201.破滅の魔法
「それでは、始め。」
「《全ての侵入を防ぎ、民を護れ》」
審判の魔術師の声が響くのと同時に、ステラは素早く詠唱して、父が立っている訓練場の向こう半分を覆う大きな結界を張った。
本来は結界の中にいる者を守るために《あらゆる侵入を拒む》魔術だが、こうしておけば転移魔術を発動できないので父の《転移》を防げる。
同時に無詠唱で自分に防御結界をかける。もちろん、結界内に転移魔術で入ってこられないように改良してある。
父の攻撃が頭上から降り注いだが、改良を重ねた結界はひび割れることなくその攻撃を防いでくれた。
張った瞬間から父によって《転移》を防ぐ結界が解除されかかっていることを察した。
結界に魔力を込めて防ぎながら、上空に隠密に結界を張り、無詠唱で《転移》した。
「《全ての侵入を防ぎ、民を護れ》」
ステラは上空から再び詠唱して、今度は訓練場全体を覆うように結界を張った 。
同時に、ステラの魔力を察知した父が上空から無数の雷を放ち、地上から無数の鋼の刃を放つ。
「《訪れし災厄を打ち払え》」
無詠唱の結界では危険なので詠唱して防ぐと、再び無詠唱で隠密に別の結界に《転移》した。
父はステラに絶え間なく攻撃しながら一つ目の結界を解除して、もう一つの結界の解除にかかっていた。
もう時間がない。
視界の端に右手につけたブレスレットが輝いて、ステラは覚悟を決めた。
自分に無詠唱で防御結界を張ると、杖を天高く掲げて詠唱した。
「《天に宿りし星の力よ、地上に降り注ぎ、敵を滅ぼせ》」
ステラが詠唱すると、足元に赤い魔方陣が光り輝いた。
魔方陣から天に向けて魔法が放たれると、空が一瞬で暗くなって無数の星が瞬く綺麗な夜空が現れた。
これはただの幻覚魔法だ。
夜空で一際明るく輝く一つの星が流れ星のように尾を引いたかと思うと、地上に向かって猛スピードで降ってきた。
ステラが父の防御結界を打ち破るために考えた、星の魔法だ。
魔力で編み出した隕石が天から猛スピードで落ちてくるので、訓練場に衝突したら一溜りもないはずだ。
地上に張った結界はまだ解除されていない。
父は落ち着いた様子で防御結界を張って構えていた。
まさか防がれるのだろうか、と心配している間に、隕石は地上に落ちた。
その瞬間、ふっと父の魔力が消えた。
隕石が訓練場の地面にめり込むように衝突すると凄まじい地響きがして、瞬く間に土埃が空高く上がり、衝撃波が訓練場を囲っている結界にひびを入れていく。
ステラも防御結界越しにその衝撃を感じて、初めて使った魔法が持つ威力に驚いた。
訓練場と観客席を隔てるように何重にも張り巡らされた父の防御結界が瞬く間にひびだらけになり、一つ、また一つと破られていく。
最後の一つに亀裂が入ったのを見て、ステラは慌てて星の魔法を解除した。
これが破れてしまったら観客席に危害が及ぶ。
「《訪れし災厄を打ち払い、民と主君を護れ》」
ステラが詠唱して防御結界が張り直されたのと、父の最後の防御結界が破られたのは同時だった。
自分で考えた魔法だが、その衝撃が杖からビリビリと伝わるとあまりの威力に怖くなってきた。
油断したら自分の結界まで破れてしまう。
ステラはぐっと杖先に魔力を込めて、衝撃波が収まるまでやり過ごした。
やがて土埃が収まると、訓練場は抉られたような大きな穴で埋め尽くされていた。
どこにも父の姿がない。
父の魔力を感じない。
まさか、父を、この国の王国魔術師団長を、消し炭どころか燃え屑も残らず殺してしまったのだろうか。
父がステラの魔法で死ぬことはないと思っていたけど、ステラは急に恐ろしくなって体が震えてきた。
慌てて地上に《転移》しようと防御結界を解除したとき、聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
「派手にやったな。勝手に私が死んだことにするな。」
