205.近衛か妃か
「誠にちょうどよかった。そなたと話したいと思っていたのだ、王太子妃。」
「はい、国王陛下。」
ステラははっとして姿勢を正した。
国王陛下は変わらず優しい微笑みを向けてくれている。
「そなたは師団長を志していると聞いたが、その意志に変わりはないか。」
「恐れながら、さようでございます。父は私の魔法の師であり、超えるべき目標でございますゆえ、父の背中を追いたいと常に思っております。」
内心はステラの夢を国王陛下に知られていることに動揺したが、もしかしたら第一王妃陛下が伝えてくださったのかもしれないと思った。
動揺するような腑抜けだと思われないように、ステラは国王陛下の金色の目をまっすぐ見て答えた。
「そうか。天覧試合の言葉は空世辞ではないぞ。そなたには誠にそれだけの才と実力がある。
セレナの言う通り、王族だからと言って夢を諦めることはない。
鍛練に励み、魔法伯の後継となるがよい。」
「ありがたきお言葉を賜り、恐悦至極に存じます、国王陛下。」
ステラは国王陛下の優しさと第一王妃陛下のご助力が尊くて涙が出そうになったが、ぐっと堪えて頭を下げた。
「ヴァレン、この者の才はわかっておろう。腕に囲うのはよいが、国にとっても大切な才であることを忘れるでないぞ。」
ステラは恐れ多くなりながらも、国王陛下の言おうとされていることがなんとなくわかった。
国王陛下が「破滅の魔法」と呼んでくださった《星》の魔法は、もし戦争が起きたら戦場で大きな力となるだろうことは自分自身でもよくわかった。
だが、ヴァレン様の近衛魔術師であるステラは、主君の許可がないと動けない。
ヴァレン様がステラを戦場に出す許可を下さるのかは皆に心配されていたが、国王陛下もきっと同じ心配をされているのだろうと思った。
「…承知しております、国王陛下。ですが、私の大切な妃でもあります。」
「もちろんわかっておる。」
ヴァレン様が真剣な表情で答えた。やはり戦場に出るのは一筋縄でいかないだろうと思って、苦笑いをしてしまった。
国王陛下も困ったような表情を浮かべたが、ステラと目が合うと優しい微笑みを向けてくれた。
「王太子妃、そなたが持つ魔法の才だけでなく、その体も国にとって大切なものだ。己の命の価値を見誤るでないぞ。」
「身に余るお言葉を賜り、恐れ入ります。国王陛下。」
ヴァレン様は何があってもステラ以外の妃を娶るつもりはないとおっしゃっていたが、もしかしたら国王陛下もそれをご存知なのかもしれない。
王位継承者がヴァレン様のみとなった今、お世継ぎを産むのもステラに課された大切な使命だ。
この命はステラの意思でどうにかできるものではなくなったのだということは、心の中ではわかっていた。
でもやっぱり、近衛魔術師として命を懸けて主君に仕えるのがステラの一番の使命で、生き甲斐だ。
ステラにとってこの命は、主君を守るために差し出せと言われたら喜んで差し出すものなのだ。
どんな顔をしたらよいのかわからなくて顔を伏せていると、国王陛下はステラの心を見透かしたかのように言った。
「誠に魔法伯の教育が行き渡っておるのだな。」
「…恐れ入ります。国王陛下。」
国王陛下の言う通り、ステラは骨の髄まで父に叩き込まれている。
近衛魔術師は命に代えても主君を守り抜くのが使命で、王国魔術師は、命を懸けて国と王族を守るのが使命だと。
自分の命が軽いものではないのはわかっているけど、守るために命を懸けられないのなら王国魔術師とは言えない。
体が傷つくことを恐れていたら、師団長になどなれるはずもない。
ヴァレン様もステラの胸の内をわかっているのか、繋いでいた手をぎゅっと握った。
主君を不安にさせてはいけない、とステラは顔を上げて言った。
「国王陛下、王太子殿下。私は自分の身は自分で守りきります。どうかご心配なさらず、心安らかにお過ごしください。」
国王陛下とヴァレン様は顔を見合わせて困ったような表情を浮かべた。
恐れ多くもお二人が言いたいことはわかっていたが、王族に嘘をつくことなどできない。
ステラは決して「命を大切にする」とは言わなかった。
『師団長より各部隊に告ぐ。帝国の魔術師が、門番の騎士を錯乱させようとした形跡があった。侵入に警戒せよ。』
突然父の声が耳元で響いて、ステラははっとした。
すっかり気が抜けていたが、ここには国王陛下の近衛魔術師の代理を務めるために来たのだ。
ステラはヴァレン様と繋いでいた手をほどくと、さっと姿勢を正して臣下の礼をとり、頭を下げた。
「師団長より報告がありました。帝国の魔術師が、門番の騎士を魔法で錯乱させようとしたとのことです。
師団長がお戻りになられるまで私が責任を持ってお守りしますので、ご安心下さい。」
急に護衛になったステラにお二人は再び顔を見合わせると、今度はお二人ともなぜか笑い出した。
笑っている場合ではないのではないかと思いながら、感情を押し殺して杖を握って警戒に当たった。
五分程で、僅かに息を切らしてはいるがいつも通りの父が戻ってきた。
転移魔術が使えないので走ってきたのだろう。
西の門はここからは普通に歩いたら二十分はかかるから、父の俊足と体力に驚いた。
「お側を離れてしまい申し訳ございませんでした、国王陛下。」
「よい、魔法伯。王太子妃と話がしたかったゆえ良い機会であった。」
「恐れ入ります、国王陛下。」
顔を上げた父が驚いたようにステラを見たので、微笑んでおいた。
父にあの話を聞かれるのは照れ臭かったから、父の前じゃなくてよかった。
「国王陛下、誠に恐れ入りますが、師団長として王太子妃殿下とお話ししてもよろしいでしょうか。」
「師団長としてでも親子としてでも好きにするがよい。」
「寛大なお心に感謝いたします。」
今度はステラが驚いて父を見るが、師団長として話すと言っていたのを思い出して慌てて敬礼をした。
「いかがなさいましたか、師団長。」
「これを覚えろ。」
父はそう言って懐から折り畳まれた紙を取り出した。
「師団長、これは…。」
「私が天覧試合で使った魔術だ。どのようなものかは見ればわかる。覚えたら燃やせ。誰にも言うな。」
ステラは父の言葉に目を瞠るが、すぐに頷いた。
「承知しました、師団長。ありがとうございます。」
ステラが再び敬礼をしてさっと頭を下げると、父は再び国王陛下に向き合った。
「以上でございます。貴重なお時間をいただきありがとうございました。」
「もうよいのか。私と王太子のことは気にせずゆっくり話すがよい。」
「貴重なお時間をこれ以上頂戴するわけには参りません。寛大なお心をいただきありがとうございました。」
父がきっぱり言ってさっと頭を下げたので、ステラも一緒にぴしっと頭を下げる。
国王陛下とヴァレン様はまたお二人で顔を見合わせた後、何が面白いのかわからないがまたお二人揃って仲良く笑われた。




