200.決戦の日
いよいよ、父と戦う天覧試合の日を迎えた。
ステラがボロ負けしたらステラの主君であるヴァレン様にも迷惑がかかると思って、ステラは朝からガチガチに緊張していた。
ベッドに腰掛けてぼーっとしながら今日使う魔術を頭の中で展開していると、横になっていたヴァレン様に顔を覗き込まれた。
「ステラ、大丈夫?」
「だ、だ、だ、大丈夫でしゅっ」
「っ…落ち着いて。」
大丈夫じゃなくて盛大に噛んでしまい、ヴァレン様が吹き出した。
ヴァレン様は笑いすぎてお腹を抱えながらも起き上がって、優しくステラの頭を撫でてくれた。
「ステラなら大丈夫だよ。たくさん頑張ったんだから、消し炭にはならない。」
ヴァレン様に言われるとなんだか大丈夫な気がしてくる。
ちらっとその顔を見上げるとヴァレン様はまだ笑いを耐えていたが、目が合うと優しく微笑んでくれた。
「ステラ、目を閉じて。」
「は、はい…。」
突然言われて戸惑うが、主君の命令は絶対なのでステラはそっと目を閉じた。
何やら音がして、ステラの右手をヴァレン様の手でそっと取られた。
ひんやりする感覚がして何だろうと思っていると、耳元で囁かれた。
「開けていいよ。」
ステラがまたそっと目を開けると、視界の端に何かがきらめいた。
はっとして右手を見ると、華奢な金のチェーンのブレスレットが巻かれていた。
真ん中に輝く星のようなモチーフの宝石が嵌められていて、ステラは目を瞠った。
「今日のお守り。ステラが一番輝けるように。」
ヴァレン様は驚いて固まるステラを見て、優しく目を細めた。
心を見透かされたような贈り物に驚きながらも、ステラは心がすっと凪いでいくのがわかった。
ヴァレン様が下さったこのお守りがあれば、今日の魔法もうまくいく気がした。
「…ありがとうございます、ヴァレン様。ヴァレン様のおかげで大丈夫になりました。私、頑張ります。」
ステラがヴァレン様の濃い金色の瞳を見て微笑むと、ヴァレン様も嬉しそうに微笑んで、また頭を撫でてくれた。
◇◇◇
王国魔術師の正装のローブを纏って、ヴァレン様と共に第一訓練場に入場した。
今日は王族に加えて上位貴族が集っているので、訓練場はいつになく華やかな雰囲気が漂っている。
訓練場に入ると、観客席にいたノクティス公爵と目が合って優しく微笑まれた。
応援の気持ちが伝わってくる優しい微笑みが嬉しくてステラは笑顔で会釈を返すと、ヴァレン様と共に貴賓席に向かった。
貴賓席にはまだ誰も来ていなかった。
第一王子殿下の姿がないことにまだ慣れなくて何とも言えない気持ちになりつつも、感情を押し殺して今日の試合に集中した。
ステラが訓練場を見つめてぼーっとしていると、ヴァレン様がステラの右手をとって優しく握ってくれた。
「ステラ、無理はしないで。君が生きていてくれればそれだけで十分だから。」
「ありがとうございます、ヴァレン様。少しでも安心していただけるように頑張ります。」
「消し炭にさえならなければ頑張らなくてもいいよ。」
ヴァレン様がそう言ってクスクス笑うので、ステラも釣られて笑ってしまった。
ヴァレン様と手を繋ぎながらぼーっと待っていると、鎧の音がしたので慌てて頭を下げる。
手をほどこうとしたが、ぎゅっと固く握られていたのでほどけなかった。
諦めてそのままにしていると、衣擦れの音がして国王陛下と第一王妃陛下がいらっしゃった。
ヴァレン様が顔を上げたのでステラもそれに倣うと、第一王妃陛下と目が合って、美しく一礼された。
「そなたと魔法伯の戦いが見られるとは、実に楽しみにしておる。」
