217.尊い心
たくさんの人に見られて内心は緊張していたが、ヨレヨレしている場合ではないので気を引き締めて声をかけた。
「本日は王城にかけられているものと同じ、転移魔術を防ぐ結界魔術と、それを防御結界に組み込んだ魔術を教える。
帝国の魔術師は転移魔術を使うことができる。自分と仲間の身を守るために必要な魔術だ。心して取り組め。」
「「「はい、副部隊長。」」」
戦闘部隊の魔術師の声が響いて、ステラは訓練場に大きな魔方陣を描き出した。
「まずはこの魔方陣を覚えて下さい。」
難解な魔方陣に魔術師達は一瞬目を瞠ったが、すぐに杖で触れて分析にかかった。
同時に観客席にも同じ魔方陣をいくつか展開する。
ヴァレン様とレオナルドの前にも小さな魔方陣を映し出すと、二人も杖を取り出してしげしげと眺めていた。
「これは、転移魔術の起動を防ぐ魔術に使われる魔方陣です。これを結界魔術に組み込んだものが城に張られています。」
観客席にも聞こえるように声を張って話す。戦闘部隊仕込みのステラの声が快晴の訓練場に響いた。
「私の防御結界には、これと同じものを仕込んでいます。他にもいくつか魔術を仕込んでいるので、自由に解析してください。」
ステラはそう言うと、今度は皆の手元にステラの防御結界を張っていく。
訓練場の中にいる戦闘部隊員と合わせてざっと百個近くの小さな結界を素早く張り巡らせると、訓練場にざわめきが走った。
転移魔術を使うときに素早く結界を張る必要があるので、ステラは結界の起動が早いのだ。
ステラは今度は戦闘部隊の魔術師達に声をかけた。
「帝国の魔術師達も皆この速度で結界を張って《転移》してくる。王国の常識が通じると思うな。気を引き締めろ。」
ステラが魔術師達を真剣に見つめると、魔術師達はすぐに頷いて結界の解析をし始めた。
皆にもこの精度の結界を張れるようになってもらえば、帝国の防御魔法よりも確実に帝国の魔術師達の魔法を防御できる。
ステラは時々質問に答えたり、魔術師達が張った結界の改善点を伝えながら訓練場を回った。
幹部達の前を通りかかったとき、戦闘部隊長に声をかけられた。
「君はこの精度の結界を無詠唱で展開しているのか。」
「そうです。天覧試合のために見直したものを不在中に磨き上げたんです。」
「その若さで末恐ろしいな。師団長を本当に消し炭にする日も近いんじゃないか?」
「滅相もございません。」
いたずらっぽく笑う部隊長は、天覧試合のときに父を消し炭にしたのかと思って腰が抜けたことをからかっているのだろう。
ステラは不服の気持ちを込めて部隊長を睨み付けたが効果がなく、部隊長はステラの顔を見て豪快に笑った。
一通り回って質問に答えてから、最後にヴァレン様の元に行った。
ヴァレン様はステラの結界を杖でつついてじっと見つめていたが、ステラが来たのに気付いて顔を上げた。
「ステラの結界は恐ろしいほど隙がないね。」
「ありがとうございます。ヴァレン様が執務室では好きなことをしていいと言って下さったので、磨き上げたんです。」
「ステラは本当に魔法が好きなんだね。」
そう言って麗しく微笑まれて、ステラの心臓は訓練中にも関わらず射貫かれた。
「あ、ありがとうございます、ヴァレン様…。」
これ以上は心臓に悪いのでレオナルドを見ると、レオナルドも杖でじっとステラの結界を解析していた。
「これほど緻密な防御魔術は初めて見たよ。クリンプトン先生が五百点をつけるのもわかる。」
真面目な顔で言われたので褒められているのかからかわれているのかわからなくておろおろしていると、顔を上げたレオナルドに笑われた。
「褒めているよ。」
「あ、ありがとう、レオ様…。」
二人といると調子が狂うので、ステラはさっと頭を下げてまた訓練場に戻った。
後ろからクスクスと笑い声が聞こえた気がしたが、振り返らないでおいた。
ステラは気を取り直して再び戦闘部隊の魔術師達に声をかけた。
「では、お前達も結界を張ってみろ。私が《転移》してみるから防げ。」
「「「承知しました、副部隊長。」」」
それからは、戦闘部隊の魔術師達が張った結界に転移魔術を仕掛けて、全員防ぐことができるようになるまで稽古をつけた。
最初は隙だらけでステラの《転移》を防げなかったが、何度か指摘を繰り返していると皆どうにか防げるようになった。
戦争が起こるまでには自分の物にしてほしいという気持ちを込めて最後に話した。
「私はすぐには戦地に赴くことはできません。」
ステラが戦闘部隊の魔術師達を見つめながら言うと、皆も顔を上げてじっと話を聞いてくれた。
「私の魔術が戦地で皆の助けになるといいいなと思っています。どうか生きてまた会いましょう。」
「「「…はい、副部隊長。」」」
ずっと訓練を重ねてきた皆がにこっと笑顔でステラを見てくれたので、ステラは危うく涙が出そうになって慌てて堪えた。
誰一人欠けることなく再会できることを祈って、ステラも微笑みを返した。
訓練が終わったのでヴァレン様の方を振り返ると、レオナルドとさっと言葉を交わした。
そしてレオナルドが戦闘部隊の魔術師に向けて言った。
「王太子殿下より御言葉を賜る。ここへ参れ。」
「「「はい、政務官様。」」」
戦闘部隊の魔術師が駆け足でヴァレン様の元に向かい、戦闘部隊長も観客席から駆け寄ってきたので、ステラも皆に続いた。
皆と共に跪いて臣下の礼をとって頭を下げる。
「面を上げよ。」
ヴァレン様の朗々とした声が響くと、訓練場をぐっと重い威圧感が包み込んだ。
そっと顔を上げると、重厚なオーラを纏ったヴァレン様が戦闘部隊の魔術師を見下ろしていた。
ステラは目が合わないようにさっと顔を伏せた。
「そなたらの中にはこれから国境へ向かう者もいると聞いた。」
ステラはその言葉に驚いて思わず顔を上げかけた。
昨日は話す雰囲気ではなかったからステラからは何も報告していないが、情報の早いヴァレン様のことだから全てご存知なのだろう。
ステラが泣いていた理由もお見通しだったのだと気づいた。
「王族と国を守るために戦うそなたらのことを誇りに思う。
ただ、そなたらの命は私にとっても国にとっても大切なものだ。
どうか命を大切にしてくれ。」
ステラはまた驚いて、ついに顔を上げてしまった。
皆は顔を伏せていたので、ヴァレン様の瞳とステラの瞳がばっちり合った。
その深紅の瞳が優しく細められたことで、ヴァレン様はステラのために皆に言ってくれているのだと気づいた。
誰かが命を落としたらステラが一生背負っていくであろうことをわかっているから、わざわざ訓練場にまで出向いて御言葉をかけて下さっているのだ。
ヴァレン様の優しさが尊くてまた涙が出そうになって、ステラは再び顔を伏せた。
「そなたらの無事を心より願っている。」
不思議と胸に響くヴァレン様の声がして、一息おいてから戦闘部隊長の声が響いた。
「身に余る御言葉を賜り、恐悦至極に存じます。王太子殿下。」
「「「身に余る御言葉を賜り、恐悦至極に存じます、王太子殿下。」」」
皆も戦闘部隊長に続いたのでステラもまた深く頭を下げた。
ヴァレン様とレオナルドが訓練場の入口に向かったので、今度は立ち上がってその背中を追いかけた。




