219.出征式
数日後の朝、執務室まで歩いていると耳の魔道具から声がした。
『戦闘部隊長です。準備が整ったので本日の午後、国境へ向けて部隊の半数が出征します。昼から出征式を行いますので第一訓練場までお越しください。』
ステラはその声に思わず立ち止まった。
耳元からは父と各部隊長の返事が聞こえてくる。
「ステラ、どうしたの?」
突然立ち止まったステラをヴァレン様が覗き込んだが、固まってしまって動けなかった。
「…戦闘副部隊長、承知しました。」
どうにか耳に魔力を込めて返事をするとヴァレン様はそれだけで察したのか、ぎゅっと肩を抱き寄せてくれた。
「きっと大丈夫だよ。」
「ヴァレン様…。ありがとうございます。」
仲間が旅立つ恐怖と自分が行けない不甲斐なさで溢れ出しそうな涙を、ヴァレン様の胸から香る大好きな甘い香りが留めてくれた。
◇◇◇
ヴァレン様の執務室を早めに出て、正装のローブに着替えて、《髪色を変える》指輪を嵌めてから第一訓練場に向かった。
「副部隊長に敬礼!」
いつも通りの声がして顔を上げると、戦闘部隊の魔術師のうち半数ほどが帯剣して整列していた。
ステラがいつも仲良くしてもらっていたディーンやエメリックの姿もあって、ずきっと胸が痛んだ。
戦闘部隊長や他の幹部達もその前にいたので、ステラは戦闘部隊長に駆け寄って敬礼した。
「お疲れ様です、部隊長。お待たせしていたら申し訳ございません。」
「いや、師団長がまだだから大丈夫だ。」
「恐れ入ります。出征式が終わったらそのまま発つのでしょうか?」
「ああ、そのまま門まで見送りに行くよ。」
ステラはそれを聞いて、先にしておこうと思った。
「先に私から皆に防御を施してもよろしいでしょうか。」
部隊長は一瞬目を瞠ったが、すぐに微笑んでくれた。
「君が守ってくれるのなら心強いだろう。好きにしてくれ。」
「恐れ入ります、部隊長。」
ステラは戦闘部隊の魔術師達に向き合うと、声を張って言った。
「出征式の前に、私から皆に防御を施す。帝国の魔術師に通用するかはわからないが、皆の守りとなることを願う。」
ステラはそう言うと杖を振って、ヴァレン様に施しているものと同じ防御魔術を施した。
そして騎士達にしたのと同じように詠唱した。
「《汝を傷つけし者よ、その身に宿りし力は奪われん》」
ステラが詠唱すると、皆が目を瞠るのがわかった。
《敵の魔力が消し飛ぶ》古代魔術は魔力の消費が大きいので、かけられる者が少ないのだ。
ステラが杖を振ると、十人の魔術師達の胸に赤い魔方陣が浮かび、やがて消えていった。
幹部達も魔術師達も驚きの表情を浮かべてステラを見ているが、ステラは気にせずに今度は右手の中指の指輪を外した。
ぎょっとした顔をする仲間達を見て安心してほしくて微笑むと、その場に跪いて手を組んだ。
魔術師達は慌てた様子で跪いて、臣下の礼をとって頭を下げた。
「《我、神が王家に授けし巫女なり。我が力を授けし神よ、国を守りし者達の道を照らし、命を守り給え》」
ステラが魔力を込めて祈ると、足元に金色の魔方陣が浮かび、金色の柱が空を貫いた。
魔術師達は顔を上げて唖然とした顔をしてそれを見つめている。
ステラも皆を見つめると、皆に金色の光が結晶となって降り注いだ。
雪のように振り落ちてくる光にまた皆が呆気にとられていたが、ステラと目が合うとさっと目を伏せた。
光が消えると、不意に後ろから声がした。
「派手にやってるな。」
「ひゃっ!」
「そんなに驚かなくてもいいだろう。」
自分のすぐ背後で聞こえた声に驚いてその場に尻餅をつくと、声の主から手を差し出された。
見上げると、正装のローブを着た父が、転がったステラを見て盛大に笑っていた。
「おと、師団長。お目汚しを申し訳ございません。恐れ入ります。」
ステラが父の手を取って立ち上がって敬礼すると、戦闘部隊の魔術師達もまた慌てて立ち上がって敬礼した。
父は恐らくどこかから第一訓練場まで《転移》してきたのだろう。
相変わらず何の魔力も感じなかったので、父は隠密魔法の腕も一流だと実感した。
「『王家の巫女』様の守りもいただいたんだから、お前達は大丈夫だな。」
「「「はい、師団長。」」」
父がいつも通り鷹揚に微笑みながら魔術師達に声をかけたので、戦闘部隊の魔術師達も表情を戻してハキハキと返事をした。
「それでは、これより出征式を始める。」
父の声で訓練場にぴりっとした空気が走ったので、ステラも姿勢を正した。
父が訓示を述べた後、王国魔術師団付きの侍従が父に何かが入った箱を手渡した。
「国王陛下より下賜いただいた。一人ずつ取りに来い。」
何だろうと思いつつ、戦闘部隊長が取りに行ったのでステラも続いた。
父の手元の箱には、ステラがしているのと似たイヤーカフが入っていた。
そういえば最初に受け取ったときに戦場での連絡手段だと言っていたのを思い出して、ステラは父から一つ受け取ると敬礼した。
戦闘部隊長の横に立って、受け取ったイヤーカフをよく見ると王家の紋章が入っていて、反射的に手が震え出した。
見ると若手の魔術師はステラと同じように突然の下賜に恐れ戦いているが、部隊長やベテランの魔術師達は慣れたように耳に嵌めていた。
よく考えればローブの留め具にも勲章にも王家の紋章が入っているから、今さら恐れることはない。
ステラはそう言い聞かせて恐れ多さを胸の奥に押しやると、今嵌めているのとは反対側の耳にイヤーカフを嵌めた。
今回は行かない者も含めて全員の耳に収まったのを確認して父が杖を振ると、耳にぴったりと収まった。
父がよく通る声で皆に話した。
「これに魔力を込めて話すと嵌めている者に聞こえる。私と王国騎士団の者達も身に付けているから、必要があれば自由に連絡してくれ。」
「「「承知しました、師団長。」」」
父の言葉に皆で敬礼する。
そして、父が王城の方を振り返って臣下の礼をとって頭を下げた。
幹部達やベテランの魔術師も父に従ったので、ステラや若手の魔術師達もそれに倣って王城を向いて臣下の礼をとって頭を下げた。
「尊き王族の御身体とみこころを守り、国王陛下の御代をお守りするため、我ら王国魔術師団は命を賭けて戦うことを誓います。」
父の声が訓練場に響いて、ステラは内心は恐れ多さに震え上がった。
王族の一員として皆に敬意を払ってもらっているのだと思うと、どうしていいのかわからなくなった。
ステラはおどおどしてしまいそうになるのを必死に押し殺して、何食わぬ顔でまた父に倣って頭を上げた。