「恐れ入ります、国王陛下。陛下のご期待に添えるべく、全力を尽くして参ります。」
国王陛下の優しいお声かけに、ステラは深く頭を下げた。
「またステラさんの魔法を見ることができて嬉しいわ。無理はしないでね。」
「お気遣いをいただきありがとうございます、お母様。」
ヴァレン様と言うことがそっくりな第一王妃陛下に思わず笑顔が溢れると、第一王妃陛下もにこっと優しく微笑んでくださった。
最後にヴァレン様の目を見て頷くと、繋いでいた手をそっと離された。
「そなたの輝きを楽しみにしている。」
胸に響く声がして、ステラは手を胸に当てる臣下の礼をとって頭を下げた。
「勿体無きお言葉、恐悦至極に存じます。行って参ります。王太子殿下。」
最後にもう一度ヴァレン様の濃い金色の瞳を目に焼き付けてから、ステラは国王陛下の後ろに控える父を見た。
父は何の感情も感じさせない表情で頷いてから言った。
「私共の代わりに戦闘部隊長と警備部隊長が警護についております。どうぞご安心いただき、ごゆるりとお楽しみくださいませ。」
父が臣下の礼をとって頭を下げたので、ステラもそれに倣った。
父の後に続いて退室して、訓練場に向かった。
◇◇◇
貴賓席から訓練場に下りるまでの間、父は無言のまま、ステラを見ることもなく淡々と前を歩いていた。
いつもとは雰囲気の違う父にこの国の師団長としての恐ろしさを感じて怖じ気づきそうになったが、右手のブレスレットに目を向けてなんとか耐えた。
訓練場と観客席の間には、いつも以上に念入りに何重にも防御結界がかけられていた。
父が自分の魔術による被害を防ぐためにかけた防御結界はやはり美しく、完璧に隙のない物だった。
今日使う魔術を頭の中で何度も展開して、大丈夫、できる、と自分に言い聞かせる。
ステラはずっと考えていた自分だけの魔術を使おうと思っていた。
訓練に行けていなかったので試してはいないが、理論上はうまくいくので大丈夫だと確信していた。
この魔法で父の完璧な防御結界を打ち破れるかはわからない。
でも今のステラの全身全霊をかけた魔法で父と戦うことを考えると、恐怖がだんだん楽しみに変わってきた。
大丈夫な気がする。
貴賓席を見上げて微笑むと、なんとなくヴァレン様も微笑んでくださっている気がした。
訓練場の真ん中に立つと、父が初めてステラに目を向けて、何の感情も感じさせない表情で言った。
「手加減はしない。私を殺す気で来い。」
「はい、師団長。本日はよろしくお願いいたします。」
ステラが敬礼をすると、父は静かに頷いた。
二人で貴賓席の方を向いて臣下の礼をとって頭を下げる。
観客席から拍手が送られた。
今年は見てほしい人がすぐそこにいる。
大好きな人がくれたお守りが腕にある。
そしてずっと憧れてきた父が、本気で戦ってくれる。
ステラはこの場で父と戦える喜びを感じて、再び微笑んだ。
練習場の端と端で父と向き合う。
父が魔力を解放すると、体が押し付けられるような質量の魔力が訓練場を包み込んで、呼吸することすら憚られるほどの息苦しさを感じた。
ステラもその魔力に対抗するように自分の魔力の密度を高めて解放する。
ステラの魔力が父の魔力を押し返すが、訓練場の真ん中でぴたっと止まった。
これ以上は来させないという父の意思を感じて、ステラは気を引き締めた。
遠くで向かい合っている父と目が合った。
父は、無詠唱でできるような小手先の攻撃魔法では倒せない。
ステラは杖を握り、審判の声がしたらすぐに展開しようと思っている魔術を頭の中で発動寸前の状態まで持っていった。
「それでは、始め。」
審判役の戦闘部隊の魔術師の声が訓練場に響いた。




