212.王族の命
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その尊いお心を怒りに染めて人を殺すようなことがあってはならない。
そう思うと、急に体から魔力が湧き上がってきた。
足元に金色の魔方陣が輝いて、ステラは自分の体が自分の物じゃなくなるような感覚になった。
ステラはそうしなければならない気がして、座ったままのヴァレン様に覆い被さるようにして背中に手を回した。
ぎゅっと強く抱き締めて、自分の魔力をヴァレン様の背中に思いっきり込める。
「ヴァレン様、私はお側におります。お心をお静め下さい。」
そう言いながら、どうか尊いお心を取り戻されますように、と願いを込めて魔力を送った。
ヴァレン様の体がはっとしたように固まると、またふーっと長く息をついた。
「ヴァレン様、ステラはここにおります。」
だんだんヴァレン様が戻ってきている気がして、ステラはまたぎゅっと強く抱き締めた。
「…大丈夫。ありがとう、ステラ。」
耳元で少しかすれた声がして、ステラもほっと息をついた。
罪人を振り返ると、ゼーゼーと息は荒かったが、ちゃんと息を吸えるようになったのがわかった。
気を失ってはいるが、命に別状はないように見えたのでまた安心した。
「ご無事でよかったです、ヴァレン様。」
再びヴァレン様に抱きつくと、ヴァレン様も優しく抱き締め返してくれた。
いつものヴァレン様が戻ってきて安心したら、自分がとんでもないことをしていることに気付いてさーっと青ざめた。
すっかり忘れていたが、警備部隊長の前だった。
慌ててヴァレン様から飛び退くと、驚いたような顔をした警備部隊長と目が合ってしまってぼぼぼっと赤面する。
「け、警備部隊長、失礼しました…。」
「…私のことはお気になさらないで下さい。王太子妃殿下。」
少し迷ったように間が空いてから頭を下げられたので、ステラはまた恥ずかしくて沸騰した。
警備部隊長の顔が見られなくて、顔を伏せたまま逃げるように天文台から退出した。
◇◇◇
執務室に戻ろうとしたら、ヴァレン様はステラの手を取って執務室ではない方向に進んだ。
どこに行くんだろうと思いながらしばらく廊下を進んで、国王陛下の執務室に向かわれているのだと気付いた。
もう魔力に支配されてはいなさそうだけど、怒りのままに国王陛下にお会いしていいのだろうかと心配になって繋いでいた手を引いた。
「ヴァレン様…」
「今度は好きにしていいと言われたからね。」
ステラはその言葉にはっとして、強く手を引いた。
「ヴァレン様、なりません。私のために国を巻き込んではなりません。」
ヴァレン様は帝国と戦おうと、戦争を起こそうとされている。
自分のために無関係の大勢が虐げられるなどステラには耐えられそうもなかった。
「君の気持ちの問題ではない。私の妃で、王族が守るべき王家の巫女である君を奪おうとしたのだ。
帝国もそれを承知で君を襲ったんだよ。
対抗せねば我が国の威信に関わる。」
政治がわからないステラにはそう言われると言い返す言葉が思い付かなかった。
でも、自分のせいで戦争が起きるなど考えたくもなかった。
「私は民と共に育ってきました。帝国と戦争が起きたら、私の領地の民も戦うことになるでしょう。私は大切な民の犠牲を伴うことが耐えられないのです。
どうかお考え直し下さい、王太子殿下。」
それだけはやめてほしいという思いを込めて頭を下げるが、ヴァレン様は頷かず、深紅に染まった瞳でステラをじっと見つめた。
「ステラ、そなたの命の重さを民の命と比べてはいけない。」
ヴァレン様は胸に響く声で、静かにステラに告げた。
