223.最後の戦い
試験中も耳の魔道具のやり取りは続いていた。
国境の緊迫した状況に気が気ではなかったが、ヴァレン様に試験のことだけを考えろと言われたのでステラは一旦聞き流して、試験に集中した。
ヴァレン様の尊いノートを暗唱できるどころか、ステラの字まで美しくなったんじゃないかと錯覚するほどその麗しい字の一つ一つまで明確に思い出せるくらい読み込んだので、午前中の筆記試験は問題なく終わった。
午後はクリンプトン先生の防御魔術の実技試験がある。
クリンプトン先生が実は王国魔術師団から護衛で派遣されていたことを知ってから初めて会うのでステラは一方的に気まずくなっていたが、クリンプトン先生はいつも通りだった。
ステラが教室に入ると、ニヤッと笑ってから腹が立つくらい美しく敬礼して頭を下げられた。
先生の耳にも、国王陛下から賜った戦場での連絡用のイヤーカフが嵌められていた。
「副部隊長、お久しゅうございます。」
クラスメイトはいつもクリンプトン先生がステラのことをからかっているのを知っているからクスクス笑っているが、ステラは団に戻ることを皆に知られてしまうのではないかと勝手に焦った。
「やめてください、クリンプトン先生!」
「承知しました、副部隊長。」
またピシッと敬礼されたので、ステラはなんだか拍子抜けして笑ってしまった。
クリンプトン先生も笑うと言った。
「君の武勲は聞いているよ、英雄様。」
「あれは部隊長達のおかげです。」
ニヤッと笑うクリンプトン先生を睨み付けながら、今学期もめちゃくちゃな点数を付けられることを確信した。
案の定、クリンプトン先生は試験が始まって早々に手元の紙に何かを書き込んだ後は一切ステラの方を見ず、恭しく頭を下げていた。
ステラが苦笑いしながら試験を終えるとクリンプトン先生は真面目な顔で再び敬礼したので、これ見よがしに敬礼を返しておいた。
防御魔術が終わって魔法剣術の試験に向かう前に、ステラはクリンプトン先生を振り返った。
今日はクリンプトン先生に用事があるのだ。
だが、試験期間中に教師と生徒が密会するのはよくないだろうと思っていた。
ステラはクリンプトン先生の耳にイヤーカフがあるのをもう一度確認してから、隠密魔法で声を消しながら国王陛下から賜ったイヤーカフに魔力を込めて話した。
「副部隊長からクリンプトン先生へ。この後お話ししたいことがあります。お時間をいただけますでしょうか。」
クリンプトン先生は一瞬驚いた顔でステラを見つめたが、すぐに耳から声が返ってきた。勿論先生の口からは音が出ていない。
『承知した。今日の試験が終わったら隠密魔法をかけてこの教室に来てくれ。鍵は開けておくからいつでも入ってきていい。』
「副部隊長、承知しました。」
先生がさっと敬礼したので、ステラも敬礼して教室を出た。
次は魔法剣術の実技試験だ。
ステラは気持ちを切り替えて外の練習場に向かった。
◇◇◇
魔法剣術の授業はこの学期しかないので、これが最後の試験だ。
一年生のときは緊張で胃が痛かった上に日が暮れるまで泥沼の試合をしたが、今日のステラは凪いでいた。
練習場に着くと、ドラードが駆け寄ってきた。
「もう勝てそうもないけど、今年もよろしくな。」
ドラードがステラの背後を怯えたように見ながら言った。
今日もステラの背後には護衛としてドラードの兄でヴァレン様付きの近衛騎士のメーデンが来ている。
毎年魔法剣術の試験の日はメーデンが護衛についているので、恐らくドラードを監視しているのだろう。
ステラは笑いそうになりながら言った。
「ぼこぼこにしてあげるわ。」
「頼むから手加減してくれ。」
ドラードの顔が青ざめたので、ステラはついに吹き出してしまった。
