209.囮
ステラの作戦を聞いて、部隊長はすぐに頷いてくれた。
「君は国王陛下に指揮権を委任されている。私は君に従うよ。」
「恐れ入ります、部隊長。」
ステラはさっと頭を下げると、耳の魔道具に魔力を込めて声を消しながら話した。
「戦闘副部隊長より報告します。
庭園に転移魔術を防止する結界をかけて見張っていますが、敵からの攻撃の気配がありません。
膠着状態が続いており、このままだと戦闘が長引く恐れがあります。
戦闘を速やかに終結させるため、これより私が囮となって敵に攻撃させて、戦闘部隊長と共に敵を捕らえる作戦を決行します。」
少し間が空いて父の返事が返ってきた。
『師団長、承知した。援軍は要るか。』
「捕らえ次第、騎士を派遣して下さい。また連絡します。」
『師団長、承知した。』
父とのやり取りを終えて部隊長と目を見合わせて頷いていると、また耳の魔道具から声が聞こえた。
『失礼いたします。諜報部隊長です。ドレスなので戦闘はできませんが、隠密に手助けすることは可能です。そちらに向かいましょうか。』
諜報部隊長の隠密魔法は一流だ。帝国の皇帝陛下の近衛魔術師にも見つからずに行動できるだろう。
ステラが戦闘部隊長を見ると頷かれたので、同じことを考えているのだとわかった。
「戦闘副部隊長です。諜報部隊長には私の支援をお願いできますか。」
『諜報部隊長、承知しました。これより隠密に庭園に向かいます。』
心強い助っ人を得て、ステラは微笑んだ。
肩にかけてもらっていた上着を返すと、部隊長にさっと頭を下げた。
「部隊長、ありがとうございました。それでは地上に向かいます。」
「ああ、よろしく頼むよ。」
部隊長が腕を差し出したのでステラはその腕を掴んで、庭園の入口に無詠唱で隠密に結界を張ってから詠唱した。
「《転移せし力を覆い隠せ》」
瞬きの間に、ステラは部隊長にエスコートされたような姿勢で地上に降り立った。
敵は二手に分かれて潜伏している。
皇太子殿下の近衛魔術師と思われる者はステラの右側にいた。
部隊長の目を見て右を指差すと、部隊長は頷いてステラが指し示した方向に歩いて行き、やがて姿を消した。
ステラも隠密魔法をかけたまま庭園に足を踏み入れる。
やがて、二人の敵のちょうど真ん中にたどり着いた。
息を整えてから、隠密魔法を解除して魔力を解放する。
ステラの魔力が庭園に行き渡った。
すぐに敵がステラに気付いて杖に魔力を込めたが、攻撃はなかった。
「そなたらの目的は私であろう。私が相手をするゆえ、捕らえられるのならば捕らえてみよ。」
ステラの言葉に一瞬の沈黙が走った後、右と左から同時に邪悪な魔力が放たれた。
「《我を呪いし者より我を護れ》」
ステラが帝国の防御魔術を詠唱して防ぐと、左側から父くらいの年齢の、完璧に隙のない魔術師が姿を現した。
どこからどう見ても強敵だが、父と戦ったことを思えばステラに全く恐怖はなかった。
「これは、王太子妃殿下。できれば貴女を傷つけることなく我が国へお連れしたいのですが、難しいですかな。」
「そなたらの実力次第だ。」
ステラが嘲笑うように言うと、瞬時に右側から攻撃が飛んできた。
ステラは無詠唱の防御結界で防ぐと、左側の魔術師を見て言った。
「帝国の実力はこの程度か。このようなやわな攻撃では私を傷つけることも捕らえることもできぬぞ。」
ステラの言葉に、強敵の魔術師はニヤッと微笑んだ。
「では、遠慮なく。」
その瞬間に再び邪悪な魔法がステラを狙う。
「《我を呪いし者より我を護れ》」
ステラは防御結界を張りながら、上空から無数の雷を両方の魔術師に放つ。
雷は難なく防がれたので、やはり小手先の攻撃魔法では倒せない相手だと悟った。
「《全ての魔法から我を護れ》」
内側に結界を張ってから、上空にも隠密に結界を張って、上空に張った結界に隠密に《転移》する。
すぐに強敵の魔術師が強力な魔力を放った。
恐らく《敵を現す》魔術だろう。
