220.また会う日まで
父や幹部達が去って部隊長と戦闘部隊の魔術師だけになると、残る魔術師達が出征する魔術師の元に駆け寄って、訓練場は一気に壮行会の雰囲気に様変わりした。
ステラもディーンとエメリックの元に駆け寄った。
「久しいな!元気だったか?」
訓練では会っていたが、こうして普通に話すのは本当に久しぶりだ。
ディーンがステラの肩をバンバンと叩いたので、ステラは懐かしくて思わず笑ってしまった。
「元気です。ありがとうございます。」
「敬語はいいのに。」
エメリックが横からからかうように笑ってきたので、ステラは微笑みながら言った。
「ここでは今まで通りでいたいので、気にしないでください。」
「そうか?騎士様に斬られないといいけどな。」
ディーンはそう言ってステラの背後にいる近衛騎士をチラッと見たので懐かしくてまた笑った。
ステラは二人にはちゃんと伝えたくて、姿勢を正して真剣に言った。
「ディーン様、エメリック様、必ず私も行きますので、それまでどうかお元気で。」
ディーンとエメリックは目を丸くして顔を見合わせた。
「…とりあえず、様はやめてくれないか。」
エメリックが迷いながらも言ったので、ステラは思わず吹き出した。
「そこですか?」
「まずそこだろ。」
ディーンも真面目な顔で言ったので、ステラは拍子抜けしてしまった。
「じゃあディーン、エメリック。私も必ず行きますので、元気でいてください。」
ステラが言い直すと、ディーンは困ったように笑った。
「王太子妃殿下が戦場にお成りになったら敵も味方もパニックだろうな。」
「髪の色は隠します。」
「そういう問題じゃないだろ。」
「髪を隠したらわかりませんよ。」
ステラが胸を張ると、エメリックがニヤッと笑って言った。
「王太子殿下もお許しにならないだろうな。溺愛されているし。」
今度はディーンもニヤニヤと笑いながらステラを見た。
結婚式のことをまだからかっているのだろう。
ステラは二人を睨み付けながらも、なんだか気が抜けたので笑いながら言った。
「秘策があるんです。とにかく私も戦うので、そのときにはぜひよろしくお願いいたします。」
「そうか。ふかふかのベッドを用意しておかないとな。」
「いりません!」
ディーンのお腹をバンと叩いて睨み付けたが強靭な腹筋には何のダメージも与えられなくて、豪快に笑い飛ばされた。
「ディーン、ベッドじゃだめだ。離宮をご所望だそうだよ。」
「何もいりません!からかわないでください!」
今度はエメリックの背中を叩こうとしたが逃げられたので、ディーンの周りをぐるぐると追いかけ回した。
「お前達は何をしているんだ?」
呆れた声がしてふと顔を上げると、いつの間にか戦闘部隊長がやってきていて苦笑いでこちらを見ていた。
「し、失礼しました!」
子供っぽいところを見せてしまったと慌てて敬礼すると、部隊長は優しく微笑んだ。
「君が馴染んでくれたようでよかったよ。」
「皆のおかげです。私もこの部隊に入れてよかったです。」
ステラも微笑むと、部隊長はバンバンとステラの肩を叩いて別の魔術師のところに向かった。
「部隊長もメロメロだな。」
「ディーン!怒りますよ!」
「まさに傾国の美女だな。」
「エメリック!騎士に斬られますよ!」
またディーンがからかってきたので睨み付けて、便乗したエメリックを叩き損ねて追いかけ回していると、ふと訓練場に声が響いた。
「出立の準備が整いました。」
入り口を見ると、騎士達が馬を引いて訓練場にやってきていた。
ステラははっとして、ディーンとエメリックに向き直った。
涙が出そうになって、耐えながら言う。
「ディーン、エメリック、どうか無事でいてください。」
ステラが頭を下げると、二人が顔を見合わせて、バンバンとステラの背中を同時に叩いた。
「ゔっ…」
二人同時に思いっきり叩かれてさすがにうめき声が漏れると、豪快に笑われた。
「大丈夫だよ。『王家の巫女』様のご加護もあるし。」
「その通りだ。戦場で待っているよ、戦う姫様。」
やっぱりいつも通りの二人に拍子抜けして、ステラの涙は引っ込んだ。
二人が馬に乗ると、ステラも隊列の後ろについて王城の門へと進んだ。
王城の門で、部隊長と並んで出征する隊列と向き合った。
