188.予行練習※
※軽いR15注意
結婚式まで二週間を切って、ステラは毎日ドレスの確認から招待客についてのレオナルドの講義、式の流れの確認と目まぐるしい毎日を送っていた。
合間で戦闘部隊の訓練にも通っていたが、今日は執務室を出ようとしたらヴァレン様に睨み付けられた。
「ステラ、しばらく訓練は休んでくれ。」
「…なぜでしょうか。」
今のステラから訓練を奪われたら式のことで頭が埋め尽くされて、恐れ多さに気がおかしくなりそうだった。
「万が一怪我でもしたら取り返しがつかない。
君は私の妃なんだ。この二週間だけでもいいから私の妃として守られていてくれ。」
ヴァレン様は顔を歪めて懇願するように言った。
ステラは二週間も訓練を休んだら腑抜けそうで嫌だったが、そんな表情をされたら断れない。
「…承知しました、ヴァレン様。」
ステラが渋々頷くと、ヴァレン様はほっとしたように表情を緩めてにこっと笑った。
「じゃあ式まではドレスで生活してくれ。」
「ひっ……そ、それは……」
「守られる側なのだからローブでなくてもいいだろう?」
二週間もドレスでいたらそれこそ腑抜けてしまいそうだ。
不敵な笑みを浮かべるヴァレン様になんとしても抵抗したかったが、ヴァレン様付きの優秀な侍女は主君の願いを叶えるべく、有無を言わさずステラを湯殿に連行した。
その日からは毎日着飾られてまるでお姫様のように扱われた。
ステラは恐縮しきりだったが、ヴァレン様のご機嫌はこの上なく麗しくなった。
◇◇◇
式まであと一週間となったこの日、ステラは久しぶりに着慣れた王国魔術師のローブに袖を通していた。
予行練習のために、会場である城外の大聖堂に向かうのだ。
式の準備で警備が手薄になっているのに、ドレス姿で城外に出るなど考えるだけでぞっとしたステラがヴァレン様に懇願して、今日だけはローブを着て護衛をすること許してもらった。
転んだらほつれてしまいそうな繊細なドレスや煌びやかな宝石から解放されてステラがほっと息をついていると、横で支度をしていたヴァレン様が不機嫌を隠さずにステラに言った。
「今日は嬉しそうだね。」
「め、滅相もございません…。」
ドレスと宝石から解放されて嬉しいなんて、せっかく用意してもらったのに不敬と失礼が極まりない。
ステラが目を逸らすと、今日も白い軍服を完璧に着こなしたヴァレン様がつかつかとステラの方に歩いてきた。
侍従と侍女がさっと部屋を退出したのが見えて、嫌な予感がして後ずさる。
「ヴァ、ヴァレン様、いかがなさいましたか…。」
「ステラは私の物だという自覚が足りないから教えてあげる。」
「わ、私はヴァレン様の物です!」
「じゃあ何をしてもいいよね?」
「え?!」
ヴァレン様はステラを抱きすくめると、そのまま横抱きにしてベッドに下ろされた。
「ヴァレン様!お母様が…」
「母上は跡をつけるのは駄目だとおっしゃっていただろう?跡をつけなければ何をしてもいいよね?」
第一王妃陛下の話題を出すといつもは嫌そうな顔をするのに、何の効果もなかった。
「ステラ、私の物でいて。」
「…はい、ヴァレン様。」
濃い金色の瞳で真剣に見つめながら言われると、頷くしかなかった。
ヴァレン様の手にいくつも輝く指輪が朝の光を反射してきらきらと輝きながらステラの体をなぞるのが見えてしまった。その手から与えられる刺激に堪えられなくて声が出てしまう。
「んっ…ヴァレンさま…だめ………ふっ……ぁ………」
「かわいい。ステラが素直になるまで、たくさんいじめてあげる。」
いつの間にか防音結界が張られているのは確認したが、ステラは今日は護衛としての任務もあることも頭から飛んでしまってヴァレン様から与えられる刺激に夢中になった。
どれだけ時間が経ったのか、いつかのように痺れを切らしたレオナルドの魔力を感じた。
ステラは慌てて飛び起きてローブを着ようとしたが、ヴァレン様にがっしりと抱き締められてベッドに連れ戻された。
幼馴染みにこんな姿を見られるわけにはいかないと、ヴァレン様の腕の隙間から腕を伸ばして杖を握り、どうにか扉に魔法で強固な鍵をかける。
どうにかヴァレン様を押し退けてローブを着終えたのと、レオナルドが鍵の魔法を《解除》して怒りをあらわにしながら入室してくるのは同時だった。
「王太子妃殿下、あなたは王太子殿下の近衛魔術師でもあられる。
王国魔術師として遅刻はあり得ないのではなかったのですか?」
「も、申し訳ございません、レオ様…。」
ステラはたじたじになりながらレオナルドに頭を下げる。
