204.襲来※
※R15注意
湯殿の恥ずかしい出来事から何事もなく数日が経ったある日、ステラは早朝になんとなく嫌な予感がして目が覚めた。
ぱっと起き上がって近くの窓に駆け寄り、少しだけ窓を開けて杖をかざす。
やはり、《敵に刻印する》魔術が微弱に反応していた。
ステラは魔道具のイヤーカフに魔力を込めた。
「早朝に失礼いたします。戦闘副部隊長より情報共有です。
《刻印》した敵の気配がします。帝国の魔術師が王城近くに潜伏している可能性があります。王城の門にかけた結界に反応があればまた知らせます。」
外はまだ日が昇り始めたばかりだが、すぐに父の硬い声が返ってきた。
『師団長、承知した。各部隊、警戒せよ。警備部隊は城門周辺の警備を強化せよ。』
『警備部隊長、承知しました。』
各部隊長もすぐに返事が返ってきた。
早朝に起こしてしまって申し訳ないが、すぐに各部隊が動いてくれるなら安心だ。
ほっと息をついていると、ヴァレン様の声がした。
「おはよう、ステラ。朝から偉いね。」
「ヴァレン様、おはようございます。起こしてしまって申し訳ございません。」
ヴァレン様は濃い金色の瞳をぱっちりと開けて、優しくステラに微笑んでいた。
ステラの声で起こしてしまったのだろう。
隠密魔法で声を消せばよかったと思ったが、ヴァレン様にも知っておいてほしいことだ。ステラはベッドの横に駆け寄って跪いた。
「ヴァレン様、帝国の魔術師が近くに潜伏していますが、私がお守りしますのでご安心下さい。」
臣下の礼をとろうとすると、その手をとられてベッドに引きずり込まれた。
「ステラ、私から離れないでね。」
耳元で囁かれる声には致死量の色香が滲んでいる。
「は、はい。お側でお守りします。」
ヴァレン様がいつも通りすぎて調子が狂ってしまいそうになるが、敵が近くにいるのだと気を引き締めていると、そのままベッドに体を押し付けられた。
「ヴァレン様…?」
「たくさん時間があるから、たっぷりステラを可愛がれるね。」
「な、なりません!任務、が……んっ……」
ステラを遮るように首筋を舌が這って、自分から漏れた声に赤面した。
「ヴァ、レンさま…っ……あっ……」
抵抗したいのに、腑抜けた体はヴァレン様から与えられる刺激に反応してしまう。
結局そのまま溶かされることになったが、ステラが起こしてしまった部隊長達が朝から忙しく連絡を取り合う声が耳から聞こえてきたので、その度に現実に戻ってきて恥ずかしくて沸騰した。
ヴァレン様には声が聞こえていないはずなのに、ステラが赤面する度に察されてもっと恥ずかしい思いをさせられた。
体を離される頃には罪悪感と羞恥でいつも以上にヨレヨレになっていた。
侍女を呼んで王国魔術師にローブに着替えながら、ステラは再び外の《敵》の気配に集中していた。
舞踏会は明後日だ。まだ城の中に潜入するには早いだろうが、入ってこないとも限らない。
ステラはピリピリしていたが、ヴァレン様は全く動じた様子はなく、いつも通り優雅に支度をされていた。
ぼーっと眺めていると、一見いつも通りに見えるけど、時々その表情に僅かに憂うような影が落ちているような気がした。
王族は揺らいではならない、という女官長の言葉が脳裏によぎる。
ヴァレン様は気にしていないのではなく、動じていないように周りに見せているのだとやっと気がついた。
ステラも自分がピリピリして周りを心配させてはいけない。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、自分の中にある焦りや不安をすっと押し殺した。
ふとヴァレン様と目が合うと、優しく微笑まれた。
察しのいいヴァレン様だから、ステラの気持ちの変化に気付いてくれたのかもしれない。
ステラもヴァレン様を安心させたくて、いつも通りの微笑みを顔に張り付けた。
◇◇◇
その日、ヴァレン様と一緒に城内を移動していると耳から連絡が入った。
『諜報部隊長から師団長へ。帝国の魔術師のものと思われる魔術の痕跡を発見しました。恐れ入りますが、西の門にお越しいただけますでしょうか。』
