190.王家の花嫁
朝日と共に目が覚めると濃い金色の瞳とぱっちり目が合って、ステラは瞬時に沸騰した。
今日、この麗しい御方と自分があの大聖堂で結婚式を挙げるのだ。
昨日はすっかり忘れていた緊張が急に戻ってきて、今度は青ざめた。
「っ、ステラ、おはよう。」
「お、お、おはようございます、ヴァレン様。」
寝起きから心臓が忙しく働くステラを見て、ヴァレン様がクスクスと笑いながらステラの髪を指先で弄った。
「ど、どうしよう…」
もう逃げようもないのに、逃げ出したくておかしくなりそうだ。
「今日はたくさん見せつけなくちゃね、私の美しいステラを。」
「…っ……」
今日も完璧にかっこいいヴァレン様がステラの顎を掴んでちゅ、と口付けをした。
今日は皆の前で口付けをするのだと思い出してまたぼぼっと沸騰する。
「口付けの練習をしておこうか。」
ヴァレン様はそう言うと何度も優しく唇を落として色気の滲んだ目でステラを見つめるので、ステラの心臓は早鐘のように脈打ってそのまま旅立ってしまいそうだった。
心臓が一日分の仕事を終えた頃、ヴァレン様はようやく体を離して言った。
「夢見ていた日が来た。ステラが私の隣にずっといてくれると誓ってくれる日が。」
その瞳が溶けそうな熱を持ってステラを見つめるから、ステラは嬉しくなって微笑んだ。
「私も嬉しいです。信じられなくて、夢を見ているみたいです。」
「夢ではないと教えてあげるよ。」
「え?あっ……」
昨日散々溶かされたのに、ヴァレン様はまだ足りないようだった。
今日は忙しいのかレオナルドが来ることはなかったが、防音結界を解除するとヴァレン様の執事の叫びが扉の外から聞こえたので慌てて飛び起きた。
そのまま侍女に湯殿に連行されたので、緊張を思い出す間もなくヴァレン様と暫しの別れとなった。
◇◇◇
城中の侍女が湯殿に集結したのではないかと思うほど多くの侍女に磨きあげられた後、ステラは簡素なワンピースにバスローブを羽織っていつもの控え室に向かった。
控え室に入ると、第一王妃陛下が優しく微笑みながら待たれていたので慌てて頭を下げる。
「お待たせして申し訳ございません、第一王妃陛下。」
「ヴァレンには時計をよく見るように言っておかなくちゃね。」
そう言ってクスクスと笑われるのでステラは恥ずかしくて沸騰した。
第一王妃陛下の前で再び身ぐるみを剥がされると、また城中の侍女が集まって飾り立てられた。
「綺麗な肌で安心したわ。」
「お、恐れ入ります、お母様…」
ステラは文句を言わず飾り立てられるがままになっていたが、唯一、太もものガーターベルトに杖を仕込むことだけは譲らなかった。
第一王妃陛下はそんなステラを見て嬉しそうに微笑まれた。
一通り身支度を整えられたところで、侍女が奥からドレスを持ってきた。
仮縫いの後も何度か袖を通したが、ドレスに興味のないステラでも見るたびにほうっと息をつきたくなるほど豪華で上品な袖付きの真っ白なドレスだ。
長いトレーンまでレースで出来ていて、この生地を作るだけでどれだけの手間がかかっているのだろうと気が遠くなる。
侍女三人がかりで着せてもらい、背中のくるみボタンを留めるとステラの体にぴったりと沿った。
無数のダイヤモンドが輝く恐れ多いティアラを被せられると、第一王妃陛下が満足そうに微笑んだ。
「貴方は本当に美しいわ。毎日着飾ればいいのに。」
「恐れながら、お母様の美しさの前では私などち」
「塵なんかじゃないわ。本当に綺麗よ。自信を持って。」
「恐れ入ります、お母様…。」
ステラがおどおどしていると、第一王妃陛下が侍女に目で合図をした。
侍女が持ってきたのは、美しい透かしの模様の入ったチュールで作られた、どこまでも長いベールだった。
「花嫁」という言葉がちらついて、ステラは瞬時にぼぼっと赤面する。
「これ、私が使ったものなの。懐かしいわ。」
第一王妃陛下のお言葉に、今度は目を丸くした。
「そ、そ、そんな大切なものをお借りしていいんでしょうか…。」
「勿論よ。貴方に使ってもらえて本当に嬉しいわ。」
「ありがとうございます、お母様。何だか少しだけ自信が持てそうです。」
「それはよかった。」
侍女が頭にベールを被せると、花嫁姿の自分が姿見に映っていた。
