193.祝福と警戒
結婚式を終えて、ヴァレン様と一緒に控え室に入った。
扉が閉まった瞬間、ヴァレン様を見上げて言う。
「ヴァレン様っ…恥ずかしいです……!」
恥ずかしすぎてまだ心臓が暴走していて顔が火照っている。
思いっきり睨み付けたが、クスクスと笑われた。
「私の可愛い妃を皆に見せつけたくてね。」
「っ……」
そう言いながら優しく頬を撫でられる。
麗しい正装姿のヴァレン様が目の毒で、ステラは何も言い返せなくなった。
やがて侍女が入ってきてドレスを着替えたり髪型を変えたりと忙しく動き回ったので、ヴァレン様にそれ以上文句は言えなかった。
宴で着るドレスは、細かく輝く金色の生地に無数の宝石が縫い止められた煌びやかで目映いものだった。
国王陛下から授かったティアラと王家の宝のネックレスを身に纏うと、あまりにも自分が輝きすぎていて恐れ戦いた。
姿見を見て固まっていると、ヴァレン様が後ろから静かに抱き締めて耳元で囁いた。
「着飾ったステラはこの世界の誰よりも美しい。」
「んっ…ヴァレン様…っ」
色香の滲む声にステラは思わず身を捩る。
そのまま耳を食むようにされて声が出そうになる。
「ヴァ、ヴァレン様…っ、なりません…!」
「ステラ、見て。私の色に染まっているよ。」
ヴァレン様の声に導かれるように姿見を見ると、正真正銘の麗しい王太子殿下に抱かれた、白銀の髪に金色のドレスを纏ったピカピカの自分がぼぼっと赤面した。
あまりに恐れ多すぎる光景に気が遠退きそうになり、慌てて伝える。
「ヴァレン様、本当になりません。これ以上は倒れます。」
「っ、そう。私の可愛いステラ。」
いつも以上に甘いヴァレン様にヨレヨレしそうになりながら、ステラはどうにか宴の会場に向かった。
◇◇◇
会場に近づくと《刻印》した敵の気配が濃くなった。
帝国の皇太子殿下と近衛魔術師や、その他の他国の魔術師も賓客として来ているのだ。
すっかり腑抜けていたステラが気を引き締めると、ヴァレン様が気付いたようでステラに声をかけた。
「今日だけは護衛は忘れてほしいな。」
「なりません。腑抜けている場合ではありません。」
ステラがきっぱり言うと、ヴァレン様になぜかクスクスと笑われた。
密度を高めた自分の魔力をヴァレン様の体にも纏わせて、右手で太ももの杖に触れて無詠唱で防御魔術をかけると、ヴァレン様はまた呆れたように笑ったが、もう何も言われなかった。
「王太子同妃両殿下のお成りでございます。」
侍従の声がして扉が開かれる。
拍手で満ちた会場は他国の魔術師達が牽制し合っている魔力で混沌としていた。
ステラが警戒していると、ヴァレン様に腰を抱き寄せられて左手の薬指の指輪に唇を落とされた。
はっとしてヴァレン様を見上げると濃い金色の瞳が熱を帯びてステラを見つめている。
急に心臓が高鳴って赤面しそうなのを抑えていると、クスッと笑われてそのまま導かれるように席に向かった。
拍手の音が一層大きくなるのを感じて恥ずかしさに警戒どころではなくなり、転ばないことだけを考えて前方の席へと足を進めた。
◇◇◇
国王陛下のお言葉で宴が始まってすぐ、主賓のお言葉を賜るために立ち上がった。
今日の主賓は帝国の皇帝陛下だ。
皇太子殿下と同じ黒髪に黒い瞳の皇帝陛下は軍事大国の総帥なだけあって恰幅がよく、威厳に満ち溢れていた。
ステラは微笑みを浮かべて頭を下げながらも、背後にいる近衛魔術師達を警戒していた。
皇太子殿下の近衛魔術師よりも二回りは歳が離れていそうな魔術師を四人連れていて、どの者も隙がなく相当な手練れだった。
この者達に勝つためにはどうすればいいかを考えていたらいつの間にか皇帝陛下の挨拶が終わっていて、ヴァレン様と共に再び頭を下げて着席した。
宴が落ち着いた頃、ヴァレン様と共に賓客への挨拶回りに行く時間が来た。
主賓のテーブルに向かう途中から帝国の皇太子殿下の視線を感じて警戒していると、ヴァレン様にぐっと腰を抱き寄せられた。
