178.純白のドレス
それからの日々は、王国魔術師団の訓練場と団の図書館を往復して過ごした。
図書館には禁書に指定されている帝国や他国の邪悪な魔法の本もたくさん置いてあったので、ステラはそれをひたすら読んで自分の物にした。
邪悪な魔法を身に付けることへの罪悪感はもうなくなっていた。
父に時間ができたときには指輪を使って呼び出されて、訓練場で直接稽古をつけてもらった。
父の稽古は相変わらず容赦なかったが、ステラは自分の魔力も魔法の精度も飛躍的に伸びていくのを感じていたので、喜んで叩きのめされていた。
十一月に入るとステラの予定は落ち着いたが、ヴァレン様の周りは慌ただしくなった。
朝、ベッドで首筋に顔を埋められながらヴァレン様に言われた。
「ステラ、今日は母上がドレスについて相談したいそうだ。」
「ひっ…は、はい、ヴァレン様…。」
ヴァレン様との結婚式の日程が学年末試験が終わった後の三月に正式に決まったのだ。
「…ステラは私との結婚式が楽しみじゃないの?」
「そ、そ、そんなことはございません!」
楽しみとか楽しみじゃないとかではなくて、考えたくないだけだったが、そんなことは不敬すぎて言えない。
王族の結婚式は規模が桁違いなのは、ヴァレン様とレオナルドの話でなんとなく想像できた。
ステラは領地の豪族の結婚式には参加したことがあったが、今回はこの国の王太子殿下の結婚式なのだから比べるべくもないだろう。
多少はレオナルドに教わったとはいえ、相変わらず政治にも社交にも疎いステラはヴァレン様に全てをお任せしていた。
そして、ドレスには全く興味がないのでできれば王国魔術師のローブで出たいくらいだが、そんなことは口が裂けても言えなかった。
ステラがドレスについて聞かれてもわからないであろうことを第一王妃陛下が察してくれて、喜んで手を差しのべて下さった。
ステラは採寸だけは協力して、ドレスに関しては恐れ多くも第一王妃陛下に全てお任せしていた。
自分がヴァレン様のお隣に立ってドレスを着て盛大な式を挙げるなどまともに考えたら気絶しそうだ。
今も考えたら気絶しそうになったので目を逸らすと、ヴァレン様は拗ねたように首筋に強く吸い付いて跡を残した。
◇◇◇
ついに結婚式に向き合わないといけないのかと震えそうになりながら、侍女の後について被服室に向かった。
奥の王族専用の恐れ多い部屋に通されて、ステラは固まった。
「……お、母様…?」
栗色の髪にアメジストの瞳をした、目元がステラに生き写しの母が、第一王妃陛下と一緒に笑顔でステラを迎えてくれた。
二年近く会えていなかった母が王城で目の前にいることが信じられなくて、目を見開いたまま呆然とその瞳を見ることしか出来ない。
「ご成婚おめでとうございます。王太子妃殿下。」
優しい声が耳に響くと、ステラの瞳から勝手に涙が出てくる。
「お母様…っ!」
母に向かって突進するように抱きつくと、母はふふっと笑いながら白銀の髪を撫でてくれた。
「綺麗な髪ね、ステラ。」
「お母様、なんで…。」
「セレナ様が…第一王妃陛下がお声かけ下さったの。」
ステラはその言葉に再び固まる。
もう一人の母、第一王妃陛下を見るといたずらが成功したときのヴァレン様そっくりの微笑みでステラに言った。
「リュクス公爵夫人に頼んだの。私達、昔は三人で遊んでいたのよ。懐かしいわ。」
「そうなんですか?!」
リュクス公爵夫人と母は親戚で仲が良い。
でも、母がまさか第一王妃陛下とも親交があるとは思わなかったのでステラは驚きで崩れ落ちそうになった。
「私が王族になってからは話していなかったのだけれど、ドレスは皆で決めた方が楽しいでしょう?」
クスクスと艶やかに笑う第一王妃陛下とステラの母が並んでいるのが信じられなくて、失礼にも二人を交互に見る。
