196.愛しい瞳※
来賓が集う大聖堂の裏側に回ると既に父がいたので、ステラは無理矢理ヴァレン様の腕をほどいて敬礼した。
父が頷いたので手を下ろすと、下ろした手を再びヴァレン様に掴まれた。
父が苦笑いでヴァレン様を見たが、ヴァレン様は麗しい微笑みを返していたので、ステラはまた抵抗を諦めた。
式が始まり、来賓が入場するときもそのままだったのでステラが慌てて手をほどくとムッとした顔をされたが、どうにか祭壇に進んでくれた。
ほっと息をついて父を見るとまた苦笑いを浮かべていた。
ステラが祭壇の前で警戒を当たっているとき、クリスフォードとドラードの二人と目が合ってニヤッと微笑まれた。
先程の口付けのことだろうと思って顔を歪めると、声には出さないまま笑われた。
アリスはようやく涙が収まったようで、ステラにいつも通りの明るい微笑みを向けてくれた。
「それでは、新入生代表による宣誓と王家による『豊穣の魔法』を執り行います。」
司会の声が響き、ステラは壇上に目を向けた。
壇上に上がった今年の首席入学生を見て、ステラは目を瞠った。
アリスにそっくりの青年が魔方陣の前に跪いたのだ。
ステラが驚いてアリスを振り返るとアリスが頷いて嬉しそうに微笑んだ。
ステラもアリスの弟が、ヴィルゴー伯爵家のご嫡男が首席入学生なことが嬉しくて微笑み返した。
「面を上げよ。リアム・ヴィルゴー。我と王国に誓いを述べよ。」
いつも通りの胸に響く声が朗々と会場に響いた。
ヴァレン様は知っていて教えてくれなかったのだと気づいて、心の中で睨んでおいた。
「…この力が王国の大地を満たし、民に豊穣をもたらすよう願います。」
アリスの弟が宣誓を終えて魔方陣に魔力を込めると、ヴァレン様の瞳が深紅に染まった。
指輪がいくつも輝く手を魔方陣にかざすと、魔方陣が金色に輝く。
ステラがぼーっと見ていると、ふとヴァレン様の深紅の瞳と目が合ってにこっと微笑まれた。
目の前にいる御方は尊い王太子殿下なのに、ステラを見つめる瞳は愛しい大好きなヴァレン様だから、ステラはどうすればいいのかわからなくなって、顔を赤くしないように必死に堪えた。
ヴァレン様が何かを呟くように詠唱すると、魔方陣から大聖堂の天井に向かって金色の柱が現れた。
金色の光に包まれる深紅の瞳のヴァレン様が神秘的で美しくて、ステラはその瞳から目が離せない。
ヴァレン様がふわっと手を上に掲げると、金色の魔力の波がステラの足元に打ち寄せた。
ヴァレン様の魔力を浴びた体は全身の血管が歓喜に震えて、瞳が熱くなる。
きっと、ステラの瞳は深紅に染められているのだろう。
ヴァレン様は嬉しそうに深紅の瞳を細めてステラを見つめていたので、今度はステラも微笑み返した。
体の歓喜が収まってはっとすると、ヴァレン様は瞳を濃い金色に戻してアリスの弟を見つめた。
ステラも慌てて会場に向き直った。
会場の生徒も保護者も美しい「豊穣の魔法」の光景にうっとりと見入っていた。
来年には学院の生徒ではなくなってしまうけど、これからもヴァレン様の近衛魔術師としてこの光景を見られることを幸せに思った。
◇◇◇
入学式を終えて王城に戻る馬車に向かっていたとき、ヴァレン様がふと思い出したかのように言った。
「ステラ、寮に行こうか。」
ステラは予想もしていなかった言葉に、立ち止まって目を丸くした。
「ご公務は大丈夫でしょうか?」
「伝令を送れば大丈夫。ステラの誕生日だしレオもわかってくれるよ」
「…ありがとうございますっ。嬉しいです。」
ヴァレン様と過ごした特別寮はいつでも行っていいとは言われたものの一人で行く気にはならなかった。
まさか今日行けるとは思っていなかったので、ステラは嬉しくなってヴァレン様の手を握った。
ヴァレン様は驚いたような顔をした後、いたずらっぽく微笑んだ。
「そんなに喜んでくれるならまた来ようかな。」
「だ、だ、大丈夫です。」
前回は突然食堂に王太子殿下が現れて物凄い注目を浴びた上、学生達が怯えきっていたのだ。
「冗談だよ。また学院に来たときには来ようか。」
「は、はい。ありがとうございます。」
あんなに目立つのはもうご遠慮したいと思って慌てて手をほどこうとしたら、ヴァレン様はクスクスと笑ってまた手を握り直してくれた。
在校生は授業が始まっていて新入生はオリエンテーションがあるので、寮への道は閑散としていた。
三年前はこの道をヴァレン様と並んで歩くことすら恐れ多かったのを思い出すと、自分の心臓の成長に感動する。
「ステラが色々慣れてくれてよかった。」
「お、恐れ入ります…。」
ヴァレン様も思い出したようにクスクスと笑いながら言うので、ステラは急に恥ずかしくなってきて縮こまりながら寮への道を歩いた。