『師団長、承知した。戦闘部隊長、「謁見の間」に来られるか。警護を代わってくれ。』
『戦闘部隊長です。騎士団にて合同訓練をしておりますので、到着まで少々お待ちください。』
ステラはちょうど「謁見の間」の近くにいた。
ヴァレン様はこの後特に予定はないので聞いてみようと思った。
「ヴァレン様、少しよろしいでしょうか。」
「どうしたの?」
ヴァレン様が立ち止まってくれたので、自分とヴァレン様の周りにさっと防音結界を張って、耳元に顔を寄せて話した。
「西の門で帝国の魔術師の痕跡が見つかったようで、師団長の力が必要です。師団長の代わりに国王陛下を警護する者を探しているのですが、今から『謁見の間』に向かうことは可能でしょうか。」
「ああ、いいよ。行こうか。」
「恐れ入ります、ありがとうございます。」
ステラはヴァレン様に一礼して防音結界を解除すると、隠密魔法で声を消しながら耳の魔道具に魔力を込めて話した。
「失礼いたします。戦闘副部隊長が『謁見の間』の近くにおります。王太子殿下のご許可をいただきましたのですぐに向かいます。」
『師団長、承知した。』
『戦闘部隊長、承知した。助かるよ。』
ステラが話し終えると、ヴァレン様に微笑みながら左手を取られた。
任務で行くのにエスコートされている場合ではない、と慌てて言う。
「ヴァレン様、任務が…」
「ステラ、せっかくだし国王陛下にお誕生日のお祝いのご挨拶に行こうか。」
ステラの言葉に被せるように麗しい微笑みを浮かべながら言われて、はっとした。
確かに、急にヴァレン様が国王陛下と謁見されたら周囲の者は何事かと思うだろう。
「はい、ヴァレン様。久しぶりに陛下にお会いできるのが楽しみです。」
ステラもいつもの微笑みを張り付けて言うと、ヴァレン様はにこっと微笑んで頭を撫でてくれた。
ヴァレン様にエスコートしてもらって廊下を進むと、すぐに「謁見の間」に到着した。
「王太子同妃両殿下がお見えです。」
「お通しせよ。」
中から父の声がして、扉が開かれる。
父はヴァレン様に臣下の礼をとって深く頭を下げると、さっと退出していった。
敬礼しそうになったのをなんとか耐えて見送った後、ヴァレン様と共に国王陛下の御前に進んで頭を下げた。
「父上、お久しゅうございます。妃と共にお誕生日のお祝いのご挨拶に参りました。」
「面を上げよ。」
優しい声がして顔を上げると、国王陛下は父から聞いていたのか、特に動じずに優しい微笑みを浮かべていた。
「よく参ったな。」
「恐れ入ります。父上のめでたきお誕生日をお祝い申し上げます。ご健康で心安らかな一年となりますよう、願っております。」
ヴァレン様がいつも通りの朗々とした声で言って再び頭を下げたのでステラも横で従う。
顔を上げると、国王陛下が微笑みを消して言った。
「王太子、ちょうどよい。そなたと王太子妃に話がある。」
「承知しました。皆の者、退出せよ。」
「「「承知しました、王太子殿下。」」」
ヴァレン様の一声で「謁見の間」にいた大勢の侍従と侍女や、ヴァレン様について来た侍従や侍女、騎士達が退出して、王国騎士団長と国王陛下の近衛騎士のみが残った。
扉が閉まると、国王陛下はまた微笑みを浮かべてステラに目を向けて言った。
「魔法伯から事情は聞いている。楽にせよ。」
「恐れ入ります、国王陛下。」
ステラはほっとしてヴァレン様にエスコートされていた腕を下ろそうとしたが、今度は手をぎゅっと握られた。
国王陛下の御前で何をするのかとヴァレン様を見上げるが、気にした様子もなく麗しい微笑みを浮かべられた。
「ヴァレンは相変わらず妃に執着しているのだな。」
国王陛下に苦笑いされて、ステラは慌てふためく。
「私の愛しい妃でございますゆえ。」
ヴァレン様が麗しい微笑みを浮かべたまま言うので、今度はぼぼっと沸騰した。
ステラがわたわたとしていると、国王陛下にクスクス笑われて、驚いて顔を上げた。
「そなたは誠に面白いな。見ていて飽きぬ。」
「お、お、恐れ入ります、国王陛下。」
任務で来たのにすっかり調子が狂ってしまい、おどおどしながら答えると横からヴァレン様にも笑われた。




