207.本来の姿
ドレスを纏い、儀仗を持ってヴァレン様にエスコートしてもらいながら王城の廊下を進んでいると、窓の外に《刻印》した敵の気配を察知した。
一昨日よりも明確な気配に、敵が王城に近づいているのを感じる。
「戦闘副部隊長より情報共有です。《刻印》した敵の気配が明確になりました。警備を強化してください。」
貴族用の馬車寄せに近づいて人が増えてきたので、微笑みは絶やさず、隠密魔法で声を消しながら魔道具のイヤーカフに魔力を込めて話した。
すぐに父と各部隊長の返事が返ってきた。
それに続けてまた耳から声が聞こえてきた。
『戦闘部隊長より戦闘副部隊長へ。今どの辺りにいるのか教えてくれ。念のために君達と合流しておきたい。』
「戦闘副部隊長です。既にホールに向かっています。現在、貴族用の馬車寄せ付近です。」
『私も馬車寄せに到着したから合流しよう。』
「戦闘副部隊長、承知しました。」
やり取りを終えて、ヴァレン様の腕を引いて呼び止めた。
立ち止まってくれたヴァレン様の耳元で囁く。
「ヴァレン様、まもなく戦闘部隊長と合流します。」
「わかった。」
ヴァレン様は頷いて、ステラの頬に左手を添えた。
視界の端に薬指のアメジストがきらっと輝いた。
「無理はしないでくれ。」
濃い金色の瞳が気遣わしそうに歪められているのを見て、ステラは微笑んだ。
「皆が私のことも守ってくれるので大丈夫です。」
この一ヶ月で部隊長達のやり取りを聞いて、部隊長達の任務と会話のレベルの高さに驚いた。
ステラは守られる側でいるつもりはなかったが、部隊長達はステラも含めて守ってくれるつもりでいるだろう。
守る側でも守られる側でもどちらだとしても、今日は会場に部隊長達もいてくれると思うと心強いのは事実だった。
ヴァレン様の表情が少しだけ緩んだのを見て、ステラは「大丈夫」というようにまた微笑んだ。
「ご挨拶をよろしいでしょうか。王太子殿下、王太子妃殿下。」
先程まで耳元でやり取りしていた聞き覚えのある声がして、安心して振り返った。
だがステラはその姿を見た瞬間、ぎょっとして後退りしかけて、察したヴァレン様に腰をがっしりと掴まれた。
「久しいな、リーズ公爵。」
「お久しゅうございます、王太子殿下。
王太子妃殿下、改めてご挨拶を申し上げます。リーズ公爵でございます。どうぞお見知りおきください。」
戦闘部隊長とどことなく雰囲気の似た男性が、燕尾服を完璧に着こなして、完璧な麗しい公爵家当主として穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
(誰?!部隊長よね…?ローブじゃないだけでこんなに変わるの?!)
こんなところで話しかけられたのにヴァレン様に驚いた様子がないから部隊長なのだろうが、ステラはあまりの変化に驚きすぎて声が出てこない。
普段は自分で束ねているであろう髪は綺麗に整えられていて、激務でできたであろう隈も、戦いの痕跡も、何もかも覆い隠されているのか片鱗もない。
いつもの鋭い眼光の欠片もなく、文字通り穏やかな穏健派の公爵家当主にしか見えない。
鋭い眼光を放っているけどどこか親しみやすい武闘派の部隊長と、高貴で人の良さそうな穏やかな微笑みを浮かべる穏健派のリーズ公爵のどちらが本来の姿なのだろう、とステラは混乱していた。
驚きすぎて声が出なくて口をパクパクさせていると、ヴァレン様にクスッと笑われた。
「私の妃は社交に不慣れでな。」
「滅相もございません。お噂にはかねがね聞いておりましたが、誠に麗しくていらっしゃる。本日は御目にかかることができて光栄に存じます。」
「え、ええ…私もあなたとお話しできて嬉しいわ、リーズ公爵…。」
「よろしければ共にホールに参りましょう。」
「ああ。私もそなたと話したいと思っていたのだ。」
どうにか声を取り戻したが動揺を隠せなくて、任務中なのになんとも覇気のない声が出てしまった。
ヴァレン様が察して場を引き受けてくれたので助かった。
部隊長は人違いかと思うほどの高貴な微笑みをステラに向けると、一緒にホールに向かって歩き出した。
部隊長がステラの反対側からヴァレン様を守るように進んでくれるが、ステラはあまりにも別人過ぎる部隊長に動揺して一言も話せなかった。
ヴァレン様と話しながら歩く部隊長ことリーズ公爵をちらちらと見ながらも、ステラは外の《敵》の気配に集中することにした。
やはり、確実に近づいている。
一人は今までの敵にない魔力を持っている強敵だ。
帝国の皇帝陛下の近衛魔術師かもしれないと思い至ると、ステラは危機感で自分の心がすっと凪ぐのがわかった。
門以外から入ることは不可能だからまだ門は越えていないのだろうが、警戒して儀仗を握り直した、そのときだった。
