182.誰かの目標
週が明けて、今のうちに学院に行こうと思って再び制服のローブに腕を通した。
ステラはまた馬で駆けようと思ったがヴァレン様に止められて、あの目立つ王家の馬車で学院に向かった。
やはりこの馬車だと街中が騒ぎになるので居たたまれなくなった。
近衛騎士に守ってもらいながら王立魔法学院の門をくぐると、寮から出てきた生徒皆に敬礼をされた。
臣下の礼をとられるよりはましだが、やはり学院では地位は気にしたくないと思いながら足早に教室に向かった。
「おはよう!今日も来られたのね!」
「おはよう、アリス。殿下に言われて、なるべく学院に行くことにしたの。」
教室に着くとアリスがすぐに気付いて駆け寄ってくれてほっとした。
「もうすぐ四年生だものね。
それよりもあなた、この前は本当にかっこよかったわ!あの魔法は何?どこから現れたの?」
アリスの質問攻めに答えていたら、いつの間にかまたクラス中がステラの話を聞いていた。
「王国魔術師様は皆無詠唱で魔法を使えるの?」
「戦闘部隊の魔術師はある程度使えるわ。」
アリスの質問にステラが答えると、クラスメイトがわーっと沸き立った。
王国魔術師の中でも精鋭が集まる戦闘部隊だと当たり前でも、それは魔術師の皆がすごいのだということを改めて気づかされた。
「やっぱり王国魔術師様はすごいんだな。鍛練しても敵いそうもないな。」
「ドラード、あなたには本当に才能があるわ。鍛練して、ぜひ一緒に戦いましょう。」
ドラードが項垂れているので、その背中を撫でて励ました。
「再来年はステラが試験官様なのかと思うとやっぱり跪いておいた方がいいかな。」
「やめて、クリス。跪かれても何も変わらないわ。」
クリスフォードがまた茶化して来るので肩を叩こうとして、やめておいた。
「無詠唱魔術はどうやって魔力を外に出しているの?あなたからは何も気配を感じなかったわ。」
隣の席のエリザベスまでもがステラの話を真剣に聞いてくれるので、ステラはなんだか嬉しかった。
「私は魔力を隠す術を上乗せしているの。
無詠唱でも声に出さない以外は普通に魔法を使うのと同じ感覚で魔力を扱えばいいのよ。
心の中で唱えると魔力の流れがわかりやすくなるわ。」
ステラがエリザベスに答えると、次々と質問が飛んでくる。
ステラはなるべく皆にも伝わるように言葉を選んで魔法の説明をした。
予鈴が鳴って、皆で慌てて防御魔術の教室に向かった。
教室に駆け込むと、クリンプトン先生が教室に入ってきたステラを見てニヤッと笑った。
「今日は防御魔術の時間ではあるが、この前の魔法戦の解説でもしようか。」
クリンプトン先生の声にクラスメイトが再び沸き立った。
クリンプトン先生は魔法戦の授業も担当しているからおかしくはないのだが、その不気味な微笑みを見て、ステラが来ているのを知って授業内容を変えたのだと確信した。
クリンプトン先生によって自分の魔法を論理的に解説されるのは、自分で説明するよりもよっぽど恥ずかしかった。
ステラはほとんどの時間を真っ赤になって縮こまりながら授業を聞いた。
「隠密に無詠唱で《転移》できるのは王太子妃殿下と師団長くらいしかいない。王国魔術師でもあれは普通ではないから安心しろ。」
クリンプトン先生がステラの方をニヤニヤと見ながら皆に話した。
皆がステラをきらきらした目で見るので救われたが、ステラは本当に恥ずかしくてクリンプトン先生を睨み付けることしかできなかった。
授業を終えて、アリスに声をかけられた。
「私、あなたみたいにはとてもなれそうもないけどやっぱり王国魔術師を目指すわ。」
「アリス…。そんなことはないけど、目指してくれるのは本当に嬉しいわ。」
ドラードも寄ってきて言う。
「俺も、ステラの元で戦えるように勉強も鍛練も頑張るよ。やっぱり王国魔術師様はかっこいい。…騎士よりも。」
今日はメーデンはいないが、背後を気にしながら言うので笑ってしまった。
「騎士もかっこいいけど、そう言ってもらえると嬉しいわ。応援してる。」
「君にちゃんと認めてもらえるように、卒業までに鍛え直すよ。」
「ふふ、楽しみにしているわね。」
その後も何人かのクラスメイトが王国魔術師を目指すと声をかけてくれたのでステラは自分の戦い方が間違っていなかったのだと嬉しくなった。
そして、皆に目指してもらえるべき自分であれるように、学院もいいけど訓練も頑張ろうと思った。
◇◇◇
十二月に入って、ステラはいよいよ結婚式から目を背けることができなくなっていた。
考えただけで恐ろしくて気絶しそうなのは変わらないけど、どれだけの人数が自分のために動いているのかと考えると、ステラもようやく向き合う覚悟を決めていた。
ただ、ステラが基本的に受け身なのでヴァレン様はあまりご機嫌がよろしくなかった。
「ステラは本当に何も希望はないの?」
執務室で式の打ち合わせをしているときに、不機嫌そうなヴァレン様に真剣に聞かれた。
ステラとて結婚式に全く憧れがないわけではない。
いつか王子様のような御方と結婚して…と幼い頃は夢見たこともあったが、まさか自分が本当に王子様と結婚することになるとは露ほども思っていなかったのでついていけないだけだ。
でも、その程度の夢なので式へのこだわりは何もなかった。
いつの日か結婚式で父と教会を歩きたいという夢は教会どころか大聖堂で叶う。
元々の知り合いはレオナルドしかいないし、領地の野蛮な騎士達を高貴な結婚式に招くわけにもいかない。
学院のクラスメイト達は皆貴族なのでステラが招かなくても王家が招待することだろう。
ただ、一つだけふと思ったことがあって、ヴァレン様に伝えてみた。
「…ヴィルゴー伯爵家への招待状は、ヴィルゴー嬢に直接手渡してもよろしいでしょうか。」
ヴァレン様は僅かに目を瞠ったが、すぐに微笑んでくれた。
「勿論だよ。期末試験が終わるまでに用意させよう。」
「ありがとうございます、ヴァレン様。」
アリスはどんなときでもヴァレン様とステラのことを一番近くで見守ってくれた。
アリスにだけは直接手渡して、感謝を伝えたかったのだ。
ヴァレン様は続けていたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。
「他にはないの?宝石でもドレスでも、君の願いは何でも叶えるよ。」
「ございません。なるべく目立たないようにお願いいたします。」
食い気味で即答して頭を下げると、答えがわかっていたようでクスクスと笑いながら言われた。
「この世界で一番美しく着飾ろう。」
「ひっ…」
ステラはぞっとして顔面蒼白になってしまったが、ヴァレン様はなぜかご機嫌を取り戻した。
ご機嫌で打ち合わせに臨むヴァレン様に肩を抱かれて白銀の髪を弄られながら、ステラはその日の自分を想像して気絶しそうになるのを必死に堪えた。




