192.結婚式
第三章最終話です。
大聖堂に入ると、中にいる他国の賓客と国内の貴族の目が一斉に自分に向けられるのがわかって怖じ気づきそうになった。
そんなステラの心を見透かしたように、父は自分の魔力をステラに纏わせて包み込んでくれた。
ステラの体を温かい父の魔力が包み込むと、父の愛情にまた涙が出そうになって、ぐっと堪えた。
ふと顔を上げると、絨毯の先でヴァレン様がステラに微笑みかけてくれていた。
正装の真っ白な軍服を纏った麗しいヴァレン様を見るといつもなら恐れ多くなるのに、今日は不思議と早くこの御方の元に行かなければいけないという気持ちになった。
もしかしたらステラの中の「王家の巫女」の力が応援してくれているのかもしれないと思って、そっと微笑んだ。
父に手を握ってもらったまま転ばないようにゆっくりと大聖堂を進み、ようやくヴァレン様の前にたどり着いた。
父がヴァレン様にステラの手を差し出す瞬間、一瞬だけぎゅっと強く握られた。
はっとして父を見上げるとまた瞳に涙が滲んでいるのが見えた。
ステラも貰い泣きしそうになるのを必死に抑えて、ヴァレン様の手を握った。
ヴァレン様はステラを見て愛おしそうに目を細めると、ステラの歩調に合わせてゆっくりと祭壇に向かってくれた。
「これよりレクス王国の王太子殿下と王家の巫女様の婚姻の儀を執り行います。」
司祭の言葉が大聖堂に響き、式が始まった。
恐れ多い儀式に感情を押し殺しながら、予行練習の通りにひたすら体を動かした。
ヴァレン様もさりげなく導いてくれたので、ステラはどうにか前半の儀式を終えた。
「それでは、王太子殿下と王家の巫女様による『誓約の魔法』を執り行います。」
司祭の声がして、ステラはヴァレン様と向かい合った。
ベール越しにヴァレン様を見上げると、ステラを安心させるように優しく微笑んでくれた。
ヴァレン様の目が深紅に染まったのを見て、ステラは自分の魔力を思いっきり解放した。
久しぶりに制限なく解放した魔力は、どこまでも広がっていくような不思議な感覚があった。
ヴァレン様がステラの前に跪いてステラの左手をとると、胸に響く不思議な声色で詠唱した。
「《我、神が定めし王なり。我、汝を愛し、我が命有る限り汝の命を守り抜くことを、王の名の下に神に誓い奉る》」
ヴァレン様が言い終えると、ヴァレン様とステラの足元に金色の魔方陣が浮かんだ。
ステラも続けて詠唱する。
「《我、王家に与えられし巫女なり。我、主を愛し、我が命有る限り主のみこころを守り抜くことを、神に誓い奉る》」
言葉通りの願いを込めて、ステラの左手をとるヴァレン様の手を下から包み込むようにして天の神様に祈る。
解放した魔力を魔方陣に収縮するように込めると、魔方陣から大聖堂を突き抜けるように金色の光の柱が放たれた。
光に包まれると体の中のヴァレン様の魔力が喜びに沸き立ち、瞳が燃えるように熱くなった。
跪いているヴァレン様の深紅の瞳が嬉しそうに細められているのを見て、ステラの瞳もヴァレン様と同じ色に、紅く染まっているのだとわかった。
そして、ヴァレン様がステラの左手の薬指の王家の証の指輪に口付けた。 指輪を中心に再び体中にヴァレン様の魔力が広がっていった。
「忠誠の魔法」を使ってもらったときのような髪の毛一本まで魔力が行き渡るような感覚に驚いていると、ヴァレン様がステラを見て目を瞠った。
ふと自分を見ると、自分から金色の光が発されていて、髪の毛一本に至るまで光輝いていた。
内心は驚愕して恐れ戦いているが、必死に感情を押し殺して、再び魔力を解放した。
魔方陣から放たれていた金色の柱がステラの魔力に乗って大聖堂を突き抜けて、どこまでも広がっていった。
やがて魔方陣は塵のような細かい光を残し、金色に瞬きながら消えた。
ヴァレン様は静かに立ち上がって、ステラのベールをそっと上げた。
先ほどの驚愕の表情は消えて、金色に戻った瞳がステラを優しく見つめていた。
その瞳に引き寄せられるように体を近づけると、ヴァレン様がステラの肩を優しく抱き寄せてくれた。
もう一度ヴァレン様を見上げる。
濃い金色の瞳がステラを愛おしそうに見つめてくれるから、ステラは何も怖くなかった。
ステラが瞳を閉じると、柔らかいけど形のはっきりした唇がステラの唇を塞いだ。
会場を拍手が包み込むのが聞こえてそっと体を離そうとするが、ヴァレン様の腕に力が込められてがっしりと抱き締められた。
(何を考えていらっしゃるの?!この衆目よ?!神聖な場よ?!)