「戦闘副部隊長です。西の門から《刻印》した《敵》が三名侵入しました。対応を願います。」
隠密魔法で声を消してさっと伝えた。
『師団長、承知した。私はホールで国王陛下と第一王妃陛下のお側にいる。警備部隊は至急、西の門を確認せよ。』
『戦闘部隊長、承知した。こちらは王太子殿下と戦闘副部隊長と合流しました。』
『警備部隊長、承知した。既に魔術師を向かわせています。』
リーズ公爵の口も無音で動いているのを見て、間違いなく戦闘部隊長だと確信してやっと安心した。
ステラがリーズ公爵に微笑むと、リーズ公爵も麗しい高貴な微笑みを送ってくれた。
そして口話で「防御」と言った。
もし今襲撃があったらステラは防御に徹しろと言うことだろう。
ステラは微笑みを張り付けながら頷いた。
《刻印》した敵がホールに近づいている気配がして、ステラは自分の魔力の密度を高めてヴァレン様にも纏わせるように広げた。
リーズ公爵こと部隊長がそれに気付いて、懐に手を差し込んだ。
恐らく隠し持った杖に触れているのだろう。
「戦闘副部隊長より情報共有です。《敵》がホールに近づいています。警戒してください。」
『師団長、承知した。』
『戦闘部隊長、承知した。』
皆の返事を聞きながら《敵》の気配に集中しているとホールに到着して、部隊長が一歩後ろに下がった。
ステラははっとして、ヴァレン様の腕をしっかりと掴んで微笑みを張り付けた。
「王太子同妃両殿下のお成り。」
侍従の声で扉が開かれる。
内心は戦場へ赴く気分だが、ステラは微笑みを顔に張り付けたままホールに入場した。
入場すると、ヴァレン様がステラの左手をそっと持ち上げて、薬指に口づけを落とした。
ヴァレン様の濃い金色の瞳がステラにだけはわかる心配の色を湛えていたので、安心してほしくて心から微笑んだ。
貴族達のざわめきが聞こえるが、ヴァレン様はまっすぐ国王陛下と第一王妃陛下がいらっしゃるホールの奥に進んだ。
いつもなら恐れ多くて逃げ出したくなるのに、今日は早く父の側に行きたくて気が急いた。
戦闘部隊長もステラのすぐ後にホールに入って、さりげなく後ろをついてきてくれている。
他の部隊長達を探す間もなく国王陛下の御前に到着したので、足を引いて頭を下げた。
「国王陛下、王太子ヴァレンがご挨拶を申し上げます。」
「よく参った。」
ヴァレン様のいつも通りの朗々とした声が響いた後、国王陛下が胸に響く声で言った。
「国王陛下、このめでたき日を心よりお祝いいたします。
国王陛下のご健康と御代の安泰をお祈り申し上げます。」
ヴァレン様がさっと頭を下げた後、ステラも続ける。
「国王陛下、このめでたき日に御目にかかる喜び、恐悦至極に存じます。
国王陛下のご健康と御代の安泰をお祈り申し上げます。」
落ち着いて話終えて、足を引いて頭を下げた。
「面を上げよ。」
国王陛下の声を聞きながら、ステラは《敵》のうちの一人がホールに入ろうとしているのを感じた。
顔を上げて父をじっと見る。
父が「敵か?」と口話したので、父の目を見て微かに頷いた。
「今年もそなたらとこの場を迎えることができて嬉しく思う。またいつでも会いに来るがよい。」
「恐れ入ります、国王陛下。それでは失礼いたします。」
『師団長より警備部隊長へ。戦闘副部隊長が《刻印》した敵がホールの入り口付近にいるはずだ。魔術が使われたら即刻捕らえよ。』
『警備部隊長、承知しました。』
ステラはヴァレン様の横で国王陛下と第一王妃陛下に微笑みながら、耳の魔道具の会話に意識を集中していた。
国王陛下も状況をわかっていらっしゃるのか手短に話を終わらせてくれて、その優しさにひれ伏したくなった。
ヴァレン様と一緒に頭を下げて下がろうとした時、ステラはさっと儀仗に魔力を込めて防御結界を展開した。
《敵》が魔力を込めたのだ。
同時にホールの入り口で魔力の衝突が起きて、貴族達の悲鳴が聞こえた。
父が国王陛下と第一王妃陛下を守るように立ち、戦闘部隊長がヴァレン様とステラを守るように前に立ってくれた。
近衛騎士も駆け寄ってきて剣を抜いて囲んでくれる。
ステラも儀仗を構えながら、耳の魔道具に魔力を込めて声を消して話した。
「戦闘副部隊長です。ホールに入った敵は一名です。少なくともあと二名がホールの付近に潜伏しています。」
『師団長、承知した。警備部隊長、状況を報告せよ。』
前の方からはまだ魔力の衝突が続いている。
警備部隊長の返事がないのでまだ戦闘中なのだろう。
「《天に反逆せし者よ、汝が罪は我が裁かん。我にひれ伏せ》」
父が詠唱すると瞬時に父の魔力がホールを満たして、魔力の衝突が収まった。