自分が自分じゃないみたいにピカピカと輝いていて、恐れ多いがこの姿であれば王家に嫁ぐと言われても納得できた。
「今の貴方はどこからどう見ても王家の花嫁よ。魔法伯が見たら咽び泣きそうね。」
第一王妃陛下の恐れ多い言葉と父が実は涙もろいことをご存知なことに驚いたが、ステラも父の様子が想像できたので笑ってしまった。
「ステラさんには笑顔が似合うわ。今日もそうやって笑っていてね。」
「は、はい。お母様。本当に何から何までありがとうございます。お母様が考えてくださったドレスを着られて本当に嬉しいです。」
「ステラさん、私も貴方の特別なドレスに携わることが出来て嬉しいわ。ありがとう。」
「と、とんでもないです。ありがとうございます。」
ステラがまた頬を赤らめて頭を下げると、第一王妃陛下はまた艶やかにクスクスと笑いながら言った。
「では、ヴァレンのところにお行きなさい。私が一人占めしていると怒られるから。また後でね。」
「はい、お母様。ありがとうございました。」
ステラも第一王妃陛下に微笑み返して、頭を下げた。
トレーンもベールも長いので侍女に手伝ってもらいながらぎこちなく歩き始めると、また後ろからクスクスと艶やかな声が聞こえてきたので恥ずかしくて赤面した。
◇◇◇
最初はドレスのあちこちを踏んづけてしまいそうになり、このままではまともに歩けないかもしれないと絶望したが、王城の長い廊下を歩くうちにどうにかドレスの扱い方がわかってきた。
ステラがドレスに悪戦苦闘するうちに、いつの間にかヴァレン様が待つ控え室に到着した。
「王太子妃殿下をお連れしました。」
「通せ。」
胸に響くヴァレン様の声を聞いて、ステラは急に緊張を思い出した。
音がしそうなほどぎこちなく部屋に入ると、正装の真っ白な軍服を纏って帯剣されたヴァレン様が、ステラを見て驚きの表情を浮かべていた。
「ヴァレン様、お待たせいたしました。」
ステラが頭を下げるが、返事がないのでそっと顔を上げる。
ヴァレン様ははっとしたかのようにステラの方に歩いてくると、また固まってステラを凝視した。
「ヴァレン様…?私やっぱりおかしいでしょうか?」
やっぱり不相応な格好なのだと思って不安になって見上げると、ヴァレン様の濃い金色の瞳が潤んでいた。
どうされたのだろうと思って手を伸ばして目の端の涙を拭うと、ヴァレン様はまたはっとしたように動きを取り戻した。
「ステラ…本当に綺麗だ…」
そう言ってステラをまた凝視するので、急に恥ずかしくなってきて耳まで赤くなる。
「ヴァ、ヴァレン様、そんなに見られたら恥ずかしいです。」
「私の花嫁がこれほど美しいなんて、夢でも想像していなかった。」
ヴァレン様が嬉しそうに目を細めたのでステラは照れ臭かったが、変ではなかったのだとほっと息をついた。
「私も夢に見ていた旦那様よりヴァレン様の方がよっぽど美しくて、麗しくて、かっこいいです。」
ステラが笑顔で伝えると、ヴァレン様は珍しく顔を赤くして口元を手で覆った。
「美しすぎるステラにそんなことを言ってもらえるなんて、夢みたいだ。」
動揺されているヴァレン様が珍しくて、ステラは自分の緊張はすっかり忘れて笑ってしまった。
「私は麗しいヴァレン様の花嫁になれて嬉しいです。」
ステラが言うと、ヴァレン様はまた目を丸くした後、ステラをそっと抱き寄せた。
「ステラ、愛してる。本当に綺麗だ。」
「ヴァレン様、私も愛しています。」
耳元で囁かれたのでドキドキしたが、もう緊張はなかった。
これなら大丈夫かもしれないと思って見上げると、ヴァレン様は再び嬉しそうに目を細めて言った。
「では、行こうか。」
「はい、ヴァレン様。」
ヴァレン様に手を取られていつものように歩き出そうとしたら、慣れない生地のドレスの裾に思いっきり躓いて、ヴァレン様に抱き止められた。
「も、も、申し訳ございません。」
「ステラがいつも通りでなんだか気が抜けたよ。」
そう言ってクスクス笑うヴァレン様もすっかりいつも通りになっていて、ステラは嬉しくて微笑んだ。
ヴァレン様がステラに合わせてゆっくり歩いてくださったので、ステラも転ばないように慎重に歩いて、王族の馬車寄せに向かった。




