176.解除
馬車が王城の馬車寄せに止められた。
ヴァレン様に手を引かれて馬車を降りると、ヴァレン様が落ち着いた声で父に聞いた。
「早くステラからこれを取ってくれ。」
「承知しました。本部に向かってもよろしいでしょうか。」
「ああ。そうしてくれ。」
父とヴァレン様の落ち着いたやり取りにほっとしてヴァレン様を見上げると、怒ってはいたが殺気は収まっていたので安心した。
ヴァレン様が早足で本部の方向に向かう。
ステラも早くこの邪悪なブローチを取って欲しかったので、小走りになりながら黙って従った。
夜の魔術師団の本部は警備部隊の魔術師が巡回しているのみで、静まり返っていた。
父はそのまま天文台に向かった。
ヴァレン様が閉じ込められていた場所だ。
ヴァレン様は平然としているが、ステラは見ていられなくなって目を伏せる。
「申し訳ございません、王太子妃殿下。ここの結界が最も強力なのです。」
「わかっています。気を遣わせてしまいすみません、師団長。」
酷い顔をしていたのか、父が心配そうにステラに声をかけてくれたのでステラはさっと頭を下げた。
天文台の入り口で、父がヴァレン様を振り返って頭を下げた。
「恐れ入ります、王太子殿下。ここでお待ちいただけますでしょうか。」
「いや、私も中まで行く。」
ヴァレン様がまたステラの手をぎゅっと握ったので、ステラはヴァレン様を見上げて微笑んだ。
「ヴァレン様、私は大丈夫です。
ヴァレン様の御身が危険に晒されては私が耐えた意味がありません。
どうかこちらでお待ちください。」
「…わかった。」
ヴァレン様は不服そうではあったが渋々頷いてくれたのでそっと手をほどく。
父が天文台の入り口の結界を解除すると、先にステラを通してくれた。
扉が閉まると、父がふーっと息をついた。
「本当に肝が冷えた。お前が耐えてくれてよかった。」
「お父様、もしかして賭けに出られたんですか?」
その言葉で父は自分の防御魔術の効果を確信していたわけではないことに気付き、笑ってしまった。
「攻撃するわけにはいかないからな。
大丈夫だとは思ったが、予想以上に強力な魔力が込められたから肝が冷えたよ。
辛かっただろう。よく耐えたな。」
父にぽんぽんと頭を頭を撫でられると、ステラはほっとして腰が抜けかける。
腑抜けている場合ではないとどうにか耐えると、父も笑ってくれた。
「大切な娘にその邪悪な魔法が纏わりついているのは私も耐えられないからな。早く取ろう。」
「はい、お父様。」
父の言葉に頷くと、天文台の階段を上って観測部屋に向かった。
観測部屋はヴァレン様と再会したあの日と何も変わっていなかった。
父は、ヴァレン様が閉じ込められていた部屋にステラを導いた。
「見たくないだろうけど、ここが一番安全なんだ。すまないな。」
「いえ、大丈夫です…。」
本当はあまり大丈夫ではないが、呪いが周りに広がらないことの方が大事だ。
ステラは呼吸を整えて、その部屋に入った。
部屋の中も前に来たときと何も変わっていなかった。
前と同じようにベッドと本棚とシャワールームがあり、綺麗に整えられていた。
「…お父様、あのときはお助けいただきありがとうございました。」
今更ながらお礼を伝えていなかったことを思い出して、頭を下げる。
父は笑いながら言った。
「お前、あの日は明け方までいただろう。
本部の窓から天文台から城に《転移》するステラが見えたよ。」
「え?!も、申し訳ございません…」
「まぁいい。終わったことだ。そこに座れ。」
明け方までこの部屋で何をしていたのかも察されている気がして居たたまれなくなりながら、父に促されてあの日も使ったベッドに腰かける。
父は自らに無詠唱で防御魔術をかけて、部屋に強力な防御結界を張った。
「《呪われし者を封じ込めよ》」
隙の無い結界が部屋をきっちりと覆ったのを確認するとステラに言った。
「殿下に抑えられているとは言え、魔力が暴走するかもしれない。
痛みはないだろうが、できるだけ耐えろ。だめそうなら眠らせる。」
「承知しました、師団長。」
これだけ強力な呪いを解除するのだから多少の苦痛は伴うだろう。
ステラは父を見てしっかり頷いた。
父が魔力を解放して、質量の高い魔力が部屋を満たす。
その魔力を圧縮するように杖先に込めると、ステラの胸元のブローチに向けて詠唱した。
「《解除せよ》」
その瞬間、ヴァレン様に奪われている魔力とは別に、ステラの体中から魔力が湧き出した。
皇太子殿下の黒い瞳を思い出して、強烈に皇太子殿下に触れたい衝動に駆られた。
同時に、全身の血管がざわめいてその衝動を鎮めようと心臓が暴走し始める。
代わりに強烈な怒りが湧いてきた。
皇太子殿下の元に駆け出したい衝動と、主君を苦しませた皇太子殿下を虐げたい衝動に駆られて思わず立ち上がりかけた時、父に強い力で肩を押さえつけられてはっとする。
「ステラ、しっかりしろ。」
「………っ…。」
父が魔力を込めているのか、押さえられている肩から温かい感覚が全身に行き渡った。
勝手に上がる息を必死に整える。
ステラが深呼吸するのに合わせて、体の中で渦巻いていた相反する二つの衝動がすーっと引いていくのがわかった。
胸を巣食っていた邪悪な魔法がふっと消えると、体に力が入らなくなってふらっと倒れ込み、そのまま父にベッドに寝かせられた。
「無事に《解除》できたようだな。」
「…はい。ありがとうございました、師団長。」
「これ、自分で外せるか?」
「はい。」
ステラがそのままドレスの胸元に手を突っ込んでブローチを外して手渡すと、父が苦笑いで言った。
「お前に恥じらいはないのか。」
「あっ…も、申し訳ございません、おと、師団長。」
父とはいえ師団長の前だ。
上司の前で品性の無い行動をとってしまったことに気付いてぼぼっと赤面する。
「まぁいい。これは団で預かっておく。」
「二度と見たくありません…。」
「だろうな。では私が処分しておくよ。」
「ありがとうございます、師団長。」
ステラは横になったまま頭を下げた。
「起き上がれるか?」
「はい……ひゃっ」
起き上がろうと思ったらまたくらっときてしまって父に抱き止められる。
「私の腰がやられそうだな。」
呆れたように笑いながら、父にベッドから抱え上げられた。
「申し訳ございません、しだ、お父様…。」
「どちらも私だよ。」
「し、師団長…申し訳ございません…。」
師団長に抱えられていると思うと青ざめて余計に腰が抜けそうだった。
まだ父に抱えられている方がいいと思って言い直したが、盛大に笑われて訂正されたので結局青ざめた。