侍従が鍵を開けると、特別寮はやはり前に来たときから時を止めたように何も変わっていなかった。
寮を見回しながら、懐かしい応接室に入る。
ここでヴァレン様と勉強した日々が懐かしくて涙が込み上げそうになってなんとか耐えていると、ステラの心を見透かしたように笑い声が聞こえた。
「また泣くの?」
この寮を出るときも、前回来たときも、ここに来るとなぜか涙が止まらなくなるのだ。
でも、きっとまた来られると思って今日はどうにか耐えた。
「泣きません。……んっ」
ステラがぐっと堪えながら言うと、顎をくいっと上げられて優しい口付けが降ってきた。
前回はこのまま部屋に抱えられていったことを思い出して、ステラはぼぼっと瞬時に赤面する。
「ヴァ、ヴァレン様…今日は…」
「ん?どうしたの?」
不敵に微笑むヴァレン様からは致死量の色気が滲んでいる。
今日は自分で歩いていくと伝えたかったけど、そんなことを言ったらこの後の行為を望んでいるように聞こえてしまいそうなことに気付いて、ぼぼぼっと耳まで沸騰する。
「な、な、なんでもありません…っ!」
「じゃあ抱えていこうか。」
「あ、歩けます!……ふっ…」
耳元でクスクスと笑われるので息がかかってくすぐったくて身を捩ると、優しく手を腰に回されて二階の階段へと導かれた。
護衛の騎士やついてきている侍従や侍女の存在に気付いて恥ずかしくて茹で蛸になる。
ヴァレン様はステラの心を見透かしたようにまたご機嫌に笑いながら階段をエスコートしてくれた。
ステラの部屋に行くのかと思っていたら、奥のヴァレン様の私室に導かれた。
「ヴァレン様、ここは…」
「こっちの方がベッドが広いから。」
ステラはその言葉に再びぼぼっと沸騰する。
後ろからは近衛騎士がついてきているので、一緒に訓練している騎士達にこんな会話を聞かれたことが恥ずかしすぎて俯いた。
ヴァレン様はそんなことを気にする様子もなく、固まるステラを部屋に押し込んだ。
ステラが特別寮のヴァレン様の私室に入るのは初めてだ。
まさかこの部屋に入ることになるとは思わなかったのでドキドキしながら見回すと、城のステラの私室くらいの広さがあって、大きなふかふかそうなベッドが置かれていた。
中身はないけど城の私室と同じように天井まである本棚があって、勉強机は執務机のようにしっかりとしたものだった。
ヴァレン様の残り香まで出ていったときのままで、ステラの大好きな甘い香りのする部屋に胸が高鳴った。
ここでヴァレン様が学院生活を過ごされたのかと思うと不思議な気持ちがしてキョロキョロと見回していると、ヴァレン様がまたクスクスと笑った。
「そんなに面白い?」
「申し訳ありません。不敬でした。」
ステラははっとして頭を下げる。
王太子殿下の私室をじろじろと眺めるなど不敬にもほどがあった。
「その言葉、久しぶりに聞いたな。」
ステラはまたはっとする。
たしかに最近不敬と言う概念が薄れて来ていた。
「も、も、申し訳ありません…。」
王国魔術師として腑抜け切っている自分に唖然としながら頭を下げていると、上から真剣な声が降ってきた。
「顔を上げて。私のことを一人の人間として見てくれるようになったということでしょう。嬉しいよ。」
その言葉にそっと顔を上げると、ステラの大好きな濃い金色の瞳が熱を持って、でも嬉しそうにステラを見つめていた。
引き寄せられるように唇を重ねると、あっという間にベッドに押し倒された。
ローブを優しくほどかれて、その手が直接ステラの肌をなぞるともう止められなかった。
漏れる声が恥ずかしくなって顔を赤くすると、ヴァレン様がさっと防音結界を張ってくれた。
それからは、寮の窓から差し込む陽が朱く染まるまで、ヴァレン様に溶かされた。
濃い金色の瞳が夕陽の朱に染まって、はっとして現実に戻って来て、またぼぼっと赤面した。
皆が授業を受けている中でまた不純な行為をしてしまったことへの罪悪感と背徳感で耳まで真っ赤になる。
「そろそろ帰ろうか。」
「は、はい、ヴァレン様…。」
ヴァレン様が防音結界を解くと、侍女達がわかったように入ってきて支度を整えてくれる。
いろんな意味の恥ずかしさで真っ赤になりながら寮を出て、今度こそ本当に王城に帰る馬車に向かった。
すると、前に来たときと同じように、授業を終えた生徒達と鉢合わせてしまった。
クリスフォードやドラードがアリスと一緒にニヤニヤとこちらを見ているのに気付いて皆の前で赤面しそうになったが、王国魔術師のローブを着ているのでなんとか堪えた。
必死に感情を押し殺しているとヴァレン様が横で笑いを耐えて肩を震わせたので、恥ずかしさをぶつけるように睨み付けておいた。




