171.招待
ブローチの入った箱は、戦闘部隊長が外で待つ侍従に渡してくれた。
「そして、包みの中にこれも一緒に入っていました。」
父が机に置かれていた紙を手に取った。
帝国の紋章が透かしてあるのはわかるが、何も書かれていない。
「呪いの類ではございませんが、恐らく我が国でいう『王家の魔法』のようなものがかけられています。
宛先の人物の魔力でしか内容が読めないようになっているのだと思われます。
私や他の魔術師が試しましたが、だめでした。」
「触れてもいいか?」
「危険はございませんのでどうぞ。」
ヴァレン様が父から紙を受け取る。
その瞳がさっと深紅に染まると、紙に「王家の魔法」の魔力を込めたのか、血管がぞわぞわした。
すぐに瞳は金色に戻ったが、やはり何も書かれていない。
「ステラもやってみて。」
「…はい。」
ステラは恐ろしくて触れたくないので、ヴァレン様が持っている紙を杖先でつついてみた。
すると、みるみるうちに黒いインクで書かれた文字が浮かんできた。
『レクス王国の王太子妃殿下
このような無礼を働くことをお許しください。
国に戻る前に貴女とお話したく存じます。
明日二十時に下記の場所でお待ちしております。
貴女へ福音がありますように。
オルキデ帝国 皇太子オリヴィエ』
手紙は直筆で、下にステラでも知っている王都で有数の社交会場の名前が書かれており、最後に皇太子殿下のサインがしてあった。
ヴァレン様は手紙を読むと、今にも手紙を燃やしそうなほどの殺気を放った。
「あの者は何を考えているのだ。」
瞳の縁が紅く染まり始めたのを見てステラは慌てて魔力を込めてその背中を撫でた。
「ヴァレン様、私は皇太子殿下の元に行くつもりはございません。どうかお心をお静めください。」
ステラがぐっと魔力を込めると、ヴァレン様は瞳を閉じてふーっと長く息をついた。
「…もう大丈夫。」
ヴァレン様が短く言ったのでそっと顔を覗くと、濃い金色の瞳がステラを見つめ返してくれた。
「…ステラに行くつもりがなくても、無視するわけには行かないんだよ。」
父がステラを諭すように言ったのでステラは父に言い返した。
「あのような無礼を働いたお方の誘いに乗らねばならないのですか?」
ステラ自身は怒っていないのに、声に怒りが滲んでしまう。
ステラの中の「王家の巫女」の力が、主君の心を荒らげたことを怒っているようだった。
今度はヴァレン様がステラを落ち着かせるように手を握ってくれた。
「この紙は国と国の間で交わされる正式な文書でも使われるものだ。
それにあの方のサインもある。君を正式に招待しているんだよ。方法はどうかしているけどね。」
ステラはヴァレン様の言葉に固まってしまう。
まさか行かなければいけないのかと思うと恐ろしかった。
「私も一緒に行くよ。向こうもそれは承知で君を誘っているのだろうから。」
ステラは素直に頷けなかった。
自分に手出しはされなくても、ヴァレン様と一緒に行くことでヴァレン様に手出しをされては困る。
「王太子妃殿下、私も参りましょう。」
ステラの心を見抜いたように父が言った。
ステラは驚いて父を見つめながら言い返す。
「ですが、お父様は国王陛下の…」
「事情を話せば国王陛下にもご納得いただけます。明日は王城にいらっしゃるので警備体制は問題ありません。」
「魔法伯、私から父上に話そう。そなたが来てくれるのであれば心強い。」
国王陛下の近衛魔術師である父が国王陛下よりも自分を優先してくれることの重さを、ステラは誰よりもわかっている。
甘えていいのだろうかとまだ迷っていたが、父とヴァレン様にそう言っていただけるのならステラにとっては本当に心強かった。
「ありがとうございます。ヴァレン様。お父様。
恐れ多いですが、よろしくお願いいたします。」
ステラが頭を下げると、ヴァレン様はその頭を優しく撫でてくれた。