自分の命が誰かの犠牲の上に成り立っているなんて認めたくなかったけど、王族の命はそうやって繋がれてきたのだと、王家の書庫でたくさんの命の記録を読んだステラは知っている。
納得はしていなかったけど、もう言い返すこともできなかった。
ヴァレン様に手を引かれながら国王陛下の執務室に向けて再び歩き出した。
「王太子同妃両殿下がお見えです。」
「お通しせよ。」
国王陛下付きの侍従が声をかけると中から父の声が聞こえて、扉が開かれた。
繋いでいた手を離そうとしたけど、逆にぎゅっと強く握られて、ステラは手を引かれたまま執務室に入って頭を下げた。
「面を上げよ。」
国王陛下の声がして、ヴァレン様と一緒に顔を上げた。
「いかがした。」
「国王陛下、帝国の横暴をこれ以上許すことはできません。
どうか私に軍の指揮権をお与えください。」
国王陛下がヴァレン様に問うと、朗々とした声でヴァレン様が返した。
やはり、帝国と戦うつもりでいらっしゃるのだ。ステラは見ていられなくて俯いた。
「何ゆえだ。」
「夜会で襲撃した者を尋問にかけたところ、帝国の近衛魔術師だと判明しました。皇帝陛下から私の妃を生け捕りにするように指示を受けて襲撃したと申しておりました。
皇太子殿下のみならず、彼の国の君主までも我が妃を狙っているのです。
これ以上、帝国の横暴を許すことはできません。」
国王陛下が何もおっしゃらないのでステラがちらっと顔を上げると、国王陛下の金色の瞳と目が合った。
「…そなたはどう考えるのだ、王太子妃。」
優しく聞かれて、ステラはまた顔を伏せてしまう。
王族としてはヴァレン様の言うことが正解なのだろうけど、ステラは自分のせいで戦争が起きたらこの先どうやって生きていけばいいのかわからなかった。
正直に言っていいものか迷ったが、黙っていては不敬だ。
勇気を出して顔を上げて、国王陛下をまっすぐ見つめて言った。
「私は、争いを望みません。私のせいで無関係の大勢の者の命が奪われることになったら、私はこの先どうやって生きていけばよいのかわかりません。
誠に恐れながら、どうか人の命を奪わない方法で対抗していただきたく存じます。」
そう言って深く頭を下げる。
国王陛下には以前にもステラの気持ちを伝えているので、これを口にしたからと言って怒られることはないだろう。
でもヴァレン様の、ステラが仕える主君の尊い意志を否定する言葉を口に出した自分が恐ろしくて体が震えた。
「ヴァレン。次はそなたの好きにするがよいと言ったな。」
「はい、国王陛下。」
「だが、妃の清き心を曲げてまでそなたの意志を叶えてよいのか?
そなたの意志を叶えるのならば、妃は重い枷を背負って生きていくことになろう。」
ステラは国王陛下の言葉に驚いて顔を上げた。
国王陛下は優しい瞳でヴァレン様を見つめていて、ヴァレン様ははっとしたような顔をして固まっていた。
珍しく黙り込んでいるヴァレン様を見上げると、その深紅の瞳と目が合った。
麗しいお顔が一瞬歪められたと思ったら、また表情を戻して国王陛下に向き直った。
「…私の名で人質を盾に最後通牒をします。それでも尚、私の妃を狙うようなら、武力行使します。」
国王陛下は穏やかな顔で頷いた。
「よかろう。そなたの好きにするがよい、王太子。」
「恐れ入ります、国王陛下。」
ヴァレン様が頭を下げたので、ステラも慌てて頭を下げた。
顔を上げると、また国王陛下と目が合って優しく微笑まれた。
「そなたの勇気が救った命が、いつかそなたのことも救ってくれよう。」
ステラは国王陛下のお言葉に驚いて目を瞠ったが、すぐにまた深く頭を下げた。
「尊きお言葉を賜り、恐悦至極にございます。国王陛下。」
再び顔を上げると、ヴァレン様に握られたままだった手を引かれて国王陛下の執務室を退室した。




