191.大好きな人達
ステラは馬車寄せに止められていた馬車を見てはたと立ち止まった。
打ち合わせで聞いていたから知ってはいた。
考えたらまともに息ができなくなりそうで、それに自分が乗るとは一切考えないようにしていたので、今まで考えないようにしていたつけが回ってきたのだ。
いつもの四頭立てだが、パレードのための幌付きの馬車が止められていたのだ。
もちろん幌は開かれていて、逃げも隠れもできそうもない。
これに乗って大聖堂まで向かうなんて自分にはとても無理な気がする。
ステラが混乱していると、ざっと音がして目の前に騎士達が並んで頭を下げた。
王国騎士団の鎧を纏っているが、どこかで見たことのある姿にステラは目を細めて騎士達を見つめた。
「ご成婚おめでとうございます…お嬢様。」
顔を上げた騎士達を見て、ステラは驚いて後ずさろうとしてドレスの裾に躓いて、ヴァレン様に腰を支えてもらった。
「あ、あなた達、な、な、なんで?!」
ステラを育ててくれた領地の野蛮な騎士達が、すっかり髭を剃り髪を整えて、王国騎士の鎧を纏って並んでいたのだ。
「恐れ多くも、王太子殿下にお招きいただきました。」
領地の騎士団長が答えて、ステラは驚愕してヴァレン様を見つめる。
ヴァレン様はいたずらっぽい笑みを浮かべてステラに言った。
「君にとって大切な人だろう?」
「ヴァレン様…っ。」
ステラはヴァレン様を見つめた後、三年ぶりに会う領地の騎士達を信じられない気持ちで見た。
涙が勝手にぽろぽろと溢れてくる。
「お嬢様がお幸せそうで安心いたしました。
今日は道中、私共も命を懸けてお守りさせていただきます、王太子妃殿下。」
「騎士団長…みんな…ありがとう…っ」
ステラが幼子の頃から一緒に馬に乗って稽古をつけてくれた騎士団長の言葉にまた涙が止まらなくなる。
泣きじゃくるステラをヴァレン様が優しく抱き寄せてくれて、落ち着くまで背中を撫でてくれた。
ようやく落ち着いた頃には緊張が吹き飛んでいた。
ヴァレン様のエスコートで馬車に乗ろうとしたら、侍女が慌てて駆け寄ってきた。
侍女に化粧を整えられるステラを領地の騎士達がニヤニヤと見つめるので恥ずかしくなって赤くなると、騎士達は笑いを耐えるように肩を震わせながら下を向いた。
そんなやり取りも懐かしくてまた涙が出そうになったが、これ以上侍女に手間をかけるわけにはいかないのでなんとか耐えた。
◇◇◇
幌の空いた馬車で王城を出ると、民衆の歓声が地鳴りのように響いた。
ビクッと怯えるステラにヴァレン様が耳元に口を寄せて言った。
「皆が王族を敬ってくれているんだ。誇らしいだろう?」
ステラははっとしてヴァレン様を見上げる。
ヴァレン様の金色の瞳が蕩けそうな熱を持ってステラを捉えると、ふっと恐れが和らいだ。
「はい、ヴァレン様。」
この一年間、色んなことがあったのにそれでも王族を敬ってくれるのは本当にありがたいことだと思った。
ステラが微笑むと、ヴァレン様はステラを抱き寄せて額に軽く口付けた。
それにまた民衆がわーっと地響きのような歓声を上げたので、ステラは赤くならないように必死に平静を装った。
少し慣れてきて、何もしていないステラまで敬ってくれる民衆に感謝しながら微笑んでいると民衆も嬉しそうに手を振ってくれたので、ステラも嬉しくて手を振り返した。
時々ヴァレン様と目が合うとヴァレン様も嬉しそうに目を細めてステラを抱き寄せたり、軽く口付けをしたりした。
その度に沸き立つ歓声もそのうち気にならなくなって、あっという間に大聖堂に到着した。
大聖堂の入り口には赤いカーペットが敷かれていて、両脇に王国騎士と王国魔術師達が正装の軍服とローブを纏って整列して敬礼していた。
そして、馬車寄せには王国魔術師の正装のローブを纏った父が臣下の礼をとり、頭を下げて立っていた。
父や、これまで何度も一緒に訓練を重ねた魔術師や騎士達の顔を見てまた涙が込み上げてきそうになったが、察したヴァレン様にクスクスと笑われたのでなんとか耐えた。
ヴァレン様に手を取られて馬車を降りると、その手を父に渡された。
父は頭を下げたままステラの手を受け取る。
頑なにステラを見ようとしない父を見てヴァレン様に苦笑いをすると、ヴァレン様が笑いながら言った。
「魔法伯、面を上げよ。」
王族の命令には逆らえない父がぎぎぎっと音がしそうなほどぎこちなく顔を上げると、父を見つめていたステラとばっちり目が合った。
みるみるうちに潤む父の瞳を見て、ステラも釣られて涙がぽろぽろと溢れてきた。
ここまで送ってくれた領地の騎士が笑いを堪えきれず吹き出す声がした。
カーペットの両脇に立つ魔術師や騎士達も父をぎょっとした顔で見つめている。
父は片眼鏡を外して特大のハンカチを取り出して豪快に目元を拭うと、また片眼鏡を戻して何食わぬ顔をして言った。
「本日は誠におめでとうございます、王太子殿下、王太子妃殿下。」
瞳に涙はなかったが盛大に鼻声だったのでヴァレン様と二人で笑ってしまって、やっぱり緊張はどこかに飛んでいった。
ヴァレン様が先に大聖堂に入られて行くのを見送ってから、ステラも父を見上げた。
「お父様、よろしくお願いいたします。」
「…ああ。ステラ、本当に綺麗だよ。」
また父の目に涙が潤んでいるのを見て微笑むと、またハンカチで豪快に目元を拭ってからきっぱりと大聖堂の方を向いた。
魔術師達は父を見て笑わないように必死で耐えているが、皆肩が震えている。
騎士達も見てはいけないと顔を伏せているので、なんだかこの光景が愛おしくて堪らなくなった。
大好きな人達に見守られながら、ステラは父の手を握って大聖堂への一歩を踏み出した。
◇◇◇
大聖堂は二重扉になっている。
一つ目の扉の中に入ると、中は静まり返っていた。
近衛騎士のメーデンとアーノルドが立っているが、他には誰もいない。
ステラは改めて父を見上げて言った。
「お父様、私はお父様に育てていただいて本当に幸せでした。私の命をお守りいただき、正しい道へ導いていただき、ありがとうございました。」
父は一瞬目を丸くした後、慌てて片眼鏡を外して大粒の涙を溢した。
「…父様も、ステラを育てることができて幸せだったよ。ステラはこれからもずっと、父様の自慢の娘だ。」
鼻をすすりながら涙を流す父を見ていると抑えられなくなって、ステラもぽろぽろと涙が溢れて止まらなくなった。
しばらく二人ですすり泣いていたが、中から讃美歌が聴こえてきて慌てて父と顔を見合わせた。
父が取り出した特大のハンカチを借りて涙を拭い、父も同じハンカチで豪快に目元を拭うと、何食わぬ顔をして片眼鏡をかけた。
そしてステラのベールを何の感情も感じさせない顔でさっと顔に下ろしてくれた。
ステラも必死に感情を押し殺したので、多分父と同じ顔をしていたのだろう。
メーデンとアーノルドが二人とも顔を伏せて肩を震わせているのを横目に見ながら、開かれた二つ目の扉に向かって足を踏み出した。




