222.秘策
二日後、戦闘部隊の魔術師達は無事に国境に到着した。
耳の魔道具で状況を聞く限りやはり帝国の動きは活発なようで、レオナルドやステラの領地の騎士達を徴兵する話が出始めていた。
平和な日々が遠退く悲しみを抱えながらも、七月に入ったのでステラは学期末試験に行かなければならない。
とても試験どころではなかったが、朝のヴァレン様との手合わせがどうにか試験への気持ちを繋いでくれていた。
今朝も手合わせを終えて息を切らしているとヴァレン様が苦笑いで言った。
「ステラは本当に戦闘の才があるんだね。日に日に上達しているよ。」
「滅相もございません。ヴァレン様にはとても敵いそうもありません。」
「私には幼い頃から近衛がついていたからね。今のステラなら普通の王国騎士には勝てるよ。」
「そう言っていただけると嬉しいです。」
息を切らしながらもヴァレン様はまだ余裕がありそうだ。
王国騎士並の剣術を身に付けられたのなら戦場で足手まといになることもないかなと考えていると、ヴァレン様が突然ステラを抱き締めた。
七月の照りつける日差しの中で手合わせをして滝のように汗をかいているので、ステラは慌てて胸を押し返した。
「ヴァレン様、お召し物が…」
「ステラ、君が戦場で剣を握るなんて耐えられない。」
ステラははっとして固まった。
戦場のことを考えていたので野蛮な顔でもしていたのだろうか。
ヴァレン様がステラを戦場に行かせる許可を出されないであろうことはわかっていたが、ステラには自分だけ王城で守られて過ごす選択肢はなかった。
ステラは後ろめたさを抱えながらも、そっと背中を撫でた。
「私はヴァレン様の近衛魔術師です。主君の命令無しには動けません。」
そう言いながらも、心の中ではやはり温めていた秘策を実行するしかないと覚悟を決めた。
ヴァレン様はステラの心を見透かしているのか、何も言わずにぎゅっと背中を抱き締めた。
◇◇◇
耳の魔道具が毎日国境の様子を伝えてきていたので全く乗り気ではなかったが、期末試験の日がやってきた。
今学期は一度しか着ていない学院の制服に久しぶりに袖を通していると、耳元で声がした。
『諜報部隊長より師団長へ。帝国へ送った使者が帝国の宮殿を出発したという情報を得ました。』
『師団長、承知した。国王陛下にも報告しておく。戦闘部隊長、国境を越えたら保護して王宮まで警護せよ。』
『戦闘部隊長、承知しました。』
今度は反対側の耳から声がした。国王陛下から賜ったイヤーカフだ。
『戦闘部隊長から駐留部隊へ。帝国へ送った使者が帝国の宮殿を出発したらしい。国境を越えたら保護して、王宮までは警護の魔術師をつけてくれ。』
『駐留部隊、承知しました。』
宮殿を出られたということは良い報せなのだろうか。
政治に疎いステラにはわからなかったが、横で支度をするヴァレン様にも報告しておこうと思ってチラッと見た。
目が合って微笑まれたのでさっとヴァレン様の方に歩いていくと、察しの良い侍従と侍女達は素早く下がった。
ステラはヴァレン様の耳元に口を寄せると、防音結界を張った。
「諜報部隊より報告がありました。帝国へ送った使者が帝国の宮殿を出発したとの情報があるそうです。
国境を越えたら戦闘部隊が保護して王宮までお連れします。」
「そう。ステラは今日は試験に集中してね。」
頭の中が本当に試験どころではなくなっていたステラはギクッとしてヴァレン様を見上げると、ヴァレン様はステラの言葉に動じることなく優しい微笑みを浮かべていた。
深紅の瞳にじっと見つめられると、ステラの心が見透かされているような気がしてしまう。
「はい、ヴァレン様。」
気まずくなって目を伏せて答えると、ヴァレン様はぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。
◇◇◇
「王太子妃殿下ー!」
「どうか国をお守りください、英雄様!」
「私たちをお導きください、王家の巫女様!」
以前にも増して歓声を浴びながら、ステラは馬車に乗って学院に向かっていた。
これだけ人がいては作戦を決行できるか心配だったが、ステラは気持ちを落ち着かせた。
「《我の望みし物を映し出せ》」
ステラが詠唱すると、馬車の中にもう一人の自分が姿を現したので本物のステラは慌てて屈んだ。
民衆はステラが入れ替わっていることに気づかず、歓声を送っていた。
「《転移せよ》」
屈んだまま詠唱すると、ステラは次の瞬間、見覚えのある店の前で屈んでいた。
以前にヴァレン様を買ったことのある魔道具店だ。
以前来たときに込めた魔力を辿ってきたのだが、上手くいったようで胸を撫で下ろした。
開店したばかりなのか、店内には誰もいなかった。
前に来たときと同じ場所にあった指輪が並んでいるガラスケースの方にまっすぐ向かった。
色とりどりの宝石がついた指輪が並ぶ中、ステラはなるべく飾り気のない指輪を選んで買った。
さっと店を出ると、再び馬車の中の幻の自分をめがけて《転移》した。
何事もなかったかのように幻覚と入れ替わると、沿道の民衆達に手を振った。
騎士にも民衆にも、ステラの秘密の買い物が見つかっていないようだったのでほっと息をついた。
学院に到着すると、下級生達がステラを見て慌てて立ち止まって頭を下げた。
そこまでする必要はないが、もう学院に来られそうもないのでステラは諦めて教室に向かった。
「久しぶり!」
「来られたんだな!」
教室に入るとクリスフォードとドラードがすぐに気づいて駆け寄ってくれた。
久しぶりの教室の雰囲気にほっとして笑みが漏れる。
「色々あってなかなか来られなかったの。」
「英雄様だもんな。」
「どういうこと?」
クリスフォードの言葉の意味がよくわからなくてステラは首を傾げた。
たしかに「英雄の証」の勲章をもらったが、今騒がれるようなことではない気がする
混乱するステラをからかうように笑いながら、ドラードが横から言った。
「五月の夜会で戦ったんだろ?国民に噂が広まって、『戦う姫様』とか『国を救った英雄様』とか呼ばれているんだけど、知らないのか?」
「な、何それ…?!戦ったと言ってもただの任務よ。」
今度は後ろから明るい笑い声が聞こえてきた。
「あれがただの任務なら誰も王国魔術師は務まらないわ。」
「アリス!」
話す時間はなかったけど、アリスもあの夜会に来ていたのだろう。
ステラは急に恥ずかしくなって、ぼぼっと赤面した。
「国王陛下のご勅命を受けていたし、リーズ公爵様を連れて急に消えたと思ったら罪人を捕らえて戻って来て、そのままホールの真ん中で王太子殿下と熱い抱擁を交わされて…」
「や、やめて!アリス!もうわかったわ!」
全てを見られていた羞恥でステラは耳まで茹で蛸になって崩れ落ちそうになっていたが、三人はそんなステラを見てお腹を抱えて笑った。
そうこうしているうちに本鈴が鳴って、ステラは真っ赤になったまま慌てて久しぶりの自分の席に着いた。