いつまで経っても唇が離されないのでステラはパニックになって瞳を開けたが、その麗しい目元は閉じたままで、やはり唇が離されることはなかった。
そのまま声が漏れてしまいそうなほど熱い口付けをされたので、恥ずかしくてまた目を閉じた。
会場の拍手が一段と大きくなり、ステラは耳まで沸騰した。
知らぬ間に呼吸を止めていたのか、ようやく離されたときには息も絶え絶えになっていた。
ヴァレン様の瞳が静かに開かれて、不敵に微笑まれる。
(み、見せつけるってそういうこと?!)
呆然としてヴァレン様を見つめると、満足そうなヴァレン様にクスッと笑われた。
「これにて、王太子殿下と王家の巫女様の婚姻の儀を終えます。
お二人の門出を祝して、盛大な拍手をお送りください。」
司祭の声にはっとして、会場に向き直る。
最前列にいらっしゃった国王陛下と第一王妃陛下が笑顔で見つめる一方、その横で父がヴァレン様に睨みを利かせていたのでほっとした。
父の横に腰掛けた母と目が合うと嬉しそうに微笑まれたので、ステラはなんだか安心して息をついた。
離れたところに座っていたノクティス公爵とも目が合って、優しい微笑みを向けられた。ステラはパニックで動かなくなった表情筋を無理矢理動かして、ぎこちない笑顔で返した。
ヴァレン様に手を取られて、再び大聖堂を進む。
途中でアリスとすれ違った時に目が合うと、涙でぐしゃぐしゃの顔で微笑んでくれた。
ステラも危うく涙が出そうになったが耐えて、どうにか微笑み返した。
クリスフォードやドラードとも目が合って盛大に拍手を送ってくれたので、今度こそ本当に心からの笑顔を返した。
大聖堂を出ると、魔術師や騎士達が盛大に拍手を送ってくれて、ステラは耐えきれなくなって瞳からぽろぽろと涙が溢れた。
沸き上がる歓声に前を見ると、馬車の向こうに民衆が集まっていて皆がこちらに向かって手を振ってくれていた。
ヴァレン様との結婚をこんなにもたくさんの人に祝ってもらえるのが嬉しくてヴァレン様を見上げると、その金色の瞳が蕩けそうに細められた。
あっ、と思ったときには顎と腰を掴まれていて、この衆目の中で再び熱い口付けをされた。
副部隊長なのにこんな姿を魔術師達に見られるのが気まずくて涙は引っ込んだ。
ヴァレン様の胸をやんわり押し返したが、民衆だけでなく魔術師や騎士からも熱い歓声を浴びたのでステラは諦めてヴァレン様のされるがままになった。
そのうち大聖堂の扉がまた開かれて、国王陛下と第一王妃陛下に続いて父と母も出てきた。
ヴァレン様がまだ唇を離されなかったので慌てふためいたが、今度は父までも呆れたように笑ったのでステラは全ての抵抗を諦めた。
◇◇◇
いつまでも続く熱い口付けに、「王太子殿下はお妃様を溺愛されている」という噂が国民に広まるのはあっという間だったらしい。
後日レオナルドからそれを聞いたステラは恥ずかしすぎて耳まで沸騰して、ヴァレン様を睨み付けた。
これにて第三章完結です。
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