187.試験官
訓練と結婚式の準備で、学院に通う時間もないまま学年末試験を迎えた。
ステラは空いている時間に教科書をちらっと見たが、教科書よりも頭の中のヴァレン様の尊いノートの方がよっぽど詳しく書かれていたので勉強はしないことにした。
試験を受けたものの、クリンプトン先生はやはり点数をつける気を失っていて、防御魔術の試験会場に入ったステラを見て何かを書き込んだ後は一度も目を向けられなかった。
帰り際ににっこりと不気味なほどの微笑みを浮かべながら臣下の礼をとって頭を下げられたので、これ見よがしに敬礼しておいた。
そして、無事に首席とほとんど全科目満点を守り抜いた。
今回も尊いノートのおかげで王国史は二百点で、防御魔術はクリンプトン先生のせいで五百点だった。
成績表を見たヴァレン様はまた少し引いた顔をしていたが、ステラが尊いノートのおかげだと言い張るので苦笑いを浮かべた後、頭を撫でてくれた。
◇◇◇
学年末試験の成績が公表された翌週、父に再び召集された。
王国魔術師団の入団試験のためだ。
試験は学院で行われるので馬車に乗って向かう。
正装のローブを纏って集合場所だった貴族用の馬車寄せに行こうとしたら、後ろから近衛騎士が慌てた様子で声をかけた。
「王太子妃殿下にはいつもの馬車をご用意しておりますので、王族の馬車寄せにお越しください。」
「…皆と同じ馬車を使うゆえ、よい。」
「しかし…」
「お咎めは私が受ける。王太子殿下には私に命じられたとお伝えせよ。」
「…承知しました、王太子妃殿下。」
ヴァレン様はこうなることをわかった上で敢えてステラに馬車を用意したのだろう。
恥ずかしくて恐れ多くて、ステラは心の中でヴァレン様を睨み付けておいた。
集合場所に向かうと、父以外の幹部は既に馬車寄せに到着していた。
戦闘部隊長と同じ馬車に乗り込むとにっこりと微笑んで聞かれた。
「王家の馬車ではなくてもよろしいのですか、王太子妃殿下。」
「…部隊長、お止めください。」
ステラが恐れ多くも部隊長を睨み付けると、豪快に笑われた。
「君ならこちらに来ると思っていたよ。」
「ご一緒させていただくご無礼を失礼します、部隊長。」
「君はまたとんでもない成績だったな。五百点なんてかつて見たことがない。」
「クリンプトン先生は私をからかわれているんです。」
「カールも君を気に入っているようで安心したよ。」
「恐れ入ります、部隊長。」
今回は事前にあの紙が手元に配られていたのだ。
クリンプトン先生はステラを気に入っているのではなくからかっているだけだが、部隊長に歯向かう勇気などないので黙っておいた。
父も到着したようで、馬車はゆっくり出発した。
今日は父もいるし王国魔術師団の幹部に囲まれているので、護衛はいつもの近衛騎士が二人ついているだけだ。
あの隊列がないだけで、ステラはかなり気が楽だった。
でも、近衛が二人もついていることに対する恐れ多さをすっかり忘れている自分に気づいてぞっとした。
馬車が学院に到着すると、理事長をはじめ、全教師に敬礼されて出迎えられてステラは恐れ戦いた。
そのまま教師達に先導されて屋外の練習場に向かう。
昨日のうちに筆記試験は終えているので、四年生は筆記試験の成績順に並んでいた。
卒業生は記念受験の者も含めて、特別な事情がない限り全員が王国魔術師団の試験を受けるので、今年は二十名全員が受験している。
三年間一緒に過ごして、名前は知らないが顔だけは知っている四年生の試験官を務めるのは恐縮したが、ステラは他の幹部に混ざって何食わぬ顔で生徒達の前に並んだ。
静まり返っていて緊張感に満ちている練習場に学院の理事長の声が響く。
「本日試験官を務めていただく、王国魔術師団の師団長と幹部の方々を紹介する。」
父から順番に役職と名前が読み上げられていき、ステラの番が来た。
「戦闘部隊 副部隊長 ステラ・レクス様」
結婚してから初めて聞く自分のフルネームが恐れ多すぎて崩れ落ちそうになったが、どうにか態度に出さずに前に出ると、生徒達にピシッと敬礼を返された。
文字としては目に入っていたが、見ないようにしていたのだ。
内心はよれよれになりながらも、どうにか元の位置に戻って素知らぬ顔を決め込んだ。
実技試験は今日行われる全部隊共通の試験である魔法戦と、魔法戦を見た上で別の日程で各部隊ごとに行われる個別の試験がある。
