173.父の守り
時間が来て、侍女がステラを磨き上げるために迎えに来た。
またヴァレン様の機嫌が悪化したが、ステラも行きたいわけではない。
「控えめにしてくれ。」
「承知しました、王太子殿下。」
ヴァレン様が侍女に命令するのを聞いて、ステラはレオナルドと顔を見合わせた。
「今日はこれ以上美しくなられても困る。」
「そ、そんな…い、行って参ります。」
むすっとしながら言うヴァレン様が可愛すぎてステラの心臓は射貫かれた。
顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら頭を下げると、レオナルドが横で呆れたように笑ったのがわかった。
ヴァレン様は少しだけご機嫌を取り戻した顔でステラの頭を撫でてくれた。
◇◇◇
ヴァレン様の命令通り、ステラはいつもよりは控えめに磨き上げられた。
今日のドレスは赤地に金のチュールがかかっていた。
白銀の髪はハーフアップにされて、肌を隠すように巻き下ろされる。
ヴァレン様からいただいた恐れ多すぎるネックレスをつけると、胸元まで王家の色が輝いた。
敢えてこの色にされたのだろうが、どこからどうみてもヴァレン様の色で埋め尽くされていて恐れ多くなる。
「王太子妃殿下、こちらはいかがいたしましょうか。」
侍女が持ってきた盆には、帝国の皇太子殿下からの贈り物の目映い宝石が煌めくブローチが輝いていた。
喉の奥から声が出そうになって、なんとかこらえる。
「…王太子殿下に聞いてみるわ。執務室に持ってきて頂戴。」
「承知しました、王太子妃殿下。」
皇太子殿下の招待で行くのだからつけるのがマナーなのだろうが、勝手につけたらご機嫌が最悪になるのが察しの悪いステラでさえわかった。
「王太子妃殿下がお見えです。」
「お通しせよ。」
レオナルドの声でステラが執務室に入って頭を下げると、侍女もブローチを持って一緒に入ってきた。
「ヴァレン様、お待たせしました。…こちらはいかがいたしましょうか。」
ステラが頭を下げたまま言うと、部屋に重い沈黙が流れた。
「……留めてさしあげよ。」
「承知いたしました、政務官様。」
ヴァレン様がだんまりを決め込むので、レオナルドが代わりに答えてくれた。
ヴァレン様は止めなかったので、さすがに帝国の贈り物を無視するわけにはいかないのだろう。
侍女にドレスの胸元にブローチを留めてもらいながら、ちらりとヴァレン様を見る。
ブローチを苦々しげに睨み付けていて、やはりご機嫌は最悪だった。
「ヴァレン様。私はヴァレン様の物です。私の心は変わりません。」
ご機嫌を取り戻して欲しくて言ってみると、ちらっと目が合った。
ヴァレン様は盛大にため息をついて言った。
「ステラ、おいで。」
「はい、ヴァレン様。」
レオナルドが呆れたように見ているが、これ以上ご機嫌を悪化させるわけにはいかないので素直に従ってヴァレン様の前に立った。
「ステラ、皇太子の前で可愛い顔をするな。笑わなくていい。私の護衛だと思って横にいてくれ。」
「は、はい…。」
珍しい命令ばかりで戸惑っていると、ぎゅっと抱き込まれた。
「…行きたくない。」
「私も行きたくありません。」
「っ、そう。」
甘えるヴァレン様が可愛いと思いつつも、ステラも同じ気持ちだったので即答するとやっと笑ってくれた。
そのとき、扉がノックされた。
「アルカニス魔法伯がお越しです。」
ステラは慌ててヴァレン様から飛び退いて、扉を開けに行った。
「師団長、本日はよろしくお願いいたします。」
「ドレスで敬礼はおやめください、王太子妃殿下。」
扉を開けて父を迎えながら敬礼すると苦笑いされたが、いつも通りの父になんだか安心して笑みが漏れる。
「魔法伯、今日はよろしく頼む。」