腰を抱かれたまま帝国の皇帝陛下と皇太子殿下の御前に進んだ。
「皇帝陛下、皇太子殿下。本日は遥々お見えいただき、ありがとうございます。」
ヴァレン様が朗々とした声で挨拶をして、ステラはヴァレン様に合わせて足を引いて頭を下げる。
「ご成婚誠におめでとうございます。王太子殿下、妃殿下。」
皇帝陛下の口調は柔らかいが、一言発する度に圧のようなものを感じてステラは内心震え上がった。
でも、皇帝陛下の背後に控える近衛魔術師達が自分をじっと観察しているのがわかったので微笑みを浮かべたまま、ヴァレン様に纏わせていた魔力の質量を更に高めた。
「お初にお目にかかります、王太子妃殿下。皇太子の話通り、麗しくていらっしゃる。」
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。身に余るお言葉を賜り恐れ入ります。どうぞごゆるりとお楽しみください。」
抗議の意味があったのかと思うほどあっさり自分に向けられた言葉に嫌悪感を抱きながらも、ステラは頭を下げた。
「本日はおめでとうございます、王太子殿下、妃殿下。」
「恐れ入ります。遥々お成りいただき、ありがとうございます。皇太子殿下。」
皇太子殿下からも声をかけられて、ヴァレン様は微笑みながらもまたステラの腰を自分に引き寄せた。
「本日の妃殿下は一層麗しくていらっしゃる。私の隣にもかように麗しい姫が欲しいものです。」
「私の大切な妃をお褒めいただき光栄に存じます、皇太子殿下。」
微笑みの奥で睨み合う皇太子殿下とヴァレン様を見て、やはり文書で抗議した意味はなさそうだとステラはうんざりした。
その後も賓客達へ挨拶をして回り、ようやく一周した頃には宴もたけなわになっていた。
席へ戻る途中も絶え間ない祝福の声を受けて、ステラは微笑みを張り付けながら頭を下げ続けた。
再び帝国の皇帝陛下と皇太子殿下とすれ違ったとき、ステラは右手をそっと太ももに当てて心の中で詠唱した。
(《敵に刻印せし力を覆い隠せ》)
皇帝陛下の近衛魔術師に《刻印》しておきたかったのだ。
念入りに隠密魔法を込めたので、隣に立つヴァレン様も相手の近衛魔術師も気付いていない様子だった。
後で父に報告しておこうと思いながら、ステラは微笑みを張り付けたまま席に戻った。
◇◇◇
宴の後半、国内の貴族達が続々と席に挨拶に来た。
その中に見知った姿を見つけて、ステラはこの宴で初めて心から微笑んだ。
「本日は誠におめでとうございます、王太子殿下。妃殿下。」
ヴィルゴー伯爵と夫人、アリスとアリスにそっくりの青年が美しく頭を下げた。
よく似ている弟がいると聞いていたが、アリスと本当にそっくりなので笑ってしまいそうになった。
「ヴィルゴー伯爵、面を上げよ。此度はお越しいただき感謝する。」
「とんでもございません。このようなめでたき場に両殿下より直々にご招待いただき、この上なき誉にございます。」
ヴィルゴー伯爵とヴァレン様の会話を聞きながらちらっと顔を上げたアリスと目が合ったので微笑むと、アリスは慌てたようにハンカチを目に当てた。
「ご令嬢には大変世話になっている。これからも妃をよろしく頼む。」
「身に余るお言葉を賜り恐悦至極に存じます、王太子殿下。…お目汚しを申し訳ございません。」
「ヴィルゴー伯爵、とんでもないわ。アリス、ありがとう。」
アリスは目が腫れているから式からずっと泣いていたのだろう。
自分の結婚をこんなにも喜んでくれるのが嬉しかった。
アリスは涙でぐちゃぐちゃの顔を上げてステラを見るとまた大粒の涙を流したので今度こそ笑ってしまった。
リュクス公爵家の顔馴染みの面々やノクティス公爵とも挨拶ができて、ステラは皆に祝ってもらえるのが心から嬉しかった。
前は国内の貴族達と話すのも恐れ多かったのに、他国の賓客と話した後だとなんだか落ち着いてしまっている自分に戦きながらも、皆の祝福に笑顔で応えた。