戦闘部隊は魔法戦で才のある者がいれば剣術と騎馬技術の確認のために騎馬戦を行うが、そこまで進む才のある者がそもそもあまりいないらしい。
成績が下位の者から順に、制限時間五分で魔法戦を始めた。
先輩方が緊張して動きが固くなっているのを、何とも言えない気持ちになりながら見つめていた。
「今年は騎馬戦ができるといいな。」
部隊長が戦う四年生を眺めながら呟いた。
戦闘部隊は昨年は個別試験がなかったらしい。
「今年はわかりませんが、来年はきっとできますよ。」
ステラはドラードの顔を思い浮かべながら言った。
「君が見出だした者がいるのか。それは楽しみだな。」
「ぜひ部隊長にも見ていただきたいです。」
部隊長がニヤッと笑うのを見て、ステラはぜひ部隊長にもドラードの才を見てほしいと思って微笑んだ。
一通り魔法戦が終わり、理事長の先導で鐘楼棟に向かった。
三年生の学年主任で王国史担当のオーディン先生だけが練習場に残り、他の先生は幹部の後ろに続いた。
今更ながら幹部達も先生達も皆王立魔法学院の卒業生なのかと思うと、この中に混ざって学院を歩いているのが不思議な気持ちになった。
そしてステラは入ったことのない部屋に案内された。教師用の会議室だ。
議場のように雛壇になっていて、前に用意された机には師団長と幹部の役職が書かれた札が並べられていた。
ステラは恐れ多くなりながらも自分の役職が書かれている机に向かい、重厚な椅子に腰かけた。
クリンプトン先生がステラの前方の席に腰かけてニヤッと笑うのを見て、ステラは学年末試験の恨みを込めてクリンプトン先生を睨み付けてから、また元の感情を消した顔に戻った。
全員が着席したのを確認してから理事長が父に頭を下げながら言った。
「個別試験に進む者はおりましたでしょうか。」
「各自、希望する者の名前を挙げよ。戦闘部隊。」
父が声をかけたので部隊長が答える。
「私からは特にありません。」
部隊長から目を向けられたのでステラも答える。
「私もございません。」
皆優秀で決して才能がないわけではないが、すぐに戦闘部隊で通用する者はいなかった。
何食わぬ顔で言ったが、生徒の未来を決めることなので内心はドキドキしている。
ステラは部隊長と同じ意見だったことに胸を撫で下ろした。
他の部隊長と副部隊長は一名から数名ずつ名前を挙げて、重複を除くと個別試験には十名ほどが進むことになった。
国のトップの魔法使いが二十名集まって半分しか個別試験に進めないのだから、ステラはヴァレン様に近衛魔術師として拾っていただいたことに改めて感謝した。
「名前が上がった者以外で、在校生も含めて教師から推薦したい生徒はいるか。」
理事長の声に、クリンプトン先生がニヤッとしてまたステラを見た。
ステラがヴァレン様に拾われなかったらクリンプトン先生に拾われていたのかもしれないと思うと妙に悔しかったので、また睨み付けておいた。
先生方からは特に何もなかったので、これで会議は終わった。
◇◇◇
王城に帰ったのはまだ明るい時間だったので、ステラはそのままヴァレン様の執務室に向かった。
「王太子妃殿下がお見えです。」
「お通しせよ。」
レオナルドの声で入室する。
顔を上げたヴァレン様と目が合って微笑まれた。
「ステラ、おかえり。」
「ただいま戻りました、ヴァレン様。」
ステラは一礼してから続けて言った。
「ヴァレン様、私を拾っていただきありがとうございました。」
ステラの言葉にヴァレン様も、ヴァレン様の横に立っているレオナルドも目を丸くした。
「ステラ、急にどうしたの?」
「ヴァレン様が私を近衛魔術師として拾ってくださらなかったら王国魔術師になれなかったかもしれないと思ったので… 」
ヴァレン様とレオナルドは顔を見合わせて、笑いを堪えるように見つめ合った。
ヴァレン様が笑いを耐えて肩を震わせながら言った。
「私が拾わなくても魔法伯が君を囲っただろうし、教師推薦もあるだろう。きっとクリンプトン先生が君を逃さないよ。」
ステラはその名前が上がったのが悔しくて、思いっきり顔を歪めてしまった。
ステラの顔に堪えきれなかったようで、ヴァレン様とレオナルドは吹き出すとお腹を抱えて笑いだした。
笑いの発作が収まったヴァレン様がご機嫌で執務に戻られたので、ステラは伝えてよかったと思った。
その日は夜までヴァレン様のご機嫌は麗しくて、いつも以上に優しくステラを包み込んでくれた。




