181.見せたい姿
それからはヴァレン様の言いつけに従って、まとまって時間がとれるときはなるべく学院にも通うようにした。
ただ、自分のためにあれだけの隊列を動かすのはやはり申し訳ないので、午前中や午後だけ時間があるときは戦闘部隊の訓練を優先することにした。
今日は王国魔術師のローブを着ているが、学院に行く日だ。
クリンプトン先生に頼まれていた、魔法戦の大会で勝ち抜いた学院代表の生徒と戦う日を迎えたのだ。
最終戦を見た後なので、既に戦う相手はわかっている。
今までの相手と違ってステラを嘗めたり馬鹿にするようなことはなさそうだったので、王国魔術師としてどういう戦い方をするのが正解か真剣に考えていた。
ステラが戦闘副部隊長になったことも皆に知られてしまったので、恐らく誰も学生が勝てるとは思っていないだろう。
それでも、勝ち方や勝つための過程で王国魔術師とはどんな存在かを教えたいと思っていた。
「ステラが珍しく考えてる。」
身支度を整えて部屋でぼーっと考えていたら、ヴァレン様にクスクスと笑われた。
「わ、私も考える頭はあります!」
「ステラはすぐ怒るから。」
「なっ…」
たしかに、今までの魔法戦ではずっと怒ってきたから何も言えない。
「冗談だよ。学生相手に手を抜かないステラを偉いなと思っていたんだ。」
「…お父様が、師団長が守ってくださっている誇りを、学生にもわかってほしいんです。」
ステラは幼い頃から王国魔術師とは何たるかや、その誇り高き任務について父にみっちり教えられてきた。
副部隊長にもなったので、今度はステラが後進に教える番だと思ったのだ。
「そう。ステラは大人になったね。」
「あ、ありがとうございます…ヴァレン様のおかげです…。」
学院に入りたての頼りない自分を知っているヴァレン様に言われると、なんだか恥ずかしくておどおどしてしまう。
すると、ふいに口付けが落ちてきた。
その顔を見上げると、濃い金色の瞳に色気がたっぷり滲んでいた。
「私が大人にしたのかと思うと可愛くていじめたくなってきた。」
「え?!きょ、今日は…」
「まだ時間はあるよ。間に合わなかったら早馬で行ったらいい。」
「そ、そんな……あっ……………ぅ…っ」
早馬で学院に行くなんてあり得ないのに、ヴァレン様の唇が首筋を這うとステラはその感覚を受け止めることしか出来なくなる。
本当に早馬で行かないと間に合わなくなるような時間まで夢中にさせられて、やっと腕を抜け出してローブを整えてから王城を出るまでは五分で済ませた。
王国魔術師が遅刻などあり得ないので部屋を出るときに睨み付けたが、ヴァレン様はゆったりと身支度を整えながらクスクスと軽やかに笑われたので、やっぱり何の効果もなかった。
◇◇◇
馬車ではとても間に合いそうもなかったが、ヴァレン様もそれは承知なのか馬が用意されていた。
罪のない馬を恨みがましく見つめてから、近衛騎士と一緒に襲歩で王都を駆け抜ける。
《髪の色を変える》指輪をしているので、王国魔術師が任務で急いでいるようにしか見えないのだろう。
囲まれることも騒がれることもなく無事に学院に到着した。
校門で近衛騎士に馬を預けて、服装と髪を整えながら練習場までの道を急いだ。
途中でクリンプトン先生と会うと、不気味なほど微笑みを浮かべてこれ見よがしに臣下の礼をとって頭を下げられた。
「おはようございます、クリンプトン先生。到着が遅くなり申し訳ございません。」
「ご機嫌麗しゅうございます、王太子妃殿下。
滅相もございません。王太子殿下より伝令をいただきましたのでご安心下さい。」
「…そうですか。」
いつも通り用意周到なヴァレン様に何も言えなくなったが、どう考えてもクリンプトン先生のその口調は遅刻しそうになっている理由を見透かされている。
恥ずかしさで赤くなりそうなのを必死に押し殺していると、いつの間にか練習場に到着した。
練習場の時計は試合の開始時間まであと一分を指していた。
計算が完璧なヴァレン様に、今度は時計を恨みがましく睨んでおいた。
クリンプトン先生の後に続いて練習場に入場する。
この前ドラードと戦っていた男子生徒が敬礼をとって迎えてくれた。
「王国魔術師団より参りました、王太子殿下付き近衛魔術師で戦闘副部隊長のステラです。
よろしくお願いいたします。」
「学院代表を務めさせていただきます、四年生のエルマー・ディアスと申します。
本日は王国魔術師様と戦う名誉をいただき、大変光栄に存じます。
よろしくお願いいたします。」
やはりステラのことを王国魔術師として見てくれている。
それだけでも嬉しくて微笑むと、ビシッと敬礼で返された。