「王太子殿下、いつまでもそのような格好でいられてはなりません。その尊きお立場をお考えください。」
今度はベッドでシャツを羽織りながらゆったりと支度を整えるヴァレン様を睨み付けた。
「レオ、そう怒るでない。馬車を飛ばせば間に合うだろう。」
時計を見ると確かにすぐに支度をして馬車を飛ばせばギリギリ間に合う時間だった。
怒ったレオナルドに急かされながら準備をして、追い立てられるように馬車寄せに向かって、可哀想な馬達は馬車とは思えない速度で走らされた。
ステラは道中外を警戒していたが、こんな速度で走る馬車を襲うのも至難の技だろうと思って会場に着くまでは考えることをやめた。
◇◇◇
会場の大聖堂が車窓から見えて、ステラは戦いて体の震えが止まらなくなった。
王都の繁華街からは離れたところにある大聖堂に、ステラは来たことがなかったのだ。
大聖堂は荘厳な石造りで、周囲をぐるっと緻密なステンドグラスで彩られていて、城かと思うほど大きかった。
結婚式の後の宴もここで行われるとは聞いていたが、たしかにこれだけの広さがあればあの数の賓客達も収まるだろう。
ステラが恐れ多さに震えていると、ヴァレン様がクスクスと笑いながら言った。
「もしかして来たことがなかったの?」
「は、はい…。王都に疎いので…。」
「普段は観光地になっているから王都にいれば皆一度は来たことがあるような場所なんだけどね。
王族は皆ここで式を挙げるんだ。
魔法伯はこんなところまで徹底していたんだね。」
確かにステラも名前は聞いたことがあったが、そんなに有名な場所だとは知らなかった。
こんなところで自分がヴァレン様の隣に立つなんて天罰が下るんじゃないかと恐ろしくて震えが止まらない。
ヴァレン様は震えるステラの肩を抱いて優しく撫でながらも、笑いを耐えてご自分の肩を震わせていた。
馬車が止まった。王国魔術師が震えていては腑抜けなのでどうにか感情を押し殺してヴァレン様の腕をとって降り立つと、また恐れ多い光景が広がっていた。
既に準備のために来ていた侍従や侍女、警備の確認をしていたであろう騎士や魔術師がずらっと並んで大聖堂までの道を作っていたのだ。
こんなことならドレスで来ればよかったと心底後悔しながらヴァレン様を見上げると、またクスクスと笑って額に口付けされた。
卒倒しそうになりながら道を進み、大聖堂の扉が開かれてステラは再び固まった。
外から見たら八階建てはありそうな高さの大聖堂は吹き抜けになっていて、天井には荘厳な壁画が描かれていた。
学院の大聖堂の比ではないほどたくさんの座席が並んでおり、真ん中には赤い絨毯が敷かれていて前の祭壇まで続いている。
この道を衆目を浴びながらあんなに遠くまで歩かなければいけないのかと思うと気が遠くなってきた。
ステラの腰が抜けそうになっているのを察したヴァレン様に腰をがっしりと支えてもらって、よたよたと絨毯を進む。
司祭が祭壇に立っているのを見て、腑抜けていてはだめだとどうにか腰を立たせるとヴァレン様が横でまた笑いを堪えて震えていた。
ヴァレン様と二人で祭壇まで進むと司祭が臣下の礼をとって頭を下げた。
「王太子殿下と王太子妃殿下のご成婚を心よりお祝いいたします。」
「ああ。此度はよろしく頼む。」
ヴァレン様が頭を下げたのでステラもそれに倣った。
司祭の説明を聞きながら動きの確認をする間、ステラは必死に感情を押し殺して覚えることに集中した。
かちこちになったぎこちないステラの動きを見て、ヴァレン様は終始笑いを耐えながらも優しく導いてくださった。
「ここで『誓約の魔法』を行っていただき、そのまま誓いの口付けの流れとなります。」
司祭の言葉にステラは赤面しないように必死で感情を押し殺した。
「誓約の魔法」は「王家の魔法」の一つで、王族と「王家の巫女」が結ばれたときにだけ行われるものだ。
その魔法のやり方は王家の書庫で学んで、打ち合わせでも言われていたので知っていた。
問題はそこではない。
式の流れは何度も打ち合わせで聞いていたから知っていたものの、いざこの場所で言われると、ここでヴァレン様と口付けをするなんて恥ずかしいどころの話ではなかった。
「口付けも練習しておく?」
ヴァレン様に耳元で囁かれて、ステラはついにぼぼぼっと沸騰した。
「だ、だ、だ、大丈夫です…」
どうにか言葉に出したが、その後はここで皆の前で口付けをするという事実が頭から離れなくて予行練習どころではなくなった。
ヴァレン様はそんなステラを愛おしそうに眺めて、終始ご機嫌で予行を終えられた。




