174.防御★
※第三者が絡む性描写有り
社交会場は人払いがしてあるようで、門を入ってからは急に人気がなくなり静まり返った。
近衛騎士の鎧の音と馬の蹄の音が不気味なほど響いている。
もしヴァレン様や父がついてきてくれなかったら、何をされても隠密に片付けられてしまいそうだった雰囲気がしてぞっとする。
ヴァレン様も同じことを考えているのか、会場に着いてからはまた険しい表情に戻った。
馬車寄せで止まると、ヴァレン様がさっと降りてステラの手を取ってくれた。
「私から離れないで。」
降りるときに耳元で囁かれて、ステラは静かに頷いた。
普段は添えるだけの手も、今日はヴァレン様の腕をぎゅっと握らせてもらった。
父がいるので大丈夫だとはわかっていても、未知の魔法を扱う帝国への恐れがまたステラの心を巣食っていた。
ヴァレン様はステラの不安を見抜くように優しく微笑んで、会場へと導いてくれた。
舞踏会も開催される広い社交会場は楽団の演奏こそ聴こえるものの、人の気配が全くなかった。
中に入ると帝国の皇太子殿下の近衛魔術師が恭しく頭を下げて言った。
「お待ちしておりました。王太子妃殿下、…王太子殿下。」
ステラはその言葉に目を細めるが、ヴァレン様は気にする様子はなかったので黙ったまま案内に従った。
ステラは警戒を強めながら、近衛魔術師に案内されてホールに入った。
やはり人払いがされていて、中ではタキシード姿の帝国の皇太子殿下が一人で楽団の演奏をゆったり聴いていた。
ステラと会うためだけにこれだけの会場と楽団を貸し切るのが不気味で、ステラはヴァレン様にそっとくっついた。
背後で父も杖を手に持って警戒を強めたのがわかった。
「王太子妃殿下、突然お呼び立てしてしまい申し訳ございません。
王太子殿下もおいででしたか。」
帝国の皇太子殿下は立ち上がってステラに笑顔を向けると、恭しく頭を下げた。
「本日はお招きいただき光栄に存じます。そして、素敵な贈り物を賜りありがとうございます。皇太子殿下。」
ステラはヴァレン様から手を離して、ドレスの裾をつまんで足を引いて一礼した。
「顔を上げてください。」
皇太子殿下が柔らかいけど人を従わせる響きで言う。
歳が近いからかなんとなく第一王子殿下を思い出して、何とも言えない気持ちになりながら顔を上げた。
「やはり貴方は宝石が似合いますね。
勲章よりも宝石で彩りたくなる。」
「ご安心ください、私の大切な妃ですゆえ、私が彩らせていただきます。皇太子殿下。」
ヴァレン様はステラの腰を抱くと、微笑みを浮かべながらも敵意を隠すことなく皇太子殿下に向き合った。
「これは、王太子殿下。お噂通りご寵愛が深くていらっしゃるのですね。」
皇太子殿下も微笑みを浮かべているが、明確な敵意を感じた。
ステラは自分の魔力をヴァレン様にも纏わせて警戒を強める。
「さあ、こちらにおいでください。本日は我が国の料理を用意しております。
ぜひ王太子妃殿下に召し上がっていただきたい。 」
「温かいお心遣いをいただきありがとうございます。」
ステラは微かに笑みを浮かべるが、心の中は敵への警戒で埋め尽くされていた。
席には既に三人分のカトラリーが用意されていて、やはり最初からヴァレン様も来ることは承知の上だったのだと気づいた。
ではなぜこれほどまでに徹底的に人払いをしたのか、目的がわからなくてより不気味になってぞっとした。
野菜をふんだんに使って繊細な味付けが多い王国の料理とは違い、帝国の料理は肉がメインで素材そのものの味を楽しむような武骨な料理だった。
これはこれで美味しいが、ステラの心の中は料理どころではなかった。
「我が国の料理はお気に召しませんでしたか?」
全くそんなことは思っていなそうな笑顔で帝国の皇太子殿下に話しかけられる。
「滅相もございません。大変美味しくいただきました。」
ステラが頭を下げると、ヴァレン様の方をちらっと見てから言った。
「折角ですので、私と一曲いかがでしょうか。」
ステラは驚いて思わず皇太子殿下を見上げてしまう。
こんな誰もいないフロアで踊れと言うのだろうか。
光を感じない黒い瞳と目が合うと、微笑みながらも鋭い視線でステラを射貫いた。
ステラが慌ててヴァレン様を見ると、濃い金色の瞳を細めて敵意をむき出しにしていた。
でも、帝国の皇太子殿下の誘いを断れるわけなどないのはステラにもわかった。
「…両国の親睦の証に、一曲でしたらお貸ししましょう。」
ヴァレン様はそう言いながらも机の下でステラの手をぎゅっと握った。
ステラも行きたくなかったので握り返したが、自分に拒否権などない。
皇太子殿下の手が差し出されたので、握られた手をそっとほどいて皇太子殿下の手をとった。
ダンスフロアに進むために父の横を通ったとき、すれ違いざまに父の魔力を感じたので追加で何かの防御を施してくれたのだろうと思った。
誰もいないダンスフロアの真ん中で皇太子殿下の腕に囲われる。
俯きながら早く音楽が始まらないかなと思っていると、皇太子殿下の手がステラの胸元のブローチに触れた。
胸元を触られたことに驚いて顔を上げると、黒い瞳に囚われたように目が離せなくなった。
同時に、胸元に邪悪な魔力を感じる。
見た目には何も変わらないが、父の防御結界が展開されたのがわかった。
帝国の邪悪な魔法が使われたのだと確信した。
ステラは警戒して纏わせていた魔力の質量を高める。
「君は私の物だよ。」
突然、皇太子殿下に囁かれた。
その瞬間に身体中の魔力が皇太子殿下を欲するように暴れ始めた。
皇太子殿下の黒い瞳が蕩けそうな熱を持ってステラを見つめて微笑んでいることに、体が勝手に愉悦を感じてぞっとした。
目の前にいる御方が自分の運命の相手なのだと錯覚しそうになるが、そんなわけはないと理性が繋ぎ止めてくれている。
恐らく父の防御魔術がステラの理性を護ってくれているのだ。
その黒い瞳に囚われたまま音楽が始まり、幼い頃から鍛えられた体が勝手に動き出す。
「ダンスも上手なんだね。」
ターンの際に耳元で囁かれると、耳から身体中に快感が広がっていく。
思わず蕩けてしまいそうになり、慌てて目に力を込めた。
ステラの理性は敵に攻撃されていると警告を打ち鳴らしているのに、魔力が勝手に暴走して皇太子殿下を強く求めている。
その手で体にもっと触れて欲しい、と思ったとき、強烈な拒否反応が体に渦巻いた。
瞳が熱くなり、身体中の血管が皇太子殿下を拒否するようにざわめき始める。
皇太子殿下は驚いたような表情でステラを見つめた。
「…君は、体の中まで王太子に染められているのか。」
「……私の…主君、は…王太子殿下です…。」
体の中でせめぎ合う二つの魔力に気をやりそうになりながら、ステラはその黒い瞳をじっと見つめ返した。
ステラの魔力が皇太子殿下を欲しているけど、ステラの体に残るヴァレン様の魔力と父が残してくれた理性が必死に抵抗してくれているのがわかった。




