213.差し迫った危機
翌日、ステラは執務室で護衛をしながら、ヴァレン様とレオナルドが真剣な表情で帝国に送る文書を作っている姿を眺めていた。
ヴァレン様とは昨日からあまり話していない。
ステラはなんとなく気まずくて話しかけられなかったのだが、ヴァレン様もステラと距離をとっている気がしたので、話さないままで来てしまったのだ。
目の前で二人が交わしている物騒な話が自分のせいで現実になりませんようにと祈りながら話を聞いていると、耳につけた魔道具のイヤーカフから声がした。
『師団長より各部隊長へ。緊急で幹部会議を召集する。これから副部隊長を連れて本部の会議室に集まってくれ。王太子殿下の元へは私が代理の魔術師を送っておいた。』
『戦闘部隊長、承知しました。』
各部隊長が返事をするのを聞きながら、ステラは真剣に言葉を交わすヴァレン様とレオナルドの元へ行き頭を下げた。
「王太子殿下、お話中失礼いたします。」
「どうしたんだ。」
ヴァレン様が話を中断して、深紅に染まった瞳をステラに向けてくれた。
「師団長より緊急で召集されました。
恐れ入りますが、警護には代理の魔術師が派遣されます。魔術師が到着次第、本部に行って参ります。」
「ああ、わかった。」
ヴァレン様はそう言ってまた文書に目を戻した。
ステラは目の前で作成されている最後通牒の件だろうなと思いながら、イヤーカフに魔力を込めて話した。
「戦闘副部隊長、承知しました。代理の魔術師が到着次第、本部に向かいます。」
ステラの声を聞いて、レオナルドが気遣わしげに目を細めて言った。
「ステラ、君のせいじゃない。大丈夫だから気にしないで。」
表情や声には出していないつもりだったけど、幼馴染みのレオナルドにはステラの心の内の葛藤を見抜かれていたのだろうか。
ヴァレン様も再び顔を上げて、感情の読めない表情でステラを見ていた。
二人に心配をかけてはいけない、とステラは感情を押し殺して微笑んだ。
「レオ様、ありがとう。私は大丈夫よ。」
レオナルドは納得していないようでステラを見つめていたが、ヴァレン様はちらっとステラを見やるとまた作業に戻られた。
ちょうどノックの音がして交代の魔術師がやってきたので、ステラはもう一度頭を下げて退出してから、右手の中指に《髪色を変える》指輪を嵌めて本部に急いだ。
◇◇◇
本部に到着して会議室に向かっていると、ちょうど戦闘部隊長と鉢合わせたので敬礼した。
「お疲れ様です、部隊長。」
「早かったな。」
いつも通りのローブ姿の部隊長を見てほっとしつつも、高貴で穏やかなリーズ公爵の面影もない姿を見て、やっぱりあれが偽りでこちらが本来の姿なのだろうかと考えていると、部隊長にニヤッと笑われた。
「言いたいことでもあるのか?」
「い、いえ、なんでもございません。」
今日は全て顔に出てしまう日なのだろうか。
ステラが慌てて首を横に振ると、部隊長はステラの気持ちを見透かしたかのように豪快に笑った。
会議室に到着するとすぐに全員が揃って、幹部会議が始まった。
「急にすまない。夜会での襲撃の件で緊急で集まってもらった。
警備部隊長、尋問について詳細を報告してくれ。」
「はい、師団長。魔術師団での尋問では口を割らなかったため、昨日王太子殿下に『王家の魔法』を使って罪人を尋問していただきました。」
ステラは警備部隊長の話を聞きながら、先ほどヴァレン様達が話していた最後通牒のことを考えていた。
要求は今後王族や王国の民や領土に手を出さないことだ。
守られなかった場合、人質となっている魔術師は王国で刑に処した上で、帝国に対して武力行使を行うと話していた。
人質は間違いなく打首だろう。
ステラは主君は違えど同じ近衛魔術師として、主君の命令を遂行しただけの者が刑に処されることに胸を痛めていた。
それに、帝国に対して武力行使を行うということは何人も、何百人も死者が出るだろう。
自分のせいでそんな物騒なことが行われるのは耐えられないし、王国魔術師として一人でも多くの命を守らなければならないと思った。
だけど、あの調子だとヴァレン様はステラを戦場には行かせてくれないだろうと葛藤していた。
