195.お守り
四月になってステラは王立魔法学院の四年生になり、今日は二十一歳の誕生日を迎えた。
ステラがヴァレン様と出会ったときのヴァレン様と同じ歳になったのが不思議な感じがして、ベッドでその麗しい寝顔をぼーっと眺めていた。
「そんなに見つめて、私が欲しいの?」
急にぱっと開かれた濃い金色の瞳と目が合って、ステラは慌てふためきながら頭を下げた。
「お、起きていらっしゃったんですか。おはようございます、ヴァレン様。」
「おはよう、ステラ。誕生日おめでとう。」
「あ、ありがとうございます…!」
急なお祝いに驚いて顔を上げて、お礼を伝えてからまた慌てて頭を下げた。
去年は誰からも祝って貰えずに過ごした誕生日を大好きなヴァレン様に隣で祝ってもらえることが嬉しくて、涙が溢れてきた。
「どうして泣くの?」
ヴァレン様が呆れたように笑って、手で涙を拭ってくれた。
「いえ、嬉しくて…。すみません。」
目を伏せるステラを見てヴァレン様は気持ちを察してくれたのか、ぎゅっと抱き寄せてくれた。
「去年もこうして抱き締めたかった。」
「私も…、ヴァレン様に、会いたかったです…っ。」
その言葉にまた涙が止まらなくなる。
あれから一年経つのが不思議な感じがするけど、もう二度とあんな思いはしたくないと思った。
ヴァレン様がステラの体をそっと離して起き上がったので、ステラも気持ちを切り替えようと思って息を整えた。
「ステラにお守りをあげる。」
その言葉にステラが目を丸くしていると、ヴァレン様はベッドの横の棚からベルベットの箱を取り出してステラに手渡した。
「去年はあげられなかったから、今年は受け取って。」
「あ、ありがとうございます…っ」
また涙が溢れそうになるが、ベルベットの箱からは何度も目映い宝石が出てきているので、警戒して涙は引っ込んだ。
そんなステラの様子を見てヴァレン様は心を読んだかのようにクスクスと笑って言った。
「開けてみて。」
「は、はい…。」
やっぱり宝石だろうか…と恐る恐る開けてみる。
箱を開けた瞬間に目映く輝くんじゃないかと思って冷や冷やしたが、開けてみてステラは目を丸くした。
金の華奢な鎖に大粒の一粒のダイヤモンドがついたネックレスが上品に輝いていた。
この大粒のダイヤモンドの価値を考えると震えそうになるが、あのティアラやネックレスの目映さと比べたらステラはよっぽどこちらの方が嬉しかった。
ぎらぎらに輝く宝石が苦手なステラのことを考えてくださったのだと思って胸が温かくなって、また涙が溢れてくる。
「ヴァレン様…。ありがとうございます。
本当に嬉しいです。」
「喜んでくれてよかった。それならずっと付けていられるでしょう?」
「はい。肌身離さず大切にして、お守りにします。」
たしかにこれならローブ姿でも大丈夫だろう。
ヴァレン様がお守りだと言っていた意味がわかって、ステラは微笑んだ。
恐れ多くもヴァレン様の手でネックレスをつけてもらうと、ステラからは輝きは見えないけど大粒のダイヤモンドの存在感はあって、ヴァレン様に見守ってもらえている気がして嬉しくなった。
「ステラが喜んでくれてほっとしたよ。宝石は嫌がられるかと思って心配していたんだ。」
「恐れ多いですが、ヴァレン様が見守ってくださる感じがして嬉しいです。」
ステラがにこにこと微笑むと、ヴァレン様も嬉しそうに目を細めてくれた。
「では、支度をしようか。」
「はい、ヴァレン様。」
これから学院の入学式があるのだ。
卒業式と終業式には行けていないので久しぶりの学院で、久しぶりにヴァレン様の「豊穣の魔法」を見られることにステラの胸は高鳴っていた。
侍女を呼んでヴァレン様は普段着ている白い軍服に、ステラは王国魔術師の正装のローブに着替えて、学院へと向かった。
