を伝える決意を固めていた。
ヴァレン様の執務室の扉が開かれて、第一王妃陛下付きの侍女が入ってきた。
「第一王妃陛下より王太子妃殿下に伝令です。いつでもお待ちしておりますとのことです。
もし王太子妃殿下がよろしければこのままご案内いたしますが、ご都合はいかがでしょうか。」
察してくれたかのような第一王妃陛下の素早い行動にステラはひれ伏してお礼を言いたくなったが、必死に耐えてヴァレン様を見た。
「…行っておいで。」
ヴァレン様は嫌そうに顔を歪めてはいたがそう言ってくれたので、ステラは笑顔で頷いた。
「このまま伺うゆえ、案内せよ。」
「承知しました、王太子妃殿下。ご案内いたします。」
ステラが侍女に言うと、侍女が扉を開けてくれたのでステラはヴァレン様にさっと頭を下げてから執務室を出た。