母もにこにこと嬉しそうに微笑んでいた。
「ステラさんは興味がなさそうだから、私達で勝手に決めさせていただいたわ。
仮縫いができたから着てくださる?」
「お母様…本当にありがとうございます。恐れ多いですが、着させていただきます。」
ステラ自身はドレスには全く興味はなかったが、唯一の娘のドレスなので、心のどこかでは母のことが気がかりだった。
第一王妃陛下のお心遣いが本当に嬉しくてありがたかった。
二人に考えてもらったと思うと、そのドレスを着るのが嬉しく思えた。
部屋の更に奥に案内されると、純白の生地のドレスがトルソーにかかっており、被服室付きの侍女がずらっと並んで出迎えてくれた。
あちこちを測られながら生地の調整をして、Aラインの袖付きのドレスだと気づいた。
露出が好きではないステラのことを気遣ってくれたのだとわかるデザインに、ステラのことをよくわかっている二人の母の愛情を感じて胸が熱くなった。
そして母はともかく第一王妃陛下に体を見られるのは恥ずかしかったので、鍛えておいてよかったと少しだけ自分を褒めた。
当日に合わせて簡単に髪を上げられると、第一王妃陛下が母と顔を見合わせた。
「…ヴァレンに言っておくわ。」
「私達の大切な娘ですもの。きっと王太子殿下にもわかっていただけますわ。」
その言葉で母達が何を見たのか気付いてぼぼっと沸騰した。
そういえば朝方に首筋を吸われたのを忘れていたのだ。
「お、お、お目汚しを申し訳ございません。」
「ヴァレンが悪いのよ。ステラさんは気にしないで。」
ステラもヴァレン様はわかっていてやったのだろうと思ったが、あまりにも恥ずかしくてそれ以上何も言えなかった。
ステラに要望はないので、二人の母に任せたまま仮縫いは終わった。
ステラは王族専用の部屋の入り口で頭を下げた。
「第一王妃陛下、本当に何から何までお気遣いいただきありがとうございます。
恐れ多いですが、お二人に考えていただいたドレスを着るのが楽しみです。」
「私も娘のドレスを考えられるなんて、夢が叶って嬉しいのよ。ステラさん、頼ってくれてありがとう。」
「そ、そんな、とんでもないです。」
ステラが第一王妃陛下に再び頭を下げると、横で母が微笑んだ。
「ステラが幸せそうで安心したわ。」
「お母様…。ヴァレン様はいつも優しくて、私のことを想って下さいます。私は本当に幸せです。」
ステラが微笑むと、母は少し目を伏せた。
「…ステラ、ノクティス公爵様のこと、ごめんなさいね。」
自分にそっくりの瞳が苦悩に歪められるのを見て、ステラは胸が痛くなって首を振って否定した。
実の父親に会えなくさせてしまったと悔やんでいたと父から聞いていたが、本当にステラは血縁上の父に会いたいと望んだことはないのだ。
「お母様、謝らないで下さい。
私はお父様とお母様の娘であることを誇りに思っています。
血縁上のお父様にお会いしたいと思ったことはございませんわ。
助けていただき、ありがとうございました。
辛い思いをさせてしまっていたらごめんなさい…。」
血統の証明書を取り付ける際にノクティス公爵と会ったのかどうかはわからないが、少なくとも文書のやり取りはしている。
自分のせいで辛い記憶を思い出させてしまって申し訳ない気持ちが大きかったので、頭を下げた。
「ステラが謝ることはないわ。私は大丈夫よ。
ちゃんとお話できてよかったわ。」
「お母様、本当にありがとうございました。」
母が微笑んでくれたので、ステラも安心してまた微笑んだ。
第一王妃陛下も母の横で優しく微笑みながら話を聞いてくださっている。
二人の母の温かい愛情に包まれて、自分は本当に幸せ者だと天に感謝した。




