2.アルカニス魔法伯
「ステラ!久しぶりだな。すごいことになってるな。」
三日間護衛してくれた騎士にエスコートされて馬車から降ろしてもらい、恐縮しきりでお礼を言っていると笑い声が聞こえた。
「お父様!笑い事ではございませんわ。
もうどうしたものか…。」
大好きな父、アルカニス魔法伯が笑いすぎてずれた片眼鏡を直しながら出てくるところだった。
「ステラが首席とはな。聞いたときは陛下の前なのに思わず崩れ落ちたよ。」
「私も騎士から聞いて気絶しましたわ。」
「気絶!はは、それはトムスも驚いただろうな。
レオナルドから聞いたんじゃないのか?」
「じいやの寿命を縮めてしまったかもしれませんわね。レオ様からそのような伝令を預かりましたが、ご冗談かと思いましたの。」
「冗談であの花は送らないだろ。」
「お父様も共謀してらっしゃったなんて。
早く知らせてくだされば気絶せずに済みましたのに...。」
いつも通りの父を見て、ステラは思わずほっと息をついた。
「ステラ、本当にあなたは…。」
父の影から痛ましいものでも見るかのような目で姿を表した栗色の髪の、ステラの姉でもおかしくない見た目の女性が、ステラの母だ。
目元が生き写しのようにそっくりだとよく言われる。
「ヴェラ、心配はわかるがまずはおめでとうだよ。」
「…そうよね。ステラ、ごめんなさいね。本当に頑張ったわね。おめでとう。」
「その通りだ、ステラおめでとう。
父様は本当に誇らしいよ。
宣誓の練習はいくらでも付き合おう。」
「ありがとうございます、お父様、お母様。」
母の心配性は今に始まったことではない。
母は、子爵令嬢として王都で何不自由なく育ったお嬢様だ。
花嫁修行のために侍女として勤めていた名のある家でステラを妊娠して退職後、未婚のまま出産した。
生まれた子が、王家の色である白に近い白銀色の髪を持っていたことで自分の手では守りきれないと恐れおののき、産後間もない体で幼なじみで王国魔術師である父を訪ね、庇護を求めた。
その後、父は王国魔術師団での活躍により爵位を得て母と結婚して今に至るのだが、母はいつだってまるで私が誰かに攫われるかもしれないと言わんばかりに心配性だ。
「目立たず生きろ」も母の教え。
私の髪の色で、大きくなってからは人よりも多い魔力で、人の目を惹くかもしれないと案じた母は社交界から私を遠ざけ、領地で目立たず、でも幸せに過ごせるよう計らってくれた。
「王家の色」とはいうけれど、私の髪は少しくすんでいて、遠目で見た王族の方々のような輝かしい白銀ではないし、王家の血を引いているわけもないだろうから、何かのいたずらで偶然似たような色に生まれたのだ。何も心配することはない。
でも少しでも両親を心配させないように、幼い頃から魔法も学問も武術もたくさん勉強して、練習してきた。
両親から言われた通りに、髪の毛の色を変える魔道具の指輪もつけている。
大層な護衛をつけてもらって申し訳ないけど、誰も私なんか狙わないし今なら自分の身は自分で守れる、と思う、多分。
「入学までは久しぶりにみんなでゆっくり過ごしましょうね。」
「そうだな、ヴェラ。
ステラ、お前の好きな焼き菓子を王都で人気の店で買ってきたんだ。みんなでお茶にしよう。」
「ふふ、ありがとうございます、お父様。
そういたしましょう。」
入学のために準備した重たいトランクを使用人に部屋まで運んでもらい王都の屋敷を任されている執事の案内で茶室に向かう。
「でも首席だなんて、いつの間にそんなに勉強したんだ?」
「お父様の書庫にあった魔導書は、幼い頃から読んでおりましたから。
それに、実はレオ様に実技を手伝ってもらっていたんです。」
王立魔法学院の受験を決めたのは三年前。
それからは長期休暇の度に、既に入学していて成績もトップクラスのレオナルド・リュクス公爵令息を相手に対人魔法の練習をして、レオナルドがいないときは一人でもできる対物魔法や結界魔法、魔術の練習に励んでいた。
「あの部屋の本は古代語で書かれたものもあるのにそれを読んだだけで…お前は本当に…。」
(父様の娘かと言いかけたのね。)
父は、私と血が繋がっていないことを時々忘れている。
それくらい、実の娘として愛してもらっているのだ。
「お父様の娘だから頑張ったのですよ。
お父様のように立派な魔術師になりたくて。」
「ステラ、貴方本当に立派になったわね。
母様は心強いわ。
でも心配なの、貴方が貴族に近づくことが。
あなたが手の届かないところにいなくなってしまうんじゃないかって、心配なの。」
「私は権力にも貴族にも興味はございません。勉学に励みますのでお母様も心配なさらないで。」
名のある家としか聞いていないが、恐らく上位貴族であろうステラの実父に人生を乱された母。
気持ちはわかるが、既に輪ができているであろう王都育ちの貴族たちと仲良くなるために学院に行くわけではないし、入学式を終えたら地味に勉強して、そっと卒業するつもりだ。
父が片眼鏡越しにじっとこちらを見つめてくる。
父の片眼鏡は国王陛下から賜ったもので、「真実を見抜く」という「王家の魔法」の一種である精神魔法がかけられている。
「元々疑っているわけではないが真実だよ、ヴェラ。
色恋に現をぬかすつもりはなさそうだな。」
「お、お父様ったら…!
でも本当にご安心なさってくださいね、お母様。
ステラはずっとお母様の娘で、ずっとお側におりますわ。」
「いつか貴方が愛する人と結婚するまでは側にいてね、ステラ。」
鍛練一筋で生きてきた自分に愛する人なんて見つかる気もしないが、にっこりと微笑んでおいた。




