211.深紅の瞳
夜会から三日が経った。
警備部隊の捜索で他の魔術師は見つからなかったが、まだ警戒態勢は解かれていなかったので、耳の魔道具でのやり取りは頻繁に続いていた。
警備部隊長からは時々罪人の尋問内容が共有されていたが、やはり近衛魔術師は口が固いようで成果には乏しいようだった。
牢にかけられた《魔力を奪う》魔法を維持するために、ヴァレン様は常に瞳を紅く染めていた。
早くまた濃い金色の瞳に戻る日が来てほしいと、ステラは心の中で願っていた。
ヴァレン様の執務室で帝国の防御結界の改善点をぼーっと考えながら護衛をしていると、耳元で声がして顔を上げた。
『警備部隊長から師団長へ。罪人を尋問にかけていますが口を割りません。
王太子殿下より手荒い真似はしないようご命令いただいておりますゆえ、これ以上は聞き出せないかと存じます。
恐れながら、王太子殿下をお呼びしてもよろしいでしょうか。』
『師団長より戦闘副部隊長へ。王太子殿下にお成りいただけるか確認をとってもらえるか。』
「戦闘副部隊長、承知しました。少々お待ちください。」
ステラは声を消して魔道具に返してから、声を戻して執務中のヴァレン様の方に歩いていった。
「ヴァレン様、お話ししてもよろしいでしょうか。」
「いいよ。どうしたの?」
「警備部隊長より、尋問にかけている罪人が口を割らないと相談がありました。大変恐れながらヴァレン様にお成りいただきたいのですが、可能でしょうか。」
「ああ、そうだろうと思ったよ。今から行こうか。」
「ありがとうございます。団にも伝えます。」
ステラはヴァレン様に頭を下げた後、また声を消して話した。
「戦闘副部隊長より警備部隊長へ。お成りいただけるとのことです。今から伺ってもよろしいでしょうか。」
『警備部隊長より戦闘副部隊長へ。大変ありがたい。そうしてくれ。』
「戦闘副部隊長、承知しました。」
「ヴァレン様、警備部隊長が喜んでいました。では、恐れ入りますがご案内させていただきます。」
また声を戻してヴァレン様に言うと、なぜかクスクス笑われた。
声は消したし、変なことはしていないつもりなので慌てふためく。
「な、何かおかしなことをしてしまいましたか…?」
「いや、任務中のステラが真面目で可愛かっただけだよ。」
「なっ……」
不意に褒められてステラがぼぼっと沸騰すると、また笑われた。
「行こうか。あまりからかって怒らせても怖いし。」
「ヴァレン様には怒りません!」
「そう?今も怒られている気もするけど。まぁいいか。」
ステラが睨み付けると、またクスクスと笑いながら手を引かれてそのまま天文台に向かった。
執務室に残ったレオナルドは呆れたように笑って見送ってくれた。
◇◇◇
天文台に到着すると、入口で警備部隊長が頭を下げていた。今日はステラも警備部隊長もローブを着ていたので落ち着いて見ていられる。
「お成りいただきありがとうございます、王太子殿下。」
「よい。面を上げよ。」
警備部隊長が顔を上げたので、ステラは敬礼してさっと頭を下げた。
「罪人が全く口を開きません。油断すると舌を噛み切ろうとするので、轡を噛ませております。」
「そうか。私を呼んでくれてよかった。」
「恐れ入ります、王太子殿下。」
警備部隊長が恐れ多そうに深々と頭を下げるが、ヴァレン様は気にした様子もなく、天文台の中に入った。
観測部屋に到着すると、尋問部屋と牢に続く扉の前に警備部隊の魔術師が立っていたが、ヴァレン様を見て臣下の礼をとって頭を下げた。
「お成りいただきありがとうございます、王太子殿下。」
「面を上げよ。」
警備部隊の魔術師に声をかけてから、ヴァレン様は慣れた様子で尋問部屋に入って行った。
