179.応援
十一月も後半になり、ヴァレン様は相変わらず忙しそうで城内のあちこちで打ち合わせをされていた。
今日は珍しく一日中執務室にこもられるのでステラは久しぶりに学院に行こうと思い、制服のローブに袖を通した。
三年生になってから殆ど通えていないけど、それでも学院で過ごす時間はステラが等身大の自分に戻れる大切な時間だったからだ。
久しぶりの制服姿を見て、ヴァレン様が少し怒った顔で言った。
「ステラ、訓練もいいけど学院にもちゃんと通ってね。」
「すみません、ヴァレン様。」
学院に通えていないのはヴァレン様のせいではなく、空いた時間は訓練に打ち込んでしまう自分のせいだったので素直に謝る。
ヴァレン様の尊いノートのおかげで授業を受けずとも知識は身に付いたので、学院には息抜き程度に通えればいいと思っていたが、優しいヴァレン様はいつも心配してくれる。
「成績よりも、学院で過ごす時間自体が価値のあるものだからね。」
「…はい。なるべく行くようにします。」
ヴァレン様の言葉にはっとして、目を伏せた。
ヴァレン様は学院に通っていた間はご公務もなくて普通の学生として過ごされていた。
卒業したらその時間がなくなってしまうことを、誰よりもよくご存知だ。
ヴァレン様にぽんぽんと優しく頭を撫でられて、やはり学院にもちゃんと通おうと改めて思った。
すっかり慣れてしまった王家の馬車に乗って学院に向かった。
ヴァレン様の指示で護衛を増やされたので、立派な隊列が形成されていて申し訳なくなる。
学院に向かう道中、気のせいか沿道がざわめいている気がして窓に目を向けると、民衆が隊列に興味津々で取り囲んでいるのが見えた。
今日は久しぶりに栗色の髪なので身分はわからないはずだが、やはり王家の馬車でこの隊列だと目立つのだろう。
「王太子妃殿下じゃないか?」
「でも、髪の色が違うわ。」
「王立魔法学院に在学中って聞いたからきっとそうよ。身分を隠していらっしゃるのだわ。」
「王太子妃殿下ー!」
「王家の巫女様ー!」
一度誰かが叫び始めると、馬車を歓声が包んだ。
自分の素性まで噂になっていることに戦いて一人で勝手に青ざめていると、そのうち学院に到着した。
「やっぱり王太子妃殿下だわ!」
「王太子妃殿下ー!」
学院の門で民衆に囲まれてしまって困惑していると、近衛騎士が馬車の扉を開けて囁いた。
「私共がお守りしますのでご安心下さい。」
聞き慣れた声がして見上げると、メーデンがぐっと親指を立ててステラに微笑んでいた。
ほっとしてその手をとると、近衛騎士がステラを庇うように囲んでくれる。
ステラに触れようとごった返す民衆から守ってもらって本当にありがたく思った。
校舎に入るとメーデンともう一人の近衛騎士が残り、他の護衛は一旦王城に帰っていった。
「ありがとう、メーデン。本当に助かったわ。」
「滅相もございません。」
ステラがほっとして振り返ってお礼を伝えると、メーデンがにこっと微笑んでくれた。
こうして見るとメーデンは背丈も高く屈強な体つきで、見るからに強そうで頼りがいがある。
それに、あの精鋭が集う王国騎士団でも精鋭揃いなのが近衛騎士だ。
「訓練でも思ったけど近衛騎士ってすごいのね。改めて尊敬するわ。」
「勿体無きお言葉を賜り恐悦至極に存じます。王太子妃殿下。」
メーデンは恭しく頭を下げた後、またにこっと歯を見せて笑った。
いつも通りのメーデンになんだか気が抜けながらも、教室に入った。
教室ではドラードを囲んで皆がわいわいと騒いでいた。
アリスもその輪にいたので声をかける。
「おはよう、アリス。」
「おはよう!あなたが今日来られたなんて、ドラードもきっと喜ぶわ。」
「ドラードが何かあるの?お誕生日?」
「違うわ。魔法戦の大会の最終戦に進んだのよ!今日の放課後に試合があるの。」
「そうなのね!三年生なのにすごいわ!」
ステラが今まで戦った学院代表の生徒は皆四年生だった。
三年生が最終戦に勝ち進むのはかなりすごいことではないかと驚いて目を丸くした。
ドラードの兄であるメーデンをちらっと振り返ると、知っていたのかニヤッと笑われた。
「ドラード、おはよう!あなたすごいわ!今日は頑張って。」
「おはよう、久しぶり!
