221.無茶な命令※
※軽いR15注意
翌朝、ステラは無駄に早朝に目が覚めてしまった。
今日は一分でも短く終わらなければならない日なのに、ステラは一人で時計を見て震え上がった。
とりあえずヴァレン様を起こさないようにそーっとベッドに戻ると、麗しい声がしてビクッと震えた。
「おはよう、ステラ。」
やはりもう始まっているのだろうか。
でも、無理だ。
「おはようございます、ヴァレン様。」
「敬語。」
まだ一日が始まってないことに賭けて言ってみたが、不機嫌そうな声が返ってきたのでステラは慌てふためいた。
寝惚けた頭を叩き起こして、必死に言葉を探して言った。
「………ごきげんよう、ヴァレン様。」
「…っ、ステラ。朝からやめてくれ。」
これなら敬語じゃないだろうと思って口に出すと、ヴァレン様は吹き出して朝から盛大に笑った。
どうにか切り抜けたのでまた寝ようと思って枕に顔を埋めると、ぎゅっと抱き締められて耳元で囁かれた。
「今日はステラの可愛い声をたくさん聞かせて。」
色気の滲んだ少し掠れた声に、ステラはぼぼっと耳まで沸騰した。
そのままなし崩しにヴァレン様の唇が体を這ったので、自分が何を口走っているのかもわからなくなった。
◇◇◇
再び目が覚めると、今度は頭もしっかりしていたのでステラはいよいよ何を話せばいいのかわからなくなった。
ヴァレン様の腕の中で固まっていると、クスクスと笑い声が降ってきた。
「起きた?」
「お、お、お、起きた…わ……申し訳ございません。」
耐えきれなくて頭を下げると、今度は思いっきり笑われた。
「そんなに考えすぎないで。レオに話すみたいに話せばいいんだよ。」
「はい…ええ…。」
何を言っても居たたまれなくなってとても無理だ。一旦気持ちを落ち着けたくて、ステラは意を決してヴァレン様に言った。
「ヴァ、ヴァレン様っ!あ、あ、あの、て、手合わせを、お、お、お願い…でき……る、かしら……っ!」
どうにか言い切ったが自分が恐ろしくて、ヴァレン様を見ていられなくなって目を閉じた。
また笑い声が降ってきたが、優しく頭を撫でられた。
「よくできたね。じゃあ手合わせしようか。」
「はい!え、ええ!」
ステラはブンブンと頷いて、意気揚々とローブに着替えた。
◇◇◇
手合わせの間は何も喋らなくていい。ステラが雑念を消して剣を振ると、久しぶりとは思えないほどいい太刀筋で剣を振ることができた。
小一時間手合わせをして、これなら魔法剣術の試験も勝てそうだとほっとしていると、ヴァレン様に話しかけられたのでビクッとしてしまう。
「ステラはどんどん剣が上達するね。」
「せ、成長期なので…。」
成長期はとっくに終わっている気がしたが、何を話せばいいのかわからないのでそう答えるとヴァレン様はまたお腹を抱えて笑った。
「ス、ステラ。もう笑わせないでくれ。」
「も、申し訳…ご、ごめんなさい…。」
朝から笑い通しているヴァレン様は脇腹を押さえている。
ステラはおろおろしながらも、侍女に連れられて湯殿に向かった。
◇◇◇
湯殿から戻って朝食を食べた後、ヴァレン様と共に執務室に向かった。
廊下を歩いているときに、ふとヴァレン様に顔を覗き込まれた。
「そろそろ慣れた?」
「な、慣れ…ない…わ……っ!」
「普段通りでいいのに。」
私ごときが敬語を使わないなど申し訳ございません、と言いたい気持ちを必死に押さえて答えると、ヴァレン様は肩を震わせて笑いを耐えていた。
執務室の前にレオナルドがいるのが見えて、ステラはほっと息をついた。
敬語ではない話し方がわからなくなっていたので、恐れ多くも一旦他の人と話したかったのだ。
「おはようございます、王太子殿下。王太子妃殿下。」
「おはよう、レオ。」
「おはよう、レオ様!」
ステラが満面の笑みでレオナルドに挨拶するとレオナルドには怪訝な顔をされたが、そのまま執務室に入った。
「ステラ、何かあったのか?」
執務室に入って、無意識にレオナルドの方に立っていたステラを見て、レオナルドはまた怪訝な顔をした。
「私に贈り物をしているところなんだよ。そうだよね、ステラ?」
「えっ…ええ、そ、そうなの…。」
ヴァレン様がステラの腕を掴んで抱き込んだので、ステラはビクッと跳び跳ねた。
挙動不審なステラを見て、レオナルドはその麗しい顔を盛大に歪めている。
「…そういったことは私室でしていただけないでしょうか。」
「今日一日かかるから無理だ。」
レオナルドがため息をついたのを見て、誤解を解かねばならないとステラは慌てふためいた。
「あ、あの、ヴァレン様の誕生日の贈り物の代わりに、一日敬語を使わないでほしいと命れ、た、頼まれて、どうにかしているところなの。」
危うく命令されたと言いかけてやめる。
レオナルドは呆気に取られた顔をした後、盛大に吹き出した。
「なんだ、そんなことか。」
「そういうわけだから今日は耐えてくれ、レオ。」
「承知しました、王太子殿下。」
レオナルドはヴァレン様と顔を見合わせると、なぜか二人共お腹を抱えて笑い出した。