エルマーと練習場の端と端で向かい合う。
今日は魔力を隠しておらず、相手の魔力が練習場の半分にいかない程度まで広がっていた。
やはり魔力はドラードの方が少し多いくらいでほとんど互角だったのだ。
ステラは今日使う魔法のために、練習場を覆うように圧縮した密度の高い魔力を解放する。
ステラの魔力が相手の魔力を押しやって練習場がステラの魔力に染まると、質量が息苦しかったのか相手が顔を歪め、客席の生徒が息を飲むのがわかった。
「それでは、始め。」
クリンプトン先生の声がして、ステラは即座に無詠唱で雷の魔法を展開して相手を狙った。
さすがに学生相手なので威力は弱めてある。
エルマーはステラの攻撃がくるのをわかっていたようで、防御魔術を詠唱して落ち着いて防いでいた。
やはりこの冷静さは諜報部隊が欲しがりそうだと微笑んだ。
エルマーが再び攻撃魔法を繰り出したのを見届けて、ステラも再び遠隔魔法でエルマーを攻撃した。
飛んできたエルマーの攻撃魔法の魔力を地面に逃すように下に押し付けると、練習場の地面に穴が空いて土埃が舞おうとしていた。
ステラは素早く隠密魔法で気配と魔力を消し、上空に隠密に張った結界に無詠唱で《転移》した。
(《我の望みし物を映し出せ》)
上空からステラが立っていた場所に魔力を込めて心の中で詠唱すると、土埃の中にもう一人の自分が現れた。
ただの幻覚魔法だが、密度の高い魔力を込めたので、戦闘に慣れていない学生の目にはステラ自身に見えているだろう。
ステラは土埃が止んだのを見計らって、もう一人の自分の位置から遠隔魔法を発動する。
まるでもう一人の自分が魔法を放っているように見えるが、本物のステラは上空から冷静に戦いを見つめていた。
入れ替わっていることに気付かないまま、エルマーが地上のステラに攻撃魔法を放った。
ステラは上空から隠密に防御魔術をかけて地上の自分を守る。
エルマーが再び攻撃魔法を詠唱しようとしているのを見て、ステラは地上に残る自分の魔力の痕跡を頼りに無詠唱で再び《転移》した。
次の瞬間、ステラはエルマーの背後に立ち、とんとんとその肩を叩いた。
エルマーは驚愕の表情でぱっとステラを振り返る。
動揺したのか、詠唱しようとしていた攻撃魔法が杖から暴走しかけていたので、ステラの魔力でそれを鎮めた。
相手が呆然とした顔で杖を手放したのを見て、ステラは微笑んだ。
幻覚魔法を解除するともう一人の自分は霧散した。
「あなたは王国魔術師にふさわしい才能と品格を持ち合わせています。
引き続き鍛練に励んでください。」
ステラの言葉にエルマーはまた驚愕の表情を浮かべたが、はっとしたように敬礼した。
「ありがたきお言葉、光栄に存じます。副部隊長様。
いただいたお言葉を忘れずに鍛練に励みます。」
ステラは再び微笑んで、相手に握手を求めた。
エルマーは恐縮した様子だったが握手に応じてくれた。
客席も呆然としていたようだが、一息おいて拍手と歓声がステラとエルマーを包んだ。
クリンプトン先生が苦笑いを浮かべてやってきて言う。
「師団長に仕込まれたな。私は今の君とはとても戦いたくない。」
「恐縮です、クリンプトン先生。」
ステラはクリンプトン先生と戦ったらその完璧な防御魔術を打ち破るのに苦労しそうだと思いながらも、敬礼で返した。
◇◇◇
王城に帰ってそのままヴァレン様の執務室に向かった。
ステラは怒っていたのだ。
「王太子妃殿下がお見えです。」
「お通しせよ。」
レオナルドの声で入室すると、ステラはつかつかとヴァレン様の執務机に向かった。
「おかえり、ステラ。今日は怒らなかったんだね。」
やはり情報が早くて完璧なこの御方はステラがどうやって戦ったのか全てご存知なのだろう。
優雅に微笑むヴァレン様を睨み付けながら言った。
「ヴァレン様、あと一分で遅刻するところでした。」
「間に合ったならよかった。」
「王国魔術師が遅刻などあり得ません。」
「初日に遅刻していなかった?」
「うっ……」
たしかに入学初日、ヴァレン様に近衛魔術師に任命していただいた日にステラは盛大に遅刻していた。
「かわいい。私のステラ。」
「ヴァレン様…っ。」
やっぱりヴァレン様には敵いそうもない。
悔しくて再びヴァレン様を睨み付けるとレオナルドが笑いを耐えながら言った。
「王太子殿下、妃殿下がお怒りであられます。」
「やっぱりステラはすぐ怒るんだから。」
笑いを堪えて言うヴァレン様をステラが再び睨み付けると、二人が耐えきれずに吹き出した。
お腹を抱えて笑う二人を見て、父から睨みのコツも伝授してもらおうと心に誓った。




