210.人質
途中で戦闘部隊長とも合流したので、ステラは敬礼してさっと頭を下げた。
「君が無事でよかった。」
「恐れ入ります。諜報部隊長にご助力いただき、無事に捕らえました。」
「そうだったのか。感謝する、諜報部隊長。」
「私は大したことはしておりませんよ。こちらこそいい経験になりました。」
見た目だけで言えば公爵家の当主とその夫人にも見える二人の会話に、ステラはまた照れ臭くなって目を逸らした。
ホールの入口に入ると、奥からヴァレン様が駆け寄ってくるのが見えて、ステラも慌てて駆け寄った。
ホールの真ん中でがしっと抱き締められて、ステラはぼぼっと赤面する。
「お、王太子殿下…、皆が…」
「ステラ、怪我はないか…?」
ステラに囁くヴァレン様の声が僅かに震えているのに気付いて、ステラは驚いて抵抗をやめた。
自分の魔力を込めながらその背中を撫でて、ステラもヴァレン様の耳元で囁いた。
「私は無事です。敵は捕らえましたのでご安心下さい。
お側を離れてしまい、申し訳ございませんでした。」
「生きた心地がしなかった。もう私の側を離れないでくれ。」
珍しく弱音を吐くヴァレン様に驚きながらも、そういえば任務中で皆と罪人の前だったと思い出してステラは慌てふためいた。
「お、王太子殿下。本当に大丈夫なのでご安心下さい。」
ヴァレン様はようやく体を離してくれたが、見上げた深紅の瞳は切なそうに歪められていた。
腰をがっしりと抱えられたが、ステラは無駄な抵抗はせずにヴァレン様に抱かれたままホールの奥へと向かった。
「あの罪人は王太子妃殿下が捕らえたのか。戦う姫様だな。」
「王太子殿下が心配されていらっしゃる姿が切なかったわ。溺愛されているという噂は本当ね。」
「神が王家に授けただけあるな。」
ホールで噂する貴族のざわめきが聞こえてきてステラは耳まで沸騰していたが、ヴァレン様は気にした様子もなく国王陛下の御前に進んだ。
ステラは国王陛下のご勅命を受けた任務中だったことをまた思い出して、慌てて臣下の礼をとって頭を下げる。
「国王陛下、無事に敵を捕らえました。どうかご安心下さい。」
「よくやった。大事はないか。」
「私も部隊長達も無事です。尊いお気遣いを賜り、恐悦至極に存じます。」
ステラの後ろから騎士達が罪人を抱えてやって来た。
その後ろには公爵家の当主とどこかの貴婦人に戻った戦闘部隊長と諜報部隊長が控えている。
ステラは今度は父に向き直って敬礼してから言った。
「師団長、この者達はやはり帝国の近衛魔術師のようです。
戦闘中に帝国の魔法を使用していました。
一人は恐らく皇帝陛下の近衛魔術師だと思われます。」
「承知した。よく捕らえたな。」
「戦闘部隊長と諜報部隊長のお力添えがあってこそです。」
ステラが再び敬礼して一礼した。
父はヴァレン様に頭を下げてから言った。
「王太子殿下、恐れ入りますが罪人を連行するため、天文台までご一緒にお越しいただけますでしょうか。」
「ああ、牢にも魔法をかけておこう。」
「そうしていただけると助かります。感謝いたします、王太子殿下。」
父は再びヴァレン様に頭を下げると、今度は耳から声が聞こえてきた。
『師団長から警備部隊長へ。王太子殿下に天文台までご同行いただけることとなった。騎士と共に罪人を連行せよ。』
『警備部隊長、承知しました。』
警備部隊長がホールの隅から駆け寄ってきて、ヴァレン様に恭しく頭を下げた。
「王太子殿下、恐れ入りますが天文台までご案内させていただきます。」
「ああ。」
ヴァレン様が天文台に向かわれるということはステラも一緒に行くことになる。
ステラはもう一度国王陛下の方を向いて臣下の礼をとって頭を下げてから、ヴァレン様と共にホールを退出した。
◇◇◇
天文台が近づいてくると、ふとヴァレン様が幽閉されていた時期を思い出した。
思い出すだけで胸が痛んで、はっとした。
もしかしたら、ステラが戦いに行く度にヴァレン様はこの胸の痛みを感じているのかもしれない。