前回ヴァレン様に尋問していただいた時も慣れているとおっしゃっていたから、もしかしたら年端もいかない頃から尋問をすることもあったのかもしれないと思った。
ステラとは全く違う尊い人生だろうなと想像して、勝手に恐れ多くなった。
ステラもヴァレン様を守るように尋問部屋に入ると、ステラが捕らえた帝国の皇帝陛下の近衛魔術師だと思われる人物が鎖に繋がれていた。
鋼の刃の糸による尋問は行われていないようで、猿轡を噛まされている以外は見た目は三日前と変わらなかった。
ステラはヴァレン様の耳元でさっと囁いた。
「恐らく皇帝陛下の近衛魔術師です。」
ヴァレン様がステラの目を見て頷いてから椅子に腰掛けると、警備部隊長が魔術師に噛ませていた猿轡を外した。
「真実を述べよ。」
その言葉と共に、部屋を不思議な威圧感が満たした。ステラの血管がぞわぞわと反応している。
「そなたは我が国の者ではないな。」
「はい。」
「帝国から来たのか。」
「はい。」
「…帝国の皇帝陛下の近衛魔術師だな?」
「はい。」
ステラは警備部隊長と顔を見合わせた。
警備部隊長はステラが皇帝陛下の近衛魔術師に《刻印》したことを知っている。
やはり皇帝陛下の近衛魔術師だったのか、とステラも険しい表情の警備部隊長を見ながら顔を歪めた。
罪人はぼーっとヴァレン様を見つめている。
「皇帝陛下の命で来たのか。」
「はい。」
「目的は何だ。我が国の王族の命を狙ったのか。」
「いいえ。」
「我が国の侵略を企てたのか。」
「いいえ。」
ヴァレン様は少し考えてから言った。
「…我が妃を奪おうとしたのか。」
「はい。」
その瞬間、部屋の空気がずんと重くなった。
息苦しいような威圧感が部屋を包み、ステラの血管をうねるようなざわめきが襲った。
ステラはヴァレン様の背中に手を当てて、自分の魔力を込めた。
「ヴァレン様、私はお側におります。」
ステラが耳元で囁くと、ヴァレン様がふーっと息を吐いた。
ヴァレン様の呼吸に合わせて背中に当てた手に魔力を込めると、威圧感で満たされた空気が少しだけ和らいだ。
ヴァレン様は怒気を含んだ声で尋問を続けた。
「皇太子殿下だけでなく皇帝陛下までもが、我が妃を狙っているのか。」
「はい。」
「目的はなんだ。この者の魔力か。」
「はい。」
「…それだけではないな。」
「はい。」
ステラはぞわっと全身に鳥肌が立った。
ヴァレン様の背中に当てていた手がビクっと震えてしまったのでステラの不安に気付いたのか、ヴァレン様はステラが背中に当てていた手をとってぎゅっと握ってくれた。
「…そなたは、我が妃を生け捕りにして帝国に連れ帰るよう命を受けたのだな。」
「はい。」
「捕まっている者以外に皇帝陛下や皇太子殿下の指示で我が国に入国している者はいるか。」
「いいえ。」
「他にも襲撃の計画があるのか。」
「いいえ。」
ヴァレン様はまたふーっと長く息をつくと、警備部隊長を見上げた。
「他に聞いておくべきことはあるか。」
「現時点ではございません。尊きご助力を賜り、感謝いたします。王太子殿下。」
警備部隊長はまた頭を下げると、再び罪人に猿轡をつけた。
すると、突然罪人ががくっと倒れて身を震わせた。
再びステラの血管をざわめきが襲ったので驚いてヴァレン様を見ると、深紅の瞳が怒りに染まっていた。
「ヴァレン様、お心をお静め下さい。」
ステラが言うが、ヴァレン様は罪人を冷たく睨み付けたままステラを見ようとしなかった。
恐らく魔力が暴走してヴァレン様を染めてしまっているのだろう。
罪人はうまく息が吸えないのか顔が青ざめていて、噛まされた轡の隙間から喘ぐような呼吸音が聞こえた。




