208.追跡
『警備部隊長より師団長へ。敵を一名確保しました。』
『杖を燃やしてから連れて来い。』
『警備部隊長、承知しました。』
耳の魔道具から警備部隊長の落ち着いた声が聞こえた。
会場の貴族達はざわめいているが、国王陛下も第一王妃陛下もヴァレン様も何事もなかったように穏やかな顔をしている。
ステラも警戒しながらも杖を下ろして、どうにか表情を緩めた。
燕尾服を着た警備部隊長が同じく燕尾服を着た管理部隊長と共に、鋼の糸でぐるぐる巻きになっている、燕尾服を着た貴族風の男を連れてきた。
見た目は貴族だが、間違いなくステラが《刻印》した魔術師だ。
年齢からして皇太子殿下の近衛魔術師だろう。
急に血管がぞわぞわしたのでふとヴァレン様を見上げると、表情を変えることなくその瞳を深紅に染めていた。
魔術師が纏っていた魔力がすっと消えたので、魔力を奪ってくださったのだろう。
父がヴァレン様とステラの前に立って頭を下げた。
「王太子殿下、有り難きお気遣い恐れ入ります。
王太子妃殿下、こちらの者で間違いないでしょうか。」
「はい、私が把握している者のうちの一名です。」
「承知いたしました。」
父が言うのと同時にパチッと言う音がして、魔術師は意識を失った。
父が魔術師に雷を落として昏倒させたのだろう。
「隅に寄せておけ。王太子殿下が魔力を奪ってくださっているが、警戒を怠るな。」
「承知しました、師団長。」
父が命じると、近くにいた近衛騎士が手早く帝国の魔術師を抱え上げて行き、警備部隊長と管理部隊長と共に去っていった。
そして、再び《敵》に動きがあった。
外にいる魔術師が庭園の方向に移動する気配があったのだ。
「残りの敵が逃走を図っています。追いますか?」
耳の魔道具に魔力は込めながらも、ステラは父の目を見て直接聞いた。
「その格好で戦えるのか?」
父は表情を変えずにステラに聞いた。
耳元からも父の声が聞こえる。
「はい、走れませんが《転移》すれば可能です。」
ステラは父の目を見てしっかりと頷いた。
「ステラ、行くな。」
胸に響く声がして見上げると、ヴァレン様が横からステラの手を掴んで、顔を歪めていた。
「王太子殿下、私は敵の詳細な位置を掴んでいます。私が行くのが一番確実です。」
父も《敵を現す》魔術を使えば敵を追えるだろうが、父が国王陛下の側を離れるのは危険すぎる。
「ならぬ。そなたを危険に晒すわけにはいかない。」
ステラとヴァレン様が言い合っていると、国王陛下が静かに言った。
「王太子妃、そなたは確実に敵を捕らえられるのか。」
「はい、国王陛下。」
ステラがまっすぐ国王陛下を見つめて言うと、国王陛下は威圧感を発して、胸に響く声で命じた。
「では敵を捕らえよ。そなたに指揮権を委任する。」
「承知しました、国王陛下。」
ステラは臣下の礼をとり、頭を下げた。
何か言われる前にヴァレン様の腕を振り払うと、素早く詠唱した。
「《全ての魔法から我を護れ》」
そして、戦闘部隊長を振り返った。
敵が皇帝陛下の近衛魔術師だった場合、相当な強敵だ。ステラ一人では取り逃がす可能性もあると思ったので戦力が欲しかった。
「一緒にお越しいただけますか、リーズ公爵。」
「仰せのままに、王太子妃殿下。」
部隊長は一瞬驚いたように目を瞠ったが、すぐに頷いて、美しく臣下の礼をとって頭を下げた。
部隊長を結界の中に招き入れると、ホールの屋根の上に無詠唱で結界を張ってから、部隊長の腕を掴んで詠唱した。
「《転移せよ》」
瞬きの間に、ステラは部隊長と一緒にホールの屋根の上に張った結界に《転移》した。
部隊長は再び驚いた顔をしていたが、すぐにいつもの武闘派の部隊長の鋭い眼光を放った。
「敵はどこだ?」
「庭園に潜んでいます。地上に《転移》しますか?」
「いや、まだ気付かれていないようだからこのまま見張ろう。」
