218.加護の魔法
先を行くヴァレン様とレオナルドに追い付いて、ステラがそっと後からついていこうとすると二人が振り返った。
「ステラ、ここにおいで。」
ヴァレン様が優しく微笑んで、ステラを真ん中に入れてくれた。
「ヴァレン様。わざわざお成りいただき、尊いお言葉を賜り、ありがとうございました。」
恐れ多さでとても目を見られなくて顔を伏せながら伝えると、くいっと顎を掴まれた。
伏せていた目をそっと上げると、深紅の瞳がステラに優しく微笑んでいた。
昨日散々泣いたはずなのに、その優しさが尊くてまた目から涙が溢れ落ちそうになってしまう。
「ステラの大切な仲間なのだろう?それなら私にとっても大切な者達だ。」
「恐れ入ります。ありがとうございます。」
ステラはひれ伏したくなる気持ちを必死に押さえて、深く頭を下げた。
「顔を上げて。もう一ヶ所、行くところがあるから付き合って。」
「はい、ヴァレン様。」
ステラはなんとなく次の行き先がわかって本当にひれ伏したくなっていたが、ただ黙ってヴァレン様に従った。
◇◇◇
ヴァレン様の行き先は、王国騎士団の訓練場にある馬場だった。
訓練で慣れ親しんだ馬場には騎士部隊長を始め騎士部隊の騎士達が集まっていて、五人の正装の赤い軍服姿の騎士達が馬に跨がって並んでいた。
この騎士達が帝国への使者として遣わされるのだ。
ステラはどんな顔をしていいのかわからなくなって、顔を伏せて馬場の入口まで歩いた。
「王太子殿下と王太子妃殿下に敬礼!」
騎士の声が響いて、ステラははっとして顔を上げた。
王族が弱々しい姿を見せてはいけない。
心を占めている感情を押し殺して、凛として見える表情を作って顔に張り付けた。
騎士達がさっと馬から降りて敬礼をしてくれる。
「王太子殿下より御言葉を賜る。」
「「「はっ。」」」
レオナルドが言うと、騎士達が臣下の礼をとって頭を下げた。
「面を上げよ。」
ヴァレン様の声と共に、威圧感が場を満たした。
ヴァレン様を見上げると、深紅の瞳でじっと騎士達を見つめていた。
「そなたらには私の使者として帝国へ向かってもらう。
国を背負う覚悟を持って任務に当たってくれ。」
「「「はっ。」」」
騎士達の声が響いて、一息おいてからヴァレン様が再び胸に響く声で言った。
「危険な任務となろう。何があっても命を大切にしてくれ。
決して生きることを諦めるでない。
この国は決してそなたらを見捨てない。
必ずそなたらを助け出すから待っていてくれ。」
ステラはヴァレン様の言葉にはっとして、騎士達を見つめた。騎士達は動じずに静かに頭を下げている。
この者達は、帝国が要求を飲まなければ、帝国の捕虜となるかもしれないのだ。
目の前にいる騎士達の任務の尊さにひれ伏したいくらいだったが、ステラはこの国の王族で、王国魔術師だ。
ひれ伏す代わりに、もしこの誰か一人でも帝国に囚われたのならば救い出すのは自分だと決意をした。
「尊き御言葉を賜り、恐悦至極に存じます。王太子殿下。」
「「「尊き御言葉を賜り、恐悦至極に存じます。王太子殿下。」」」
騎士部隊長に続いて、正装の騎士達も頭を深く下げながら言った。
ヴァレン様が騎士達をもう一度見つめてから背を向けられようとしたので、ステラは咄嗟にその手を引いて言った。
「王太子殿下、私から騎士達に守りを施してもよろしいでしょうか。」
ヴァレン様は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに優しい微笑みを向けてくれた。
そして、再び騎士達に向き合った。
「私の妃より、そなた達に守りを授ける。」