「では、行って参ります。部隊長。副部隊長。」
隊列の先鋒を務めるディーンが馬上から敬礼した。
「ああ。無理はするな。適宜状況を伝えてくれ。」
「承知しました、部隊長。」
ディーンはさっと頭を下げると、隊列に向かって声をかけた。
「では、出立する。」
「「「はっ。」」」
ディーンが馬に合図をすると、騎士団でよく調教された馬はあっという間に速度を上げて王都の街を駆けていった。
ステラは部隊長や他の魔術師と共に、隊列が見えなくなるまで敬礼をして見送った。
姿が見えなくなると、どうかまた会う日まで皆が無事でいられますように、と天に向けて願いを込めてから、ヴァレン様の執務室に戻るために王城へと向かった。
◇◇◇
その日の夜、私室に戻ったステラはカウチに腰掛けながら、机に置かれた近衛の剣を見つめてぼーっとしていた。
自分はまだこの剣で人を斬ったことはないけど、ディーン達はこれから戦場に向かうのだ。
王国魔術師の剣は人を斬るためというよりは、物理的な攻撃から身を守ったり相手の防御結界を切り裂くために持つのだが、戦場に出るのだから人を斬ることもあるだろう。
自分が安全な王城で守られている間に皆が命のやり取りをしているのだと思うと、こんな生活ではだめだと思っていた。
横で本を読んでいたヴァレン様にそっと声をかけた。
「ヴァレン様、今よろしいですか?」
「いいよ。どうしたの?」
ヴァレン様はすぐに本を置いて、ステラを優しく見つめてくれた。
「あの、明日、剣の手合わせをお願いできないでしょうか。」
ヴァレン様は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐににこっと笑った。
「いいよ。最近できていなかったし、久しぶりにやろうか。」
「ありがとうございます。」
ステラはほっとして表情を緩めた。
「勉強は大丈夫なの?」
「ヴァレン様の尊いノートのおかげで大丈夫そうです。お気遣いいただきありがとうございます。」
ステラが剣を振りたいのは試験のためというよりは別の理由だったが、学期末試験も近いのだ。
気持ちは試験どころではなかったが、せめて首席は維持しないと戦闘部隊の皆にも顔向けできない。
ステラは暗唱できるほど覚えているヴァレン様の国宝級のノートを再びお借りして、空いた時間に読み漁っていた。
「その尊いノートって言うの、本当に面白いよ。」
「国宝級です。博物館に寄贈された方がよろしいかと存じます。」
ヴァレン様のご直筆が国宝級に尊いということはアリスとも確認していたのでステラは自信を持って答えたが、ヴァレン様はお腹を抱えて笑われた。
ヴァレン様は一通り笑い終えると、目の端に滲んだ涙を拭って言った。
「そういえば、私の誕生日の話、覚えてる?」
「……覚えてはいます。」
贈り物は何もいらないから、ヴァレン様に一日敬語を使わないという話だ。
そんなことは不敬すぎて一日どころか一言すら無理そうだったが、忘れる方が不敬なので覚えてはいた。
でも、ヴァレン様のお誕生日は一ヶ月後だ。
ステラが首をかしげると、ヴァレン様は不敵に微笑んだ。
「明日をその日にしてもらおうかな。七月に入ると忙しそうだし。」
「え?!ひゃっ!」
ずっと先の話だと思っていたことを急に言われて、ステラはカウチから転げ落ちそうになってヴァレン様に腕を引かれた。
「も、申し訳ございません…。」
「明日はよろしくね、ステラ。」
腕をがっしり掴まれて、ヴァレン様の満面の麗しい笑みを直視してしまった。
相変わらず麗しいお顔に心臓がズキュンと射貫かれる。
「あ、あ、あの……」
その嬉しそうな微笑みを見ると嫌とは言えないが、ヴァレン様に敬語を使わないなんて無理だ。
ステラがパニックになっておろおろしていると、ヴァレン様はまた不敵に微笑んだ。
「そなたへ命令だ。明日は私に敬語を使ってはならぬ。」
胸に響く声で言われて、ステラは深く項垂れた。
「仰せのままに、王太子殿下……。」
どうにか答えたが、恐れ多さに意識が飛びそうになって、ヴァレン様にどさっと寄りかかってしまった。
ヴァレン様はステラの耳元でクスクスと笑うとご機嫌な様子でステラを抱え込んで、再び本を読み始めた。