強敵の魔術師がステラの位置を見つける前に、皇太子殿下の近衛魔術師と思われる魔術師に戦闘部隊長が不意打ちを仕掛けたのが見えた。
魔術師は瞬く間に鋼の刃でぐるぐる巻きにされて、杖が手から吹き飛ばされた。
やがて強敵の魔術師の魔力がステラの足元に届いたのと同時に、再び邪悪な魔法がステラに向かって飛んできた。
「《我を呪いし者より我を護れ》」
再び帝国の防御魔法で防ぐが、粘りつくような濃厚な魔力によってステラの結界に亀裂が走った。
父ほどではないが、やはりかなりの強敵だ。
一般の王国魔術師が相手をしたら一溜りもないだろうと思った。
ステラはすぐにいつもの自分の防御結界を張り直してから、天に杖を掲げて詠唱した。
「《天に反逆せし者よ、汝が罪は我が裁かん。我にひれ伏せ》」
同時に自分から溢れ出る魔力をぐっと解放する。
ステラの魔力に乗って、強力な魔術が敵を襲った。
敵の魔術師がひれ伏したが、杖は手に持ったままだったので再びステラに攻撃を放った。
ステラは無詠唱で防いだ後、地上に向けて詠唱した。
「《全ての魔法から我を護りし力を覆い隠せ》」
ステラは強敵の魔術師の真横に隠密に結界を張ると、地上の結界の中に《転移》した。
地上に降り立って結界を解除すると、ステラを見上げた強敵の魔術師と目が合った。
その瞬間、強敵の魔術師の杖が手から吹き飛んでステラの元に飛んできたので魔法で燃やした。
諜報部隊長が手助けしてくれたのだろう。
未だにステラにはその姿がどこにも見えないので、諜報部隊長を改めて尊敬した。
「《鋼の刃よ、敵を捕らえよ》」
丸腰でひれ伏す強敵の魔術師が、鋼の刃でできた糸でぐるぐる巻きになった。
同時に、強敵の魔術師の口元に力が入ったので、ステラは素早く耳の後ろの急所に渾身の蹴りを入れた。
前に戦った敵と同じように、舌を噛み切ろうとしたのだ。
強敵の魔術師は驚愕したように目を見開いて、そのまま昏倒した。
ヒールのある靴で蹴ったので、踵が直撃した頭部からつーっと血が流れた。
「戦闘副部隊長より師団長へ報告します。残りの二名の魔術師を捕らえました。庭園に騎士を派遣願います。他に魔力の気配はありませんが、念のため引き続き警戒を願います。」
『師団長、承知した。怪我はないか。』
「戦闘副部隊長、怪我はありません。」
『戦闘部隊長、怪我はありません。』
「『諜報部隊長、怪我はありません』」
『師団長、承知した。よくやった。』
目の前でも諜報部隊長の声が聞こえたので驚いて顔を上げると、先程まで何もなかったはずの場所にドレス姿の諜報部隊長が立っていた。
「ひゃっ」
ステラは驚いて、思わず声を出して後ずさった。
「驚かせてしまい失礼しました。無事に捕らえられてよかったです。」
「と、とんでもございません。ご助力に感謝します、諜報部隊長。」
「私は大したことはしていませんよ。」
やはり諜報部隊長の隠密魔法は一流だ。
全く魔力の気配もなかったし、これほど近くで魔法を使われたのに発信源がわからなかった。
その実力とは裏腹に、艶やかに微笑む諜報部隊長はどこからどう見ても名のある家のたおやかな貴婦人だ。
その姿で目の前に立たれるとなんだか恥ずかしくて、ステラはまたもじもじと目を伏せた。
すぐにホールの方向から鎧の音がして、ステラは手を上げて叫んだ。
「こちらです。」
部隊長も騎士を呼んでいるのが聞こえた。
二人とも戦闘部隊なのでよく声が通るのだ。
すぐに近衛騎士がステラに駆け寄って、周りを取り囲んだ。
守ってくれようとするのはありがたいが、守られている場合ではないので命じた。
「私は守らなくてもよい。この者を師団長の元へ連れて行け。」
「承知しました、王太子妃殿下。」
二名の騎士が魔術師の頭部に手早く包帯を巻いてから担ぎ上げるが、相変わらず残りの騎士はステラを守ってくれた。
ステラは複雑な気持ちになりながらも、諜報部隊長と共にホールに進んだ。