ここには味方はいなそうだとげんなりしながら、ステラは応接机の端を借りて勉強した。
そのまま昼まで黙って勉強をすることで乗り切ったが、痺れを切らしたのか、不機嫌そうなヴァレン様に話しかけられた。
「ステラ。」
「は、はいっ!」
「ずっと黙っているのなら、明日も敬語を使わない日にするよ。」
「ひっ…申し訳、ご、ごめんなさい。どうかご勘弁を…。」
怯えるステラを見て、横でレオナルドが笑いを耐えている。
「昼食に行こう。」
「は…え、ええ…行きましょう。ヴァレン様。」
「いってらっしゃいませ。王太子殿下、王太子妃殿下。」
ぎこちなく執務室を出るステラを、レオナルドは顔を伏せて肩を震わせながら見送った。
「ステラ、もう少し普通にできないのか?」
「ふ、普通…よ…。」
廊下を歩きながら消え入りそうな声で答えると、ヴァレン様は突然ステラを抱き締めた。
後ろでザッと音がして騎士が立ち止まったので、ステラはぼぼっと沸騰する。
「ヴァ、ヴァレン様…」
「一日くらい、君には私を一人の人間として見てほしい。」
耳元で聞こえるか聞こえないかの声で囁かれて、ステラははっとして固まった。
ヴァレン様は生まれたときからずっと、敬われ続けて来たのだ。ステラも出会ってからずっと、主君と近衛という関係を保っている。
逆の立場だったらステラも寂しくなるだろうとようやく気づいた。
「…ヴァレン様。わかったわ。私、頑張ってみる。」
その背中をぽんぽんと撫でながら言うと、ヴァレン様が珍しくビクッとして、ステラをそっと覗き込んだ。
至近距離で見る麗しい瞳が潤んでいるような気がして驚いたが、ステラは安心させたくて微笑んだ。
それからは極力不敬については考えないようにしていたら、夕方にはどうにか普通に話せるようになった。
一緒に夕食を取っていると、ヴァレン様がにこにことステラを見つめた。
「ステラが普通になってくれてよかった。」
「不敬については恐れながら今日だけは忘れることにしたの。」
「ずっと忘れてくれていいんだよ。私の妃なんだし。」
「ひっ…そ、それは無理よ。」
ステラが戦くと、ヴァレン様はクスクスと笑った。
自分が誰を相手にこのような口を利いているのか考えたら恐れ多さにひれ伏したくなったので、ステラは目の前の美味しい料理に集中することにした。
今日のメニューは魚のポワレだが、信じられないくらいふわふわで、口の中でとろけるのだ。焼いただけの魚がなぜこうなるのか、料理長を尋問したくなるくらい美味しい。
「ステラは相変わらず美味しそうに食べるね。」
「だって美味しいんだもの。どうしてこんなに美味しいのか、料理長を尋問しようかと思っていたところよ。」
「っ、尋問って。」
「…野蛮でごめんなさい。」
「面白いからいいよ。」
つい素が出て野蛮なことを口走ってしまって慌てたが、ヴァレン様は相変わらずご機嫌でクスクスと笑っていた。
「これからも敬語はやめてほしいな。こっちの方が本当のステラと話している気がして嬉しい。」
「…ずっとは無理だけど、時々なら頑張ってもいい…かも…。」
ヴァレン様の気持ちに気づいて、たしかにずっと敬語を使われるのも寂しいだろうと思ったのだ。
ステラが微笑むと、ヴァレン様は嬉しそうに目を細めてくれた。
「ありがとう、ステラ。」
「滅相も…喜んでくれて嬉しいわ、ヴァレン様。」
突然お礼を言われて動揺したがどうにか持ち直すと、ヴァレン様はまた微笑んでくれた。
◇◇◇
夜、ベッドで腕に抱かれていると、ヴァレン様がステラの頬を優しく撫でた。
「ステラ、今日はありがとう。」
「そ、そんな…お礼を言われるようなことは…」
改めて言われると恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。
「私のために頑張ってくれたんだろう?嬉しいよ。」
「こんなことで喜んでもらえるなら、またいつかするわ。」
「明日でもいいし、このままずっとでもいいんだよ。」
「ひっ……」
王太子殿下に敬語を使わない生活などステラには無理だ。
顔が青ざめていたのか、ヴァレン様は笑いながら優しく頬を擦ってくれた。
「愛してる、ステラ。」
「…私も、あ、愛してる、ヴァレン様。」
愛の言葉が敬語じゃないのは照れ臭くて、ステラはぼぼっと沸騰した。
「かわいい。いつか名前も呼び捨てで呼んでもらおうかな。」
「 …っ………んっ…」
ステラが戦いてまた喉の奥から声が出そうになったところをヴァレン様の唇で優しく塞がれた。
そのまま優しく頬や首筋を撫でられて、ステラはあっという間にその手に夢中になった。
「ステラ、私のことは好き?」
「んっ……だいすきっ…………ぅ…」
「かわいい。たくさん聞かせて。」
「は、ずかしい…から……ああっ……いやぁ………」
ヴァレン様との距離がいつも以上に近づいた気がして、恥ずかしいのになんだか嬉しかった。
日付が変わるまではどうにか意識を保っていたけど、日付が変わったら一日の疲れが急に襲ってきて、そのまま眠ってしまった。