「承知しました。ありがとうございます、部隊長。」
言いながら部隊長が隠密魔法をかけてくれたので頭を下げた。
「ここまで連れて来てもらったんだ、これくらいはさせてくれ。」
「恐れ入ります、部隊長。」
部隊長が苦笑いを浮かべたのでステラも曖昧に微笑み返した。
『戦闘部隊長から各部隊長へ。敵はホール前の庭園に潜伏中。ホールの屋根より見張っている。』
部隊長が報告してくれたので、ステラは《敵》の気配に集中していた。
庭園の中でじっと息を潜めているようで、動きはなかった。
ステラはふと思い出して、庭園を覆うように隠密に結界を張った。
「《全ての侵入を防ぎ、民を護りし力を覆い隠せ》」
部隊長が怪訝な顔をしてステラを見たので説明する。
「天覧試合でも使った結界を隠密に展開しました。これで庭園内では転移魔術が使えなくなります。」
王城の外から中へは元々張られている結界によって転移魔術は使えず、今は建物の中にも転移魔術を防ぐ結界が張られている。
ただ、敷地内でも建物の外だと転移魔術が使えるので、敵に気付かれる前に防いでおいたのだ。
部隊長が驚いた表情で言った。
「君はいつの間にそんな芸当を身に付けたんだ。師団長しか使えないものだと思っていたよ。」
「師団長が王城にかけている結界を解析したんです。…お騒がせして申し訳ございませんでした。」
「そういうことか。」
部隊長は声を潜めながらも豪快に笑った。
その麗しい高貴な見た目とは合わないが、ステラとしてはこちらの方が落ち着くので微笑んだ。
「不在の間に他にも魔術を磨き上げたので、今度皆にも訓練しておきますね。」
「そうしてくれ。」
ここ一ヶ月以上訓練に参加できていなかったので、あの雰囲気が懐かしく思えて切なくなった。
早く帝国の魔術師を捕らえて日常を取り戻したいと、庭園を見つめながら決意を固めた。
すると、パサッと音がしてステラの肩に何かがかけられた。
「冷えるだろう。しばらく膠着状態が続くだろうから。」
見ると、師団長が自分の燕尾服の上着をドレスから出ているステラの背中と肩を覆うようにかけて微笑んでいた。
その穏やかな微笑みはリーズ公爵のものだったので、ステラは急に照れ臭くなって赤面してしまう。
「あ、ありがとうございます。部隊長。」
「気にするな。」
確かに冷えそうだったのでありがたく受け取って、ステラは結界の上に膝をつきながら庭園の《敵》の気配に再び集中した。
◇◇◇
しばらく経っても、敵は庭園に潜んだまま動きを見せなかった。
ホールの中はどうなっているのだろうかと心配になるが、父がいればヴァレン様に危害が及ぶことはないだろう。
ステラは頭の中で芽生えた一つの可能性にかけてみたい気持ちが大きくなった。
「部隊長、提案があります。」
部隊長が顔を上げてステラをじっと見つめた。
「私を囮に使って敵を捕らえる作戦はいかがでしょうか。」
ステラも部隊長をまっすぐ見つめて言った。
部隊長は僅かに眉をひそめた。
「君が囮になるとはどういう意味だ?」
「恐らくですが、敵の狙いは私だと思うのです。私は帝国の皇太子殿下に目をつけられています。」
ステラの言葉に部隊長はまた目を瞠ったが、何も言わなかったのでそのまま続けた。
「私が姿を現せば、敵は私に攻撃を仕掛けるでしょう。但し、命を奪うようなものではないはずです。
恐らく潜んでいる敵のうち一人は皇帝陛下の近衛魔術師で、強敵です。
私が連中の気を引きますので、部隊長はその隙に皇太子殿下の近衛魔術師に近づいて確保して下さい。」
王国魔術師団は国と王族を守るための組織だ。攻撃がなければ捕らえることはできない。
このままだと庭園に潜む魔術師を確保することもできない。
ステラは自分が囮になれば敵は何かしらの攻撃をしてくるだろうと思った。
王族であるステラを攻撃すれば、帝国の魔術師を捕らえる立派な理由になる。