そして何でもないことのように言った。
「では、父上の元へ行こうか。」
ひっ、とまた声が漏れそうになって慌てて口を押さえる。
ヴァレン様はそんなステラを見てクスクスと笑い、父も苦笑いを浮かべた。
◇◇◇
ヴァレン様の後ろについて国王陛下の執務室に向かう。
戦闘部隊長は明日の警備体制の確認に行ったのか、部屋から出ると本部の方向に去っていった。
国王陛下と謁見する心の準備など急にはできないし、ステラは学院からそのまま来たので学院の制服とローブを着ている。
後ろからついて来ている父にすがって、こんな格好で国王陛下と謁見するのは無礼だから私室に帰りたいと訴えようかと迷ったが、自分のせいでこうなっているのだから謁見しない方が無礼だと気がついた。
執務室に到着して、侍従が中に声をかける。
「王太子同妃両殿下がお見えです。」
「お通しせよ。」
中から王城を仕切る家令の声がして、扉が開かれた。
青ざめないように感情を押し殺して入室して、ヴァレン様と一緒に頭を下げる。
後ろから父も入ってきて、扉が閉められた。
「面を上げよ。」
国王陛下の声がして、そっと顔を上げる。
「こうして話すのは久しいな。」
国王陛下が優しい微笑みを浮かべていらっしゃったのでステラは内心ほっと息をついた。
「国王陛下、突然訪問させていただいたご無礼をお許しください。」
「よい。話は聞いている。」
ヴァレン様の言葉にも国王陛下は微笑みを絶やさなかった。
やはり王城の情報は早い。
制服姿を咎められることはなさそうだとまた内心ほっとしたとき、声をかけられた。
「そなたは一人で帝国の近衛と対峙したと聞いた。学生が出来ることではない。」
「このような姿を尊き御目に映すご無礼をお許しください、国王陛下。」
ステラがいよいよ青ざめて跪こうとして、ヴァレン様にがっしり腰を掴まれた。
余計なことはするなということだと思い、静かに頭を下げた。
「気にするでない。そなたの武勲がまた増えたな。」
「身に余るお言葉をいただき恐悦至極にございます、国王陛下。」
怒られたわけではなかったことに安心して、ステラはまた顔色を取り戻した。
「父上、帝国の皇太子が私の妃を狙っているのです。」
ヴァレン様がいきなり本題を切り出したのでぎょっとして横を見る。
ヴァレン様は国王陛下に真剣な眼差しを向けていた。
「狙っているとは命をか。」
「いえ、この者を気に入ったようです。私の目の前ではっきりと、掴みに行くと言われました。」
国王陛下はヴァレン様の言葉にすっと目を細めた。
「そなたは他国の皇太子に何をしたのだ。」
ステラに厳しい目を向ける国王陛下に、ステラは縮み上がった。
「父上、この者は何も特別なことはしておりません。一目見て気に入ったようです。」
ヴァレン様が庇ってくれるが、国王陛下は尚もステラに厳しい目を向けた。
威圧感が部屋を満たして、自然と跪きたくなる。
「そなたは次々に王族を寵絡して、何を狙っているのだ。」
「父上!この者は何も悪くありません。」
ヴァレン様が声を荒らげて、後ろで父が後ずさるのがわかった。
国王陛下を怒らせてしまったのだ。
突然のことに驚いてはいたが、国にとっても国王陛下にとっても大切な第一王子殿下に続けて、帝国の皇太子殿下にまで目をつけられたのだから当然といえば当然かもしれない。
その尊いお心を乱してしまったのだから、とにかく、青ざめている場合じゃない。
ヴァレン様が国王陛下に怒りを向けているうちに、ステラは今度こそその手を振り切って膝をついた。
「申し訳のしようもございません。
この命を持って償います。
どうか家族の命だけはお助けください。」
「ステラ、そなたは悪くない。控えよ!」
手をついて頭を下げると、ヴァレン様がステラの顔を上げさせようと肩を掴んだ。
後ろに控えている父も崩れ落ちそうになっているのか、扉に手をついたようだった。