「命に代えてもお二人をお守りいたします、王太子殿下。」
表情を戻したヴァレン様が言うと、父が恭しく頭を下げて、続けて言った。
「王太子妃殿下に防御を施してもよろしいでしょうか。」
「そなたの好きにせよ。」
「恐れ入ります、王太子殿下。」
ステラは父の言葉に驚いて固まってしまう。
ステラが自分自身にもできる限りの防御を施していることは父も知っているはずだ。
この国の防御魔術は熟知している自信があったので、まだ自分に知らないことがあるのかと驚いたのだ。
父は固まるステラに向かい合うと、杖を手にとって知らない言葉で詠唱した。
邪悪な魔法にも似た未知の魔術がステラの体に纏わりつくように展開された。
強力で隙のない結界が自分を包んでいるのはわかるが、ステラはこの魔術を知らない。
父と目が合うと、ステラの疑問に答えるように教えてくれた。
「帝国の古代魔術です。あらゆる魔法攻撃から防御するものなので、『王家の魔法』のような魔法が使われてもある程度は防げるものと思われます。
完全に防げるわけではないので、不足した場合はご自身でも身をお守りください。」
「…師団長、貴重な魔術をありがとうございます。」
ステラは驚愕でまた固まるが、腑抜けている場合ではないので慌てて敬礼して頭を下げた。
この国の古代魔術すら知らない者がほとんどなのに、父が帝国の古代魔術にまで精通していることに戦いた。
幼い頃から憧れていた父は、自分が思うよりもずっと手の届かない存在なのだと痛感した。
父の背中をまた遠く感じたが、帰ったら団の図書館に通い詰めないといけないとすぐに心を入れ替えた。
「では、行こうか。」
「はい、ヴァレン様。」
ヴァレン様は特に動じた様子もなく、ステラの方に歩いてきて手を取った。
父のお陰で心の内にあった不安は消えた。
ヴァレン様の言う通り、腑抜けた微笑みを浮かべるのではなく護衛として隙を見せないようにしようと思いながら、ヴァレン様にエスコートしてもらって執務室を出た。
◇◇◇
馬車の中で警戒に当たっていると、ヴァレン様に笑われながら声をかけられた。
「本当に護衛してほしいわけじゃないんだよ。」
「いえ、腑抜けて見えるので護衛に徹します。」
「っ、そう。まぁその顔でいてくれるならいいか。」
ステラが得意の感情を殺した表情をヴァレン様に向けると、またクスクスと笑われた。
なぜ笑われているのだろうと思いつつ、疑問を押し殺して敵の気配がないか外の様子に集中した。
城は静まっている時間だが、王都はこんな時間でも人が多く賑わっていた。
王家の紋章が描かれた四頭立ての馬車を見て、沿道に人が集まる。
父は外で馬に乗りながら馬車を護ってくれている。
「師団長様だ!国王陛下が乗られているのか?」
「国王陛下ー!」
盛大な勘違いに普段なら縮こまるところだが、ステラはこの人出だと襲撃にはうってつけだと思い、太ももに隠した杖に手を当てながらまた外への警戒を強めた。
そのとき、ヴァレン様が急にステラを抱き寄せて性急な口付けをした。
「王太子殿下とお妃様だ!」
「きゃー!」
「お熱くていらっしゃるわ!国も安泰ね!」
車窓から見えてしまっているようで、民衆から黄色い悲鳴が上がってステラは耳まで赤くなる。
「ヴァ、レン…さま…っ……はぁ……んっ……父、が………」
車窓から殺気を感じて横目に見ると盛大に睨み付けている父と目が合って、慌てて胸を押し返す。
ヴァレン様はようやく体を離して不敵に微笑んだ。
「私の可愛いステラを民に見せつけたくなった。」
タキシードを着こなした麗しいヴァレン様に甘い言葉を囁かれて、ステラはまたぼぼぼっと沸騰した。
睨み付ける父とご機嫌なヴァレン様に挟まれておろおろしてしていると、あっという間に敵の待つ社交会場に到着した。