一番は帝国がこのまま諦めてくれたらいいのだが、皇帝陛下が何の考えもなく手出しするはずはないだろうからそう上手くはいかないだろう。
「帝国の皇帝陛下の魔術師が知る限りでは、他に襲撃計画はなく、入国した魔術師もいないとのこと。以上。」
ステラがぼーっと考えながら聞いていると、警備部隊長が尋問の報告を終えた。
ヴァレン様の魔力が暴走したことを父は知っているのだろうが、この場では黙っていてくれてステラは安心した。
報告を受けて父が口を開いた。
「その後、王太子殿下は国王陛下の執務室にいらっしゃった。
最初は武力行使を行うつもりでいらっしゃったが、最終的には帝国へ最後通牒を送ることとなった。」
父の言葉で、幹部達の空気が張り詰めるのがわかった。
「明日にでも使者が出されるだろう。
帝国が要求を飲んでくれたらいいのだが、私はその可能性は低いと考えている。
諜報部隊長、報告しろ。」
「はい、師団長。」
ステラは父の言葉に目を瞠った。
まさか既に帝国が動き始めているのだろうか、と不穏な気持ちになりながら諜報部隊長を見つめた。
「国境付近にて、帝国軍が活発に物資のやり取りを行っています。我が国からも食糧を中心に帝国への輸出が行われているようです。
既に諜報部隊より数名、魔術師を国境付近に配備しましたが、戦闘部隊の魔術師も有事に備えて緊急体制を敷いていただいた方がよろしいかと思われます。」
ステラは諜報部隊長の報告に驚いて今度は戦闘部隊長を見つめるが、戦闘部隊長は動じた様子はなく淡々と言った。
「承知した。師団長、念のため部隊の一部を配備した方がよろしいのではないでしょうか。」
「そうだな。準備が出来次第、発ってくれ。騎士団にも部隊を派遣するよう話しておく。」
「承知しました。」
ステラは自分のせいで戦争が起こる一歩手前になっているという事実を改めて認識して、気が遠退きそうな感覚に襲われていた。
顔を伏せて何とか耐えたが、本当は今すぐここから逃げ出してこの命を絶ちたいような気持ちだった。
「学院にいるカールを呼び戻した方がよろしいでしょうか。」
戦闘部隊長の言葉に、ステラは驚いて再び顔を上げた。
クリンプトン先生は学院の教師になる前は戦闘副部隊長だったが、呼び戻すとはどういう意味だろうか。
「確かに期末試験が終わったら一度部隊に戻ってきてもらった方がいいかもしれないな。カールなら副部隊長代行としてすぐにでも戦場に送れる。」
ステラは今度は父を凝視した。
ステラの混乱を悟ったのか、父が言った。
「カールは王太子殿下が学院に入学されるときに警護担当として魔術師団から派遣したんだよ。その後はお前が残ったから残ってもらっていたが、お前に護衛の魔術師は必要ないからな。」
「そ、そうだったんですか…。」
衝撃の事実を知ってステラは恐れ戦いていた。
ヴァレン様のためにクリンプトン先生が教師になったことも驚きだったが、自分のために教師を続けていたなんて知らなかったし、クリンプトン先生はそんな態度は微塵も出さなかったからだ。
からかわれているだけだと思っていたが、クリンプトン先生がどんな気持ちでステラと接していたのか考えると申し訳なくなって、また目を伏せた。
「学院には私から話を通しておこう。」
「お願いいたします、師団長。」
戦闘部隊長がさっと敬礼して、また国境の話に戻った。
食糧だけでなく武器が帝国側で頻繁にやり取りされたり、帝国軍が駐留し始めているらしい。
帝国との国境はステラが育った領地の隣のレオナルドの実家の領地にある。
レオナルドもこの話は知っているだろうから、ヴァレン様も当然知っているのだろう。
どういうつもりでステラに手を出そうとして、国境付近の動きを活発にしているのか、ステラにはさっぱりわからないが、ステラが思っている以上に戦争の危機は差し迫っているのだ。
何も知らずに国王陛下に進言したが、やはりヴァレン様の方が正しいのではないかと思って、ステラは自分の浅はかさにまた落ち込んだ。
そして、帝国と戦争が起きたらまず自分の領地の騎士達は徴兵されるだろうことを想像して、恐怖で泣きたくなる気持ちを必死に抑えた。