◇◇◇
いつもの四頭立ての馬車に乗ると、沿道に民衆が集まっていて皆が祝福してくれた。
「ご成婚おめでとうございます!」
「王太子殿下ー!王太子妃殿下ー!」
前は恐れ多くなっていた歓声もなんだか嬉しく感じる。
微笑みながら窓の外の民衆に手を振っていると、ヴァレン様が嬉しそうに言った。
「ステラが慣れてくれてくれてよかった。」
その言葉に恐れ多さが甦ってはっとしたが、この馬車にさえ戦いていた一年生のときの自分を思い出して苦笑いで言った。
「…恐れ多いですが、慣れました。」
「言ったでしょう。私の言うことは信じてって。」
「……はい、ヴァレン様。」
何となく気まずくなって目を逸らすと、ヴァレン様にいつものようにクスクスと笑われた。
新入生の家の馬車がひしめく正門の前に王家の馬車が止まると、いつものように新入生の父兄からの注目を浴びた。
去年は罵声を浴びせられたのを思い出しながら、ヴァレン様の手を取って外に降りると皆が拍手で出迎えてくれた。
恐れ多くなるが頭は下げられないのでヴァレン様を見上げると、ヴァレン様も嬉しそうに微笑まれていたのでステラも微笑んだ。
「やっぱりご寵愛が深いのだわ。結婚式もお熱かったもの。」
「白銀の髪のお二人が並ばれると神々しいな。」
「この調子だとお子様もきっと早いわね」
「妃殿下がご卒業なさったらすぐだわ。」
貴族達の噂が聞こえてきて赤面しそうになったが、ヴァレン様に腰を抱き寄せられて背中を撫でられたのでどうにか落ち着いた。
護衛なのにいいのだろうかと思いつつ、学院だと落ち着くこの距離が懐かしくなって、腰を抱かれたまま大聖堂に向かった。
◇◇◇
入学式が行われる大聖堂に到着した。
今日のステラは近衛魔術師として来ているので一歩下がろうとしたが、ヴァレン様にがっしりと腰を掴まれている。
「ヴァレン様、今日は護衛として…」
「私の妃でもあるだろう。」
そう言われると何も言い返せない。
ステラは腑抜けて見えないように表情だけは引き締めて、腰を抱かれたまま大聖堂に入った。
ヴァレン様と共に大聖堂に入ると、自分の魔力に《敵を現す》魔術を上乗せして解放した。
ステラの魔力を感じた父兄や在校生がざわめいたが、それだけではないざわめきが起きた。
ふと会場を見渡すと下級生達は顔を伏せながらも頬を赤らめたり、恐れ多そうにしながらこちらを伺っていて、四年生のクラスメイト達は笑顔で手を振ってくれていた。
アリスはステラを見てまた涙していた。
皆を見て、そういえば結婚式の後に学院に来るのは初めてだったと思い出した。
式ではヴァレン様が散々見せつけていたので、皆それを見ていたのだろう。
それに、今日は《髪色を変える》指輪も外しているから結婚式のときと同じ髪の色だ。
恥ずかしくて赤面しそうになったが、王国魔術師の矜持でなんとか耐えた。
顔色には出なかったけどヴァレン様にはステラの動揺が伝わったのか、またクスクスと笑われた。
ヴァレン様が祭壇に上って魔方陣を展開している間、ステラはヴァレン様の前に立って杖を持って警戒した。
「ステラ、終わったよ。」
「はい、ヴァレン様。…っん……!?」
その声で振り返ると、そのまま手を取られて、もう片方の手で顎を持ち上げられて口付けをされた。
女子生徒の黄色い悲鳴と男子生徒の歓声と保護者席のどよめきを一気に浴びて、ステラはついに耐えきれなくなってぼぼぼっと沸騰した。
「ヴァレン様……っ!」
任務中に皆の前で口付けなど腑抜けにもほどがある。
ステラは怒ってヴァレン様を睨み付けるが、何の意味もなかった。
ヴァレン様は騒がしい会場に向かって麗しく微笑まれると、ステラの手をとってご機嫌で祭壇を下りられた。
ステラもそれ以上言うのはやめて、黙って後に従った。