メーデンをちらっと振り返ると少し逡巡した顔をしたが、「ぶちのめせ」と口話をしてくれた。
ステラは微笑んでぐっと親指を立てておいた。
順番が近づいたので学院の鎧を纏って、試験用の切れ味の鈍い剣を握った。
普段使っている近衛の剣は騎士に合わせた大きさなのでステラにとっては少し大ぶりで、手合わせ用の木刀もそれに合わせて重い物を使っているので、学院の細身の剣がなんだか軽く感じた。
感覚を確かめようと素振りをしていると、横で見ていたアリスが怯えた声で言った。
「あなたが剣を振る度に風圧で斬られそうになるわ。一年生の時はドラードと互角だったのに、今のあなたは次元が違うわ。
王国魔術師団では剣の訓練もあるの…?」
顔が青ざめているので、厳しい訓練でもあると思っているのだろう。
ステラは安心させたくて微笑んだ。
「戦闘部隊はあるけど、他の部隊では剣は使わないわ。私は近衛として王太子殿下に剣の稽古をつけてもらっているの。」
「…あなたって本当にすごいのね。」
アリスの顔がまた青ざめたので笑ってしまった。たしかに、ヴァレン様に剣の稽古をつけてもらうなど後世まで語り継ぐべき名誉だろう。
アリスは怯えながらもステラの剣をじっと見ていたので、ステラも近衛の名に恥じないよう準備に集中した。
ドラードとの最終戦がやってきた。
ドラードとはまた戦うことがあるかもしれないと思いつつ、学院で剣術で戦うのは最後なのでステラは気合いが入っていた。
訓練場でドラードと向かい合って剣を抜くと、兜越しにじっとドラードを見つめた。
ドラードもその構えから燃えているのが伝わってくる。
ステラがぐっと足を踏み込むと、ドラードも同時に斬りかかってきた。
ヴァレン様の剣術に慣れたステラの目には、ドラードの体の動きがゆっくりしているように見えた。
筋肉の動きでどこに斬りかかってくるのか読める。
ステラがその剣を弾くとドラードの腕は大きく跳ね上げられて、胴に大きな隙が生まれた。
すかさずそこに剣を叩き込むと、切れ味の鈍い剣は鎧に傷をつけただけだったが、ドラードは衝撃で一瞬怯んだ。
その隙を逃さずに今度は首元に剣を突き付けると、同時に先生の笛が鳴り響いた。
ドラードはステラに突き付けられた剣の切っ先を見つめて呆然としていた。
クラスメイトも静まり返ってステラを見つめている。
「あなた様の剣技の腕は王国騎士に匹敵します、王太子妃殿下。」
元近衛騎士の魔法剣術の先生がそう言ってステラに恭しく臣下の礼をとって頭を下げたので、ステラは慌てて剣を下ろして頭の兜を脱いだ。
「恐れ入ります。光栄に存じます。」
ステラも敬礼をすると、クラスメイトからの拍手が訓練場に響いた。
ドラードも兜を脱いで、苦笑いでステラに握手を求めた。
「完敗だ。兄上には絞められそうだけど、君と戦えて光栄だよ。」
ドラードが縮こまりながらステラの背後を見たのでステラも振り返ると、メーデンはドラードを睨み付けて、見たことのない威圧感を発していた。
だが、ステラと目が合うといつものにこっとした微笑みを浮かべて、ぐっと親指を立ててくれた。
ステラはそれを見て懐かしくなってメーデンに言った。
「王太子殿下の近衛として、頑張りました。」
メーデンは一瞬目を瞠ったが、声を出してくれた。
「あなた様と共に王太子殿下をお守りできる光栄を賜り、恐悦至極に存じます。」
そう言って歯を見せてにこっと笑うと、臣下の礼をとって頭を下げた。
その後はクラスメイトからもアリスと同じような質問を受けながら教室に戻った。
皆、王国魔術師団の訓練がとんでもなく厳しいものだと勘違いしていそうだったので、ステラはそんなことはないと慌てて言って回った。