まさか今日君に会えるとは。君と戦うために頑張るよ。…負けたらしごかれそうだし。」
ドラードに声をかけると、後ろのメーデンをちらっと見ながら怯えた声で言うので笑ってしまった。
「私も応援に行こうかしら。」
「いいのか?君が見てくれるのなら本当に負けられないな。」
「勿論よ。行ったことがないから、一度見てみたいと思っていたの。あなたのことを応援しているわ。」
「ありがとう、頑張るよ。」
魔法戦の大会の時期、放課後は皆練習場に通い詰めているが、ステラは一度も大会を見たことがなかった。
自分が行っても身の置き場がないのが主な理由だが、一度は学生同士の魔法戦も見てみたかったのでステラは胸が高鳴った。
メーデンに頼んで帰りが遅くなると伝令を送ってもらって、放課後を楽しみに待った。
◇◇◇
アリスやクリスフォードと連れ立って屋外の練習場に向かうと、ステラに気付いた生徒が皆ぎょっとして前を空けてくれた。
今日は王太子妃として来たわけでも王国魔術師として来たわけでもないので恐縮するが、遠慮してもしょうがないのでありがたく前に座らせてもらった。
「御前試合になったね。」
「クリス、やめて。恐れ多いわ!」
「うっ…すごい力だね……」
「ご、ごめんなさい。」
クリスフォードが茶化すのでステラは戦闘部隊のノリでその肩をばんと叩いて否定した。
ステラの咄嗟の一撃にクリスフォードが呻き、アリスが横でクスクスと笑ったので野蛮すぎたと赤面してしまった。
ドラードと四年生の男子生徒が練習場に入ると、客席からわーっと歓声が沸いた。
有り難くもいつもは歓声を浴びる側だったので自分が客席にいるのを不思議に思いながらも、ドラードをじっと見つめる。
すると、ドラードがステラに気付いてくれて、にこっとメーデンにそっくりの微笑みを浮かべてくれたので手を振って応援した。
ドラードが練習場の端に立つと、練習場の半分程度まで魔力が広がった。
普段から思っていたが、学生にしてはかなりの魔力だ。
騎士の家系のドラードが王国騎士ではなく王国魔術師を目指すのも納得した。
相手の男子生徒は魔力はそこまでではないが、恐らく解放していないだけだ。
隙の無さそうな雰囲気に、中々の腕前だと踏んだ。
クリンプトン先生も練習場に入ってくると、客席が静まり返った。
「これより最終戦を行う。
それでは、始め。」
クリンプトン先生の声で二人が詠唱すると、お互いを攻撃魔法が襲い、防御魔法が防いだ。
一見互角に見えるが、魔力だけではドラードの方が上だ。
ただ、四年生は先輩だけあって魔力の扱い方が上手かった。
ドラードよりも簡易的な最低限の防御魔法で防ぐと同時に、より強い攻撃魔法を詠唱した。
ドラードは相手が詠唱する間に自分に防御結界を張っていた。
そして、攻撃が飛んでくる前に既に次の攻撃を詠唱した。
実力のある四年生を相手に怯むことなく、これだけの観客の目にも動揺せずに冷静に互角に戦うドラードを見て、やはり戦闘部隊で鍛えたらいい戦力になる気がして、ステラは微笑んだ。




