216.訓練
気だるい体に眩しい朝日が降り注ぎ、ステラは無理矢理目をこじ開けた。
「おはよう、ステラ。」
深紅の瞳と目が合って、ステラは一瞬理解が出来なくて固まるが、そういえばヴァレン様は最近ずっと紅い瞳だったと思い出して慌てて返した。
「おはようございます、ヴァレン様。昨日はご心配をおかけしてすみませんでした。」
「いや、私こそ怖がらせてしまってすまない。」
「あ、謝らないでください…。」
「騎士に斬りつけられそう?」
そう言ってクスクス笑うヴァレン様はすっかりご機嫌を取り戻していて、ステラはほっとして笑みが溢れた。
「ステラにはそうやって笑っていて欲しい。」
ヴァレン様が愛おしそうに目を細めて言ってくれる。
でも、いつかステラはまたその腕を振り切って戦いに行くことになるだろう。
曖昧に微笑み返すと、ヴァレン様は今度はステラの頬を両手で挟んだ。
「…ヴァレン様、どうなさったのですか?」
「私に嘘はつかないで欲しい。」
「う、嘘など申しておりません!」
終わっていたと思っていたことを掘り返されてステラは動揺してその目から逃れようとしたが、頬をがっちり挟まれているのでヴァレン様の深紅の瞳から逃れることはできなかった。
「昨日、レオに『巫女の魔法』を使ったのだろう。」
「え?!そ、そんなことは…」
「君にもレオにも『王家の魔法』が効いている感じがしなかった。本当はレオに触れられたんだろう。」
「そ、そんな…触れられていません。」
「罰することはないから言ってくれ。泣いている君に触れずに放っておける男などいない。」
「…頭は撫でてもらいました。」
そこまで言うのならこれくらいはいいだろうと思ってちらっとヴァレン様を見上げると、少し瞳を歪めたがすぐに頷いてくれた。
「それくらいしていないとおかしい。他には?」
「本当にそれだけです。」
「本当に?」
「はい。」
罪悪感で申し訳なくなってきた。これ以上追求されたら逃れられそうもない。
ステラが首をブンブンと振って全力で頷くと、ヴァレン様はクスッと笑った。
「最初から言ってくれ。それくらいでレオを罰したりはしない。」
「も、申し訳ございません…。」
「私も悪かったから。言いにくかったんだろう?」
「そ、そんなことは……はい。」
嘘をつくなと言われた手前、これ以上嘘はつけないので渋々頷くと笑われた。
「昨日のことは許す。これからはレオであっても、私がいないときに君の体に触れることは許さない。」
「はい、ヴァレン様。申し訳ございませんでした。」
ステラは頭を下げて、そのままヴァレン様の胸に顔を埋めた。
ステラの大好きな、胸がぎゅーっとなる甘い香りがして、二人に申し訳なくなりながらも、やっぱりこの御方の側にいたいと思った。
「そんなに可愛いことをされたらまたいじめたくなるな。」
「な、なりません。体が持ちません。」
「訓練で体力をつけたんだろう?」
「それでも……あっ!」
訓練と聞いて思い出した。
ステラはまだ戦闘部隊に防御魔術の訓練をつけていない。
国境に行く前に《転移》を防ぐ防御魔術を訓練しなければ、とステラは気を引き締めてベッドに腰かけて時計を見た。
この時間ならもう連絡をしてもいいだろう。
ステラは耳の魔道具に魔力を込めて話した。
「戦闘副部隊長から戦闘部隊長へ。戦闘部隊に転移魔術を防ぐ防御魔術の訓練をつけたいです。本日魔術師を召集していただけますか。」
『戦闘部隊長、承知した。ちょうど午前中に第一訓練場で訓練の予定があるから君が好きに使ってくれ。』
「戦闘副部隊長、承知しました。」
出発の前に時間がとれてよかったとほっとしていたら、また耳から声がした。