振り返ると、金髪をオールバックにして鷹揚に構えた父が真っ白なローブのまま笑顔で浮くように立っていた。
どうやってあの状況を抜け出したのかはわからないが、生きていたのだ。
ステラはその笑顔を見て急に気が抜けて腰も抜けた。
「ひゃっ…」
「おい、落ちるぞ。」
瞬きの間にステラの横に《転移》した父が、崩れ落ちかけたステラを抱き止めてくれた。
「おと、師団長、すみません。ありがとうございます。……あっ」
父に横抱きにされているが、まだ杖を持ったままなことに気付いて手放そうとすると、首を横に振られた。
「今日の試合は中止だ。まさかお前が私の結界を打ち破るとは思わなかった。」
ステラが父の言葉に目を瞠って瞬きをした瞬間、
「ひゃっ」
急に景色が変わって驚いた。
父に抱かれたまま、訓練場にできた大穴の中心にいたのだ。
父がステラを抱いたまま無詠唱で《転移》したのだと気付いて、ステラは再び目を瞠った。
人を連れて《転移》できることにも、それを無詠唱でできることにも驚いた。
やはりステラは父には永遠に敵いそうもない。
ステラが尊敬の気持ちを込めて父を見上げると、父は優しい微笑みをステラに向けてくれた。
ステラが観客席を守ろうと咄嗟に張った防御結界もひびだらけになっていたので、観客席のざわめきがそのまま聞こえてきた。
開始三分で急に訓練場に隕石が降ってきて師団長が消えたと思ったら、一分後にはいきなり大穴の中心でステラを横抱きにして立っているのだ。
混乱するのもしょうがないだろうと思った。
「立てるか?」
「…立ちます。申し訳ございません、師団長。」
皆の前で父に横抱きにされているのは幼子のようで恥ずかしかった。
ステラは父にそっと下ろしてもらうと、立たない腰を無理矢理立たせた。
震えながらもどうにか父に支えられて立ち上がると、父は呆れたように笑った。
そして、二人で貴賓席に向かって臣下の礼をとり、頭を下げた。
父とステラの真っ白なローブが大穴の中心で陽射しを浴びて眩しく輝いた。
頭を下げると腰が震えてまた抜けそうになったので、父に笑われながらがっしりと腰を支えてもらった。
一息おいて、観客席から拍手と歓声が沸き起こった。
貴族達が驚きながらも惜しみなく拍手を送ってくれるので、ステラは嬉しくなって父を見上げた。
父が嬉しそうに微笑んでいたので、ステラも笑顔で観客席に軽く頭を下げた。
王国魔術師として恥ずかしすぎるが、腰がまともに立たない。
ヨタヨタしながらも父に支えられてどうにか貴賓席の方向に歩いていると、聞き慣れた鎧の音がして顔を上げた。
真っ白な軍服を纏ったヴァレン様が心配そうな顔をして貴賓席から降りてきてくれていた。後ろから警備部隊長と近衛騎士もついてきている。
慌てて姿勢を正すが、腰が立たないのでまた父が腰をしっかりと掴んでくれた。
「ステラ、何があったんだ。大丈夫?」
ヴァレン様はステラに駆け寄ると、気遣わしげに頬を撫でた。
「すみません。おと、師団長を殺してしまったのだと勘違いして、腰が抜けたんです。」
安心してほしくてステラがヴァレン様の目を見つめながら言うと、ヴァレン様は一瞬動きを止めた後、盛大に吹き出した。
「…っ、ステラ。なんだ。無事ならよかった。」
ヴァレン様は笑いすぎて目の端に滲んだ涙を押さえている。
「王太子殿下、わざわざご足労いただき申し訳ございません。」
「よい。ステラは私が運ぼう。」
父がヴァレン様に頭を下げると、ヴァレン様は笑いながらそう言って、ステラを横抱きにしようとした。
「で、殿下!なりません!皆が…」
「抵抗するなら口を動かなくするよ。」
「ひっ…」
大勢の貴族達の前で王太子殿下に運んでもらうなど王国魔術師失格どころか大逆罪で打首でもおかしくないのではないかと思ったが、そう言われては何も言えない。
父も何も言わなかったので、ステラは黙ってヴァレン様に貴賓席まで運んでもらった。