ステラはヴァレン様の腕を払ってまで戦いに行ったことが急に申し訳なくなってきて、顔を伏せた。
心配をかけたのだからせめてあとできちんと謝らなければいけないと思っていたら、ヴァレン様の優しい声がして顔を上げた。
「ステラ、辛いなら無理をしなくてもいいよ。」
そのまま見上げると、深紅の瞳が心配そうにステラを見つめていた。
天文台に近づいたから落ち込んでいるのだと思われているのだろう。
たしかに天文台に近づいたからこの気持ちになっているが、悪いのはステラだ。
「ヴァレン様、違うんです。天文台に近づくと胸が痛いのは事実ですが…そうではなくて、ヴァレン様は私が戦いに行く度にこの胸の痛みを感じていらっしゃるのかなと思ったら申し訳なくて…。
……不敬を働いていたら申し訳ございません。」
言ってから気付いたが、王族の心の内を勝手に想像するなど不敬極まりないだろう。
ステラがまた顔を伏せると、ヴァレン様は急に立ち止まった。
後ろの騎士達もざっと音がして立ち止まる。
「ヴァレン様…?」
ステラが顔を上げると、道の真ん中で思いっきり抱き締められた。
怒ってはいなそうだけど、唐突な行動に驚いてステラは慌てて言った。
「ど、どうされたのですか?」
「ステラがかわいいことを言うから。」
「ふ、不敬でした。申し訳…」
「不敬じゃないよ。私のことを考えてくれてありがとう。」
ステラはヴァレン様の言葉になんと返せばいいのかわからなくて、おろおろとしながらもまた頭を下げた。
「あ、あの…お手を払ってしまって申し訳ありませんでした。私、恐れ多くもヴァレン様のお気持ちを考えられていませんでした。」
「あれは私も悪いからしょうがない。ステラが戦いに行ったのは正しかったよ。」
「そ、そんな…滅相もございません。」
ヴァレン様よりもステラの方が正しいなんてことがあるのだろうか。
ステラがまたおろおろとしていると、不意にクスッと笑われた。
「気にしないで。ステラが私のことを考えてくれただけで十分だから。」
「お、恐れ入ります……あっ...」
そういえば道の真ん中で、警備部隊長や騎士達を待たせて話していたことを思い出して瞬時に耳まで沸騰した。
ヴァレン様はクスクスと笑うと、またステラの腰を掴んで天文台に向かって歩きだした。
見上げたヴァレン様はすっかりご機嫌を取り戻したようだったので、ステラはほっと息をついた。
◇◇◇
天文台の前に到着すると、警備部隊長が入口の結界を解除して頭を下げた。
ここにヴァレン様と一緒に入るのは不思議な感じがしてヴァレン様を見上げると、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。
安心して表情が緩みかけたが、警備部隊長の前だと思い出して慌てて顔を引き締めて天文台の中に入った。
長い階段を上って観測部屋に到着すると、警備部隊長の先導で一つの扉が開かれた。
中を除くと狭い牢が四つ並んでいて、まさに監獄だった。
ヴァレン様がここに閉じ込められなくて本当によかったと思っていると、また血管がぞわぞわした。
「《捕らわれし者の魔力よ、我に従え》」
瞳を深紅に染めたヴァレン様が呟くように詠唱すると三つの牢に金色の魔方陣が浮かんで、やがて消えた。
ステラの部屋にもかけられていたのと同じ《魔力を奪う》魔法だ。
まだ気絶している罪人を騎士が担いできてヴァレン様が魔法をかけた牢に押し込めると、牢に繋がる扉が閉められて、警備部隊長によって魔法で鍵がかけられた。
警備部隊長に向かってヴァレン様が言った。
「この者らは重要な人質だ。魔術師団の尋問で口を割らねば私が尋問にかけるゆえ、手荒い真似はするでない。」
「承知しました、王太子殿下。」
ステラは物騒な言葉にぎょっとしてヴァレン様を見上げるが、ヴァレン様は何とも思っていないように平然としていた。
警備部隊長も動じた様子がなかったので、ステラは黙ってそのやりとりを見つめた。