騎士達は顔を上げてステラを見て驚いたような顔をした。
一緒に訓練してきた顔馴染みの騎士達に、ステラは微笑んだ。
「あなた方に、私が出来る最大限の防御を施します。
大抵の魔法攻撃を防ぎ、あなた方に敵意を持って触れたらその者の魔力が消し飛びます。
ただし、帝国の魔術師に対してどれだけ効果があるのかはわかりません。
どうか私の魔法があなた方を守ってくれることを願います。」
そう言うとステラは杖を取り出して、いつもヴァレン様に施している防御魔術をかけた。
そして、古代魔術を詠唱した。
「《汝を傷つけし者よ、その身に宿りし力は奪われん》」
ステラが思いっきり魔力を込めて杖を振ると、五人の騎士の体に赤い魔方陣が浮かび、やがて消えていった。
王国に伝わる古い防御魔術だ。
王国魔術師はこの魔術を防げるだろうが、他国の魔術師にはもしかしたら効くかもしれない。
帝国の魔術師の防御を打ち破れるかはわからないが、どうか守ってくれますようにと願いを込めてかけた。
そして、ステラは右手の中指に嵌めていた《髪色を変える》魔道具の指輪をさっと抜いてローブに仕舞った。
騎士達はまた驚いた顔をして、今度は臣下の礼をとって頭を下げた。
ステラは頭を下げる騎士達にもう一度微笑むと、その場に跪いて手を組んで、魔力を込めて詠唱した。
「《我、神が王家に授けし巫女なり。我が力を授けし神よ、国を守りし者達の道を照らし、命を守り給え》」
ステラの足元に金色の魔方陣が輝くと、次の瞬間には金色の光の柱が天高く現れた。
ステラが顔を上げて騎士達を見ると、光の柱が金色に輝く結晶となって騎士達にふわっと降り注いだ。
王家の書庫で見つけた「巫女の魔法」の一つで、《加護》の魔法だ。
過去の「王家の巫女」が戦場に赴く兵士達の無事を祈ってかけていたらしい。
どんな効果があるのかはわからないが、本当に神のご加護があればいいと祈った。
魔力が金色の塵となってきらきらときらめいて消えていくと、ヴァレン様が手を差し出してくれた。
見上げると、深紅の瞳が熱を持って優しく細められていた。
ステラも微笑んでその手をとると、立ち上がって騎士達に向かい合った。
騎士達は呆気に取られたような顔をして塵が消えていった空を見上げている。
「この魔法がお守りになるといいなと願っています。あなた方に神のご加護があらんことを。」
ステラが騎士達に頭を下げると、騎士達は慌てたようにまた臣下の礼をとって深く頭を下げた。
「私の部下に尊き守りをお授けいただき、身に余る光栄に存じます、王太子妃殿下。」
「「「身に余る光栄に存じます、王太子妃殿下。」」」
騎士部隊長に続いて騎士達の声が響いた。
ステラは皆の無事を願ってもう一度頭を下げると、ヴァレン様の手に導かれて馬場を去った。
◇◇◇
王国騎士団の訓練場を出ると、ヴァレン様がステラを見てクスクスと笑った。
「ステラには驚かされてばかりだよ。」
「きゅ、急にすみませんでした。」
そう言われると恥ずかしくなってきて、ステラはぼぼっと赤面した。
「久しぶりに見たけど本当に『王家の巫女』様なんだね。いつの間に身に付けたんだ。」
横からレオナルドが驚いた表情を浮かべながら言った。
「以前、まとめて勉強したんです。でも、どれくらい役に立てるかはわかりません。」
《加護》の魔法については、その効果がよくわからないのだ。恐らく本当にお守りのようなものだったのだろう。
「大丈夫、ステラの気持ちは伝わったよ。」
ヴァレン様がにこっと微笑んで、ステラの頭を優しく撫でてくれた。
ステラもそうだといいなと思って、微笑みを返した。