『警備部隊長より戦闘副部隊長へ、警備部隊からも参加させてもよろしいか。』
『諜報部隊長より戦闘副部隊長へ、諜報部隊からも参加させていただけますか。』
「戦闘副部隊長より各部隊長へ。参加したい方がいたらどなたでもお越しください。」
「じゃあ私も行こうかな。」
「ひゃっ!」
急に横から声がしてステラは飛び上がってしまい、そのままベッドから転げ落ちた。
急ぐあまり、恐れ多くもヴァレン様が隣にいることを忘れていたのだ。
「ヴァレン様、申し訳ございません。急がなければと思って…。」
ヴァレン様は笑いを耐えてステラに手を差し出しながらもう一度言った。
「大丈夫?その訓練、どなたでも参加していいなら私も参加していいよね?」
「え?!ヴァ、ヴァレン様が参加されるのですか?」
「その魔法は私も知っておいて損はないだろうし。」
「そ、それなら今お伝えします。」
「レオにも知っておいてほしいし私達も行くよ。」
「そ、そんな…」
野蛮な訓練に高貴な王族を招いていいのだろうかとステラがおろおろしていると、クスクスと笑われた。
「そんなに考えなくてもいいよ。見ているだけだから気にしないで。」
「は、はい…恐れ入ります…。」
ヴァレン様がおっしゃるならいいのだろうと思って差し出されていた手を掴むと、ステラは時間まで再びヴァレン様に抱き締められて過ごした。
◇◇◇
王国魔術師のローブに着替えて《髪色を変える》指輪を嵌めてから、ヴァレン様と共に執務室に向かった。
「おはようございます、王太子殿下。妃殿下。」
「おはよう、レオ。」
「お、おはようございます、レオ様。」
執務室の前でレオナルドが美しい臣下の礼をとって出迎えた。
昨日の今日なのでステラはどぎまぎしていたが、レオナルドもヴァレン様も気にしている様子はなかった。
「私に敬語はおやめください。王太子妃殿下。」
「…そうだったわ。」
いつも通りのレオナルドに拍子抜けしていると、ヴァレン様が言った。
「これから戦闘部隊の訓練を見に行く。レオも来てくれ。」
「承知しました、王太子殿下。」
「…ご案内させていただきます。」
レオナルドはヴァレン様の突拍子のない予定にも動じることなく頷いた。
本当にいいのだろうかと思いながら、二人と一緒に第一訓練場に向かった。
◇◇◇
ヴァレン様とレオナルドと一緒に第一訓練場に到着すると、既に訓練場にいた戦闘部隊の魔術師が慌てた様子で叫んだ。
「王太子殿下と…副部隊長に敬礼!」
ステラのことを何と呼ぶのか迷っているのが伝わってきて笑ってしまいそうになったが、皆の敬礼を受けてステラも気を引き締めた。
「本日は王太子殿下もご覧いただくこととなった。気を引き締めて訓練に臨め。」
「「「承知しました、副部隊長。」」」
ステラが言うと、戦闘部隊の魔術師から威勢の良い返事が返ってきた。
久しぶりのこの感覚が嬉しくて、ステラは微笑んだ。
訓練場を見渡すと、観客席には他の部隊の魔術師が数十人見学に来ていて、幹部達も全員揃っていた。
思った以上の大所帯になっていたので、幹部達と共に観客席にいた戦闘部隊長を苦笑いで見つめると、部隊長はニヤッとからかうような笑みをステラに向けた。
「王太子殿下、貴賓席までお送りします。」
「今日は防御魔術なんだろう?戦闘ではないのならその辺で見るからいいよ。」
「しかし…」
「私のことは気にしないで。」
「…承知しました。」
ヴァレン様はそう言うと、レオナルドと一緒に空いていた観客席に腰かけた。
近くにいた他の部隊の魔術師がぎょっとしたように立ち上がったので、ステラは心の中で魔術師達に同情した。




